All or nothing
静まり返る夜空に響くレクスの声。
それは、唐突で。
レクスの言い放った言葉に、一同の目は大きく見開かれる。
彼女たちが待ち望んだ言葉ではあったが、「恋人」を飛び越え「結婚」と言われたことを飲み込めていないようであった。
四人を見据えたまま、レクスは続ける。
「……我儘だってことはわかってる。俺は……もう、皆がいないなんてことを、想像できねぇんだ。……最低な奴だって思って貰っても構わねぇ。でも、俺は……皆に返せるもんはそれしかねぇ。だから、頼む。お前らの未来を俺に預けてくれ!」
レクスは頭を大きく下げた。
それは、あまりにもレクスに都合の良い告白。
だが、それが。
レクスの考えつく、最大限の誠意。
誰かを選び取る事など、レクスには出来ないのだから。
「……頭を上げてください。レクスさん。」
静まり返る暗がりに響く、カルティアの美しい声。
おそるおそるレクスは頭を上げると、そこには。
眉を下げて困ったように微笑む、四人の姿。
その左手の薬指には、皆レクスの指輪がはめられていた。
指輪を愛おしむようにもう片方の手で包み、カルティアは口を開く。
「わたくしは、もとよりそのつもりでしたわ。……貴方の隣に立つのはわたくしで、わたくしの隣には貴方がいないといけませんもの。」
カルティアに同意するように、アオイも肯いた。
「…うちは、レクスがいい。…レクスじゃなきゃ、やだ。…責任、とって?」
アオイに続き、マリエナも紅い顔でぼそぼそと呟く。
「わたしは、もうレクスくんからしか吸精出来ないんだよ?……それを抜きにしても、わたしはレクスくんの……こ、子供、ほ……欲しいし……。」
おどおどとしたマリエナは目を泳がせているが、レインはレクスにその青銅の瞳を逸らすことなく向ける。
「あちしを救ってくれたのは、レクスです。あちしを狂わせた責任は、重いです。……絶対に、離さないです。」
「……皆。」
一同の言葉に、レクスは半開きの口が塞がらなかった。
最低の告白をしている自覚はあったレクスだが、それをここまで受け入れているのは、驚きであったからだ。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているレクスに、カルティアが口を開く。
「レクスさんに、お尋ねしますわ。」
「……なんだ?カティ。」
「もしも……あの方たちが「レクスさんに懸想している」場合はいかがいたしますの?」
カルティアの言う「あの方たち」をレクスは十分に理解していた。
レクスは一呼吸置いたのち、口を開く。
「……その、時は…………。あいつらの想いを俺が受け止める。良い想いでも、悪い想いでも。……その時は皆に迷惑をかけちまうけどな。それでも、あいつらの想いが俺を求めるなら……俺がその手を取るつもりだ。……いや、これは俺の我儘だな。あいつらにも……俺の想いを伝えなきゃならねぇんだ。あいつらに……俺は伝えられちゃいねぇからよ。」
目を伏せて自嘲するレクスだが、カルティアは静かに首を横に振る。
「我儘?……いいではありませんの。わたくしが好きになった……いえ、愛しているのは、レクスさん。貴方自身ですもの。貴方の進む道に、わたくしたちは着いていくだけですわ。……まあ、お小言くらいは言わせてもらいますけれど。」
「カティ……。」
レクスは顔を上げてカルティアを見つめる。
ころころと微笑むカルティアの言葉に、他の三人も同様に頷く。
「…レクスが行きたいなら、地獄でも。…うちは着いていくよ。」
「レクスくん。わたしたちは、もう離れられないんだよ。わたしの印が、その証だもん。」
「レクス様……いいえ、レクス。何度も言わせないで欲しいです。……絶対に、あちしから離しません。」
「アオイ……マリエナ……レインまで。」
四人の視線がレクスに集う。
各々は、レクスを手放すつもりなど何処にもない、と。
「……ああ。皆にそこまで言われちゃ仕方ねぇ……か。」
レクスは苦笑する。
ここまで言われて、レクスは疎い理由はないのだから。
ふぅとため息を溢し、呟く。
「……皆もいろいろ言ってるけどよ。俺が皆を地獄に連れて行く?……そんなことはできねぇよ。皆が幸せになれねぇなんてこと、あっちゃいけねぇだろうが。」
レクスは一同の顔に順番に目線を移す。
