草刈りのあとで
風に揺れる草が陽に照らし出され、鮮やかなオレンジの炎にも見えるような時間帯。
夕陽に照らされたレクスたちの姿は、バモスが管理する畑の中にあった。
畑の脇には、刈られた草の山がこんもりと積み上がり、畑の中には既に緑は見えていない。
畑の全貌を見渡しながら、レクスは腕で額の汗を拭いつつ、ふぅと息を吐く。
「こんなもんでいいだろ。」
「…きれいになった。…うち、役にたった?」
ちろりと傍でレクスを見上げるアオイに、レクスはこくりと頭を振る。
草を刈る時、カルティアの指輪を借りて風魔術を使ったアオイは、生い茂った草をみるみるうちに刈り取ってしまったのだ。
その光景にはレクスたちは唖然としてしまう程に凄まじいもので、一通り終わったらふんすとアオイは自慢気に鼻息を吐いていた。
もちろんバモスも見ており、「ひょえぇ」と腰を抜かしていた。
刈った草を纏めて燃やさねばならないので、散らばった草はレクスやカルティアたちが総出で纏める。
慣れない農作業にカルティアたちが苦労するのかレクスは心配だったのだが、意外と全員問題なく熟していた。
カルティアは光の魔術で自身を強化して重いものを運び、マリエナは空を飛びながら指示を飛ばす。
レインやアオイに至っては何処か手慣れた様子すら見せていたほど。
アオイの魔術の後に細やかな草を取っていき、全てを終えてバモスからお茶を貰う頃には陽が暮れはじめていた。
「もちろんだ。バモスさんとこの畑無駄に広ぇからよ。アオイが居なきゃもっと時間が掛かったと思う。ありがとうな、アオイ。」
レクスがそう声をかけると、アオイはふんすと鼻息を吐く。
その表情は無表情にも見えるが、胸を張って何処か誇らしげだ。
バモスの畑に生えていた草を一通り刈り取ったレクスたちをバモスとその妻であるモビーが労うように声をかけた。
「いやーここまでやってくれるとは思わなんだ。大変だったろ。まさかそこの別嬪さんが纏めて刈ってくれるとはのぉ。」
「レクスちゃんたちもお疲れさまだでぇ。これであだすらも大助かりだけぇの。畑仕事も捗るべ。」
「ありがとうな、バモスのおっちゃん、モビーのおばちゃん。……って言っても、アオイ以外俺も含めて何も出来てねぇ気がすんだけどよ……。」
申し訳なさそうに頬を掻くレクス。
アオイは相変わらず無表情にも見えるが、何処か誇らしげだ。
そんなレクスを見て、バモスたちはガハハと大きく笑っていた。
「そらそこの嬢ちゃんの手柄だが、レクスだって手伝っただろうて。他にも可愛らしいお嬢ちゃんたちが働いてくれたんだ。誰も文句はいわんよぉ。」
「まあ、力になれて良かった。バモスのおっちゃんも無理だけはすんなよ。」
「もちろんだとも。なんかあればレッド先生に見てもらっちょるからのぉ。しかしレクスの坊主……。」
ちょいちょいとバモスが手を招く。
レクスが近づくと、バモスはレクスの耳元に口を寄せた。
「レクスの坊主……おらぁリナちゃんかカレンちゃんと坊主がくっつくかと思っとったが、まさかここまで坊主が色男だとは思っとらんだった。……本命は誰にするんだ?」
「ば、バモスのおっちゃん。それは……。」
バモスの問いに、レクスは困ったように目を彷徨わせる。
答えられる筈もないからだ。
その答えは、ほぼほぼ確定している。
しかし、今ここでは口に出すことはレクスには憚られた。
それは、カルティア、アオイ、マリエナ、レインがいる場で、自身が口にするしかないのだから。
戸惑うレクスだが、その様子を見て呆れたようにモビーがバモスの耳を引っ張った。
「おじーさん。レクスちゃんが困っちょうがね。」
「痛ってて……ばーさん、耳を引かんでくれい。」
バモスがモビーに口を尖らせ文句を呟くが、モビーは何のその。
モビーはレクスに顔を向け、にししと笑う。
「ありがとうねぇ。本当。……そうだそうだ。レッド先生のとこに持っていけな。採れたてのトマトだ。」
モビーが指を指した先にあったのは、木箱いっぱいの紅い宝石のように輝く、瑞々しいトマトの山。
「良いのかよ。こんな貰って。」
「いいけぇの。あだしらじゃ食べきれんけぇ。」
