傲慢な思いでも
夜の帳が降りきった暗がりの中、レクスは村の広場の木の下で、夜空を眺めていた。
遮るような厚い雲はなく、夜の空には輝く星たちがぴかぴかと瞬いている。
輝く月は、優しい光で暗闇に佇むレクスをはっきりと照らし出していた。
(……懐かしいな。ここであいつらと寝転んで星空を見たこともあったっけか。)
この場所に立つと、レクスは幼馴染たちとの想い出がとめどなく溢れるのだ。
今まで過ごしてきた村の雰囲気が、レクスの記憶を掻き立てるからなのかもしれない。
そんなレクスの手の中にあるのは、茶色く簡素で、小さな巾着袋。
その中には、レクスが夜なべして作った小さな木彫りがカラカラと音を立てていた。
巾着袋の中身を確認するように、レクスは巾着袋を軽く握る。
(……受け取ってくれっかな。大丈夫……だと思いてぇが。)
赤く染まった頬を冷ますように、ひんやりとした風がレクスを撫でた。
ひゅるりと吹き抜ける風の音と共に、裸地の砂利の擦れる音がレクスの耳に届く。
(……来たか。)
おもむろに前に向き直ると、そこには何処か戸惑いや不安をないまぜにした少女たちが、レクスの元へ歩いて来ていた。
カルティアたちだ。
レクスはカルティアたち四人に向かって脚をゆっくりと前に出す。
手前で立ち止まると、ドクドクと緊張で高鳴る心拍を身体で感じながら、口を開いた。
「……悪いな、皆。こんな時間に呼びつけちまってよ。」
緊張で僅かに裏返ったレクスの声に、カルティアも、アオイも、マリエナも、レインもゆっくりと首を振る。
「問題ありませんわ。レクスさんが何か大事な事を伝えたいということは分かっていますもの。」
玉を転がすような声でクスリと微笑むカルティアに、他の三人も肯く。
「…レクスが呼ぶのは、大切な事。…よく知ってる。」
「わたしたちに伝えたい事があるんでしょ。……レクスくんだもん。ちょっとびっくりはしちゃったけどね。」
「レクス様の呼びつけには、直ぐに馳せ参じるのがメイドの務めです。」
「レイン、そういうことじゃねぇんだが……まあ、いいか。」
ふんすと鼻息を荒く吐き出すレインに苦笑しつつ、レクスは巾着袋を取り出す。
風も止み、星空が見つめる中。
うるさいくらいに跳ねる心臓に対し、ゆっくりと息を整えながら、レクスは口を開いた。
「……皆に、渡してぇもんがあるんだ。」
レクスの言葉に、四人はごくりと固唾を呑む。
巾着袋を逆さにして、中のものを反対の掌の上に乗せた。
巾着袋からころころとレクスの掌に落ちてきたものは、四つの木の指輪。
月光に晒された、その無骨な装飾もない艶々とした木目の指輪は、手の甲側に紋章のようなものが刻み込まれている。
それも四つ全て異なった意匠が施されたその指輪を、四人はまじまじと目を点にして眺めていた。
「レクスくん。これは……。」
「……俺が作った木彫りの指輪だ。俺自身は宝石とかわかんねぇからよ。別のもんも考えたけど結局、これが一番かと思っちまった。」
「…レクスが作ったの?…凄く精巧。」
「俺の趣味だからよ。……おかげで最近寝不足になっちまった。」
「くれる……ですか?あちしたちに?」
「ああ。……安っぽくて悪ぃな。要らないなら……。」
「そんなことはありませんわ。レクスさんが懸命に作ってくれたものですもの。ありがたく、頂戴致しますわね。」
自虐的に苦笑するレクスに、カルティアは微笑みながら首を振ると、レクスの掌の上に乗った指輪を一個、白魚のようなたおやかな指で摘み取る。
まるでそれが自分のものと言わんばかりにカルティアが摘み取った指輪に刻み込まれていた紋章はティアラ。
王女であるカルティアにぴったりかと思ったレクスがイメージそのままに彫り込んだものだ。
カルティアはその指輪を慈しむように眺めると、ぎゅっと軽く指輪をその手に握る。
「…うちはこれ。…直ぐにわかった。」
手を伸ばしてひょいとアオイが摘み取った指輪の紋章は四菱手裏剣。
一番最初にアオイと出会ったときの手裏剣が、レクスのイメージとして残っていたから掘ったものだ。
目の近くでまじまじと眺め、「…おお。」と漏れた感嘆の声がレクスに届いた。
「わたしはこれ……だよね?」
不安げにおそるおそる指輪を摘み取るマリエナ。
マリエナの取った指輪には、重なったハート形の紋章がレクスによって刻み込まれていた。
単純なハートマークではなく、ハートの中に小さなハートが刻まれ、その後ろには蝙蝠の羽根が生えている。
指輪を手に取ったマリエナは、にへらと頬を緩ませ、「…えへへ」と嬉しそうに口をほころばせた。
「最後はあちしです。……これは……。」
一番最後にレインが手に取った指輪に彫り込んであった紋章は音符記号。
歌を歌うレインの姿が、レクスの印象に強く残っていたためだ。
メギドナに歌っていたときの優しい表情に、レクスは見惚れていたのは間違いない。
「レクス……様。」
レインは胸の前で木の指輪を優しく握り込んだ。
指輪が掌の上からなくなったレクスは、こほんと咳払いをしたのちに四人を眺める。
「受け取ってくれて、ありがとな。こんくらいしか、渡せねぇけどよ。」
「いいえ。”こんなもの”ではありませんわ。レクスさんがわたくしたちのために作ってくださったものですもの。わたくしの方が感謝するものですわ。……ありがとう、ございますわね。」
「…そう。…レクスの気持ちが籠もってる。…ありがと。」
「ありがとうね。レクスくん。……大切にするね。」
「あちしもです。レクス様。ありがとう……です。」
揃って返って来る返答に、レクスは少し照れくさくなり赤く染まった頬を掻く。
その様子が何処かおかしく見えたのか、四人はくすりと口元を緩めた。
レクスは再び四人を真剣な目で眺める。
カルティア。アオイ。マリエナ。レイン。
レクスを慕ってここまで着いてきた彼女たちを、レクスは無下に出来なかった。
「……皆、聞いてくれ。」
レクスが発した神妙な面持ちの言葉に、一同はレクスを見つめ返す。
「俺は、皆の気持ちをわかっているつもりだ。……だけど、どうしても踏み出せねぇ理由があることも、皆わかってるんじゃねぇかと思う。」
一同はこくんと静かに頷く。
レクスが踏み出せない理由は、皆わかっていた。
幼馴染との確執はそれほどまでに根深いことは、全員カルティアから聞いているのだから。
「……だから、言わせてくれ。俺は……。」
レクスはその言葉が喉まで出かかっていた。
その言葉を言えば、もう、後戻りは出来ない。
今までの関係を壊すかもしれないとの思いが、レクスの心をざわつかせる。
それでも、言わなくてはいけない。
それが、傲慢な願いあろうと、レクスの誠意なのだから。
一同の不安げな視線が、レクスに注がれる。
レクスは、口火を切った。
「俺は……あいつらとのけりがつかなきゃ、先へは進めねぇ。でも……それが全て終わったらその時は……皆、俺と……。」
それは、レクスの想い。
リュウジと幼馴染たちのことや、シルフィの話を聞いたレクスは、彼女たちに対し”言葉にしておかなければならない”と。
そう、思ったから。
集まった視線の中、レクスは声を張った。
「結婚してくれ!」
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