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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
間章 かえるもの編

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願いを託して

 診療所の影になった裏の地面に座り込んだレクスは、シルフィの話を聞いた後、静かにため息を漏らした。


「そうか……だからあの名簿にはシルフィ母さんの名前があったのかよ……。」


 王都であった誘拐事件の際に見つけた名簿に書かれていたシルフィの名前が、レクスにはどうしても気になっていたのだ。


 目を伏せたシルフィは、レクスの隣でふぅと大きく嘆息した。


「……当時の記憶など、首輪のせいで朧げではあるがな。おそらくお前が見つけた奴隷の保管場所に、私もいたのだろう。ご丁寧に記録まで残してあったとは。……思い出したくもないがな。」


 シルフィは空を見上げる。


 その目は遠くをの誰かを見ているように、レクスは感じとった。


 シルフィは続ける。


「そのあとはお前も知っての通りだ。クオンが産まれ、そのあとに成り行きながら、レッドの妻として今ここにいる。……まあ、マオが「好きならシルフィも奥さんになれば良いじゃないのー」と言い出したときはさすがに正気を疑ったが。」


 思い出したようにふふふと口を緩めながら微笑むシルフィ。


 その顔には、既に過去の屈辱など笑い飛ばすかのようにはつらつとした語気があった。


 だが、レクスにはシルフィの話を聞いて、少々気になったことがあったのだが、それを口に出せない。


 そんなレクスの沈んだような表情を目ざとく見いだしたのか、シルフィはぽつりと呟いた。


「……お前の言いたいことはわかっているさ。復讐を考えなかったのかということだろう?」


 レクスは少しだけばつが悪そうに顔を顰めるも、観念したようにこくりと頷いた。


 シルフィの言葉は、まさしく図星だったからだ。


「……ああ。……よくわかるよな、シルフィ母さん。」


 レクスの呟きに、シルフィはにぃと口元を上げてから腕を上に掲げ伸びをする。


「お前がわかりやすいというのもあるがな。血は繋がっていないが、レクスは私の息子でもある。ずっと見てきたのだ。それぐらい分かるさ。」


「そうなのかよ……。」


 シルフィは立ち上がり腕を下ろすと、もう一度だけため息を溢した。


「……今でも、出来るならこの手であの下衆共を殺してやりたいと思っていることに間違いはない。だが、だ。……それはあいつが望まんだろう。あいつは私に「生きろ」と言ったからな。それに……だ。」


 シルフィはコホンと咳払いをすると、くるりとレクスに振り返る。


 青い草花の香りを運ぶ涼風が、優しく二人の間を吹き抜けた。


 シルフィは片手で髪を押さえながら手を腰に掛け、軽く笑いながら口を開く。


「あいつの憧れた「冒険者」というものを、私が壊すわけにはいかん。あいつの誇りを汚すことは、私自身があいつを否定することになってしまう……。そう思ってならなくてな。」


「シルフィ……母さん。」


「だからといって、ゆめゆめお前が私の代わりになどなろうと思うな。あんな外道など、関わるだけ損にしかならん。」


「……わかってるっての。俺もそんなイカれた奴なんざ相手にしたかねぇしよ。どんな因縁つけられるかわかったもんじゃねぇ。……まあ、あいつらに危害が及ぶってんなら、話は変わるけどな。」


 レクスの言う「あいつら」とは、幼馴染たちやカルティア、アオイ、マリエナにレイン、王都で知り合ったレクスの友達や知り合い、全員のことを指している。


 レクスに増えた「大切なもの」にもし手出しする輩が居るならば、到底レクスは赦すことなど出来ない。


 それを察したかのように、シルフィは満足そうに頷いた。


「ふっ……。それでいい。お前はお前らしく進んで行けばそれでいい。それこそが……私の幸せ、なのだからな。」


 にこやかに微笑むシルフィに、レクスもにへらと歯を出して笑みを返す。


 レクス自身も、シルフィの復讐をしようとは思わない。


 シルフィ自身がそれを望んでいないことは、分かりきっていたからだ。


 すると、シルフィは腕を組み、口を結んだ真剣な表情でレクスの目を見据えた。


「……だが、私はお前に頼まなければならないこともある。」


「なんだよ、シルフィ母さん……。」


「クオンを……頼んだぞ。あいつが家族の中で最も信頼していたのは、紛れもなくお前だ。だがしかし、今のクオンは可怪しすぎる。お前を嫌うこともだが、もともと戦を好む娘では無いはずなのだからな。」


 シルフィの言葉にレクスは首肯の意を示すように首を振った。


「ああ。俺も可怪しいとは思ってたけどよ。クオンがああなったのは……。」


「”洗脳によるもの”だろう?」


 シルフィの答えに、レクスは目を見張る。


 自身が言おうとしていたことを先取られたからだ。


「シルフィ母さんは……知ってたのかよ?」


 レクスの問いに、シルフィは無言で首を横に振るう。


「いいや。私も知らん。……だが、レッドもマオも、私自身も同じ結論を出していた。私は旅立つときのクオンを見ていない。だが、レッドの口から聞いた様子だけで考えるなら、それが妥当と考えざるを得ない。私ですら……信じられんのだからな。」


 口を歪め、心配そうに眦を垂らすのは、シルフィがクオンのことを慮っていることに他ならない。


 母親としての顔が、その表情にはしっかりと表れていた。


「……単純に俺が嫌われたとは考えねぇんだな。」


 レクスの呟きを、シルフィはハッと笑い飛ばす。


「何を馬鹿なことを。もしあいつが誰かを嫌うなら、最初から徹底的に会うことを拒むだろう。ああ見えて私に似たのか、ものははっきり言う娘だからな。クオンがレクスを嫌っているなら、そもそも私がお前を徹底的にしごいて矯正させているところだ。」


「おっかねぇな……シルフィ母さん……。」


 引きつった表情を浮かべるレクス。


 シルフィの目は本気だとレクスに語っていた。


「だからこそ……クオンはお前を嫌っているはずも無い。何時も「兄さんが兄さんが」と私に報告してくるような娘だ。嫌いならば報告など口に出すはずも無いだろう。……あの子には、お前が必要なんだ。他でもない、レクス、お前がな。」


 ただ見通すようなシルフィの視線。


 だが、その視線には複雑な感情が絡み合っているように、レクスには思