「ああ。そう言ってくれるならありがたく貰っとく。悪ぃな。」
「レッド先生に宜しくいっちょいてくれ。また世話になるからの。」
「ばーさん!痛いから離してくれぇ。」
モビーがにこりと眦を下げて笑うのにつられ、レクスも笑みを浮かべる。
そうして木箱を抱えてアオイと共にバモスの家を後にすると、夕焼け空の下でカルティアたちが待っていた。
「お疲れ様ですわ。レクスさん。」
「ああ。カティもお疲れ様。マリエナも、レインも手伝わせちまって悪かったな。」
レクスが申し訳なさそうに出した言葉に、二人は揃って首を横に振る。
「ううん。レクスくんが頑張っているから、わたしたちもお手伝いしただけだよ。」
「マリエナかいちょーの言う通りです。あちしたちが勝手にやったことです。だから……かけて欲しい言葉が違うです。」
「……そうだな。ありがとうな、皆。」
レクスがにこやかに笑いながらお礼を口にすると、四人はこくんと満足げに頷く。
「レクスさんも、わたくしたちをもう少し頼る事を覚えて欲しいですわね。……レクスさんは、少し気を張りすぎだと思いますわよ。」
「…そう。……レクスはうちらにもう少し頼ればいい。」
カルティアとアオイにも言われ、レクスは一本取られたように苦笑を浮かべる。
そんなカルティアたちを見て、レクスはあることを考えていた。
(……あれを、今日の夜にでも渡すか。喜んでくれりゃいいけど。)
レクスが思い描くものは、レクスが夜なべして作っていたとある品物。
喜んでくれるかや、重すぎないかと心配していたものではあるが、カルティアたちに渡すために作ったものだからだ。
レクスはふっと息を吐くと、診療所へ向かって歩き出す。
カルティアたちもレクスに続くように歩き始めた。
「それにしても、いい体験ができましたわね。王都に住んでいては、見えないものでしたわ。」
「そうだねー。わたしも初めてだったけど、畑を作るのがあんなに大変だったなんて知らなかったよ。」
「…そう?…畑じゃないけど、うちもよく草刈りの手伝いがあった。」
「だからあんなに手慣れてるですか…アオイさん。」
「レインも手慣れてたと思うけどな……。」
他愛もない会話で足を進めながら歩いていたレクスたちだが、ふと目線の先でキョロキョロとあたりを見回す二人組の影に気が付いた。
慌てたように周囲を確認していたのは二人の男女。
コーラルとフィリーナの二人だった。
コーラルとフィリーナは焦った様子でしばらく周囲を見ていたが、レクスたちを見つけると走ってレクスたちの元へと駆け寄る。
二人はレクスたちの前ではぁはぁと肩で息を吐いていた。
あまりの必死さに、戸惑いを含みつつもレクスが声をかける。
「コーラル?フィリーナ?」
「レクス君!……マインを見ていないかい!?」
「マイン?いや……見てねぇ。カークと一緒じゃねぇのか?」
レクスは首を横に振る。
マインは食事の後、カークに懐いていたのもあってかカークと共に診療所を後にした筈だったからだ。
レクスの言葉に、コーラルは苦苦しい表情を浮かべる。
ただ事ではない雰囲気は、レクスたちにも伝わっていた。
「……何か、あったのか?」
「帰って来ないんだ。夕方までには帰るって言ってたのに……。カーク君も見当たらないんだ。」
「この村の中を一通り回りましたが、マイン様は何処にも……。」
コーラルとフィリーナの言葉に、レクスたちは顔を見合わせる。
カルティアたちもいきなりのことに戸惑っているようだった。
(……すぐに帰って来る……って訳でもねぇな。カークも着いてるってなると。)
カークも分別は分かっている、とレクスは思っていた。
アルス村の中に居るならばその行き先は隠れんぼでもしていない限りはすぐに見つかる筈だ。
さらにマインを連れているなら、夕暮れ時になっても帰って来ないということは可怪しい。
カークの性格からしてもあまり無茶なことはしないだろうからだ。
不審に思ったレクスはその場の全員と顔を見合わせる。
レクスの顔色で事態に気が付いたようで、カルティアたちはこくりと首を前に倒した。
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