「俺は……カティも……アオイも……マリエナも……レインも……出来ることならあいつらも……俺が幸せにする。俺が幸せにできねぇなら、一体誰が幸せにするんだってな。これだけは、間違えねぇ。……もし間違えそうになったら、遠慮なく俺を討ってくれ。抵抗はしねぇよ。」
苦笑しながら呟くレクス。
レクス自身、彼女たちには幸せであって欲しいと願っているのだ。
彼女たちの不幸な顔や、苦しんだ顔は、レクスがさせたいものではないのだから。
そんなレクスに、四人は静かに首を縦に振る。
「……ええ。そうさせていただきますわね。……約束ですわよ?」
カルティアは、口元に手をあて妖しく微笑む。
「…レクスの言質は取った。…介錯は任せて。」
アオイは無表情のままで、こくんと首肯した。
「わ……わたしは……殺すのはちょっと……。その時は……か、監禁……とか……?レクスくんを……監禁……。ふわぁ……。」
「……マリエナかいちょー。発想が物騒すぎるです。あちしはせめて首輪で勘弁するです。」
顔を染めてトリップしているマリエナと、それを呆れたように横目で流し見るレイン。
彼女たちの言葉に、レクスは「ははは」と微笑む。
ただただ嬉しかった。
そこまで思われていたという事実が。
レクスの心臓が、ぽかぽかと熱を帯びる。
そのまま、四人の愛しい婚約者たちをその紅い瞳に映した。
「なあ……皆。……これからも、宜しくな。」
「ええ。レクスさん。」
「…うん。レクス。」
「わたしこそ宜しくね。レクスくん。」
「あちしも今まで通りお仕えさせていただくです。レクス様。」
にこやかに笑う一同の声が、広場に響き渡る。
夜の帳が降りきった月だけが、レクスたちを見守るように照らしていた。
すると、カルティアが何か「あっ!」と重要なことを思い出したかのように口を開く。
「……それはそうと、レクスさんにはもう一つだけ、決めておいていただかなければなりませんわね。」
「……決める?何をだよ、カティ。」
カルティアの呟きに首を傾げるレクス。
ふふっと微笑み、何か勝ちを確信したように、その言葉を告げた。
「「正妻」ですわ。……もちろん、王女であるわたくしを指名してくださいますわよね?」
突然の言葉に、レクスは目を点にした。
「……え?……カティ?」
にこやかに微笑みながら口にするカルティアに、「…むぅ」とアオイが頬を膨らませる。
「…カルティアはずるい。…一夫多妻はいいけど、正妻はうち。……レクスはうちを選んでくれる筈。…戦闘でも、うちが一番相性がいい。」
「ちょ……ちょっと!?……こ、ここは一番頼れるお姉さんなわたしが……正妻じゃないかな?」
「……マリエナかいちょー、狙ってたですか。……その理論だと、あちしでも良いはずです。……ここはこの中で一番しっかりしているあちしを、レクス様は正妻に据えるべきです。」
ずずいっとレクスに寄る四人の美少女。
その剣幕にレクスはたじろぐしかなかった。
「え……それは……選ばなきゃ駄目……か?」
「当然ですわ。」
「…当たり前。」
「そうだよ。レクスくん。」
「正妻がそのハーレムの「顔」になるです。決めてくださいです。」
じとっとした目線で詰め寄る四人に、レクスは引きつった笑いを浮かべる。
(……やべぇ。そんなこと、考えたこともなかった……。)
レクスは知らないのだが、実はハーレムを作っている人物は正妻をきちんと決めている。
例えばレッドならマオを正妻としているのだが、差異を殆ど感じていなかったレクスは、考えたこともなかったのだ。
レクスが戸惑う間にも、四人はどんどんレクスに詰め寄るように、顔を近づける。
「誰になさるのか……。」
「…決めて。…レクス。」
「レクスくんの好きに選んでいいからね?」
「誰を選ばれても、文句は言いっこなし、です。」
レインはそう言っているが、発している威圧感はかなりのもの。
視線を彷徨わせながら、レクスはようやく口を開く。
「……ほ」
「「「「ほ?」」」」
「保留……ってことには……?」
「「「「はぁ!?」」」」
呆れたような叫びが、星の瞬く空を劈く。
空の星が、きらりと瞬いて一筋の線を描いた。
その日の夜、レクスは父親のレッドに遅くまで相談を持ち掛け、迷うレクスにレッドが苦笑を浮かべていたのは、また別のお話。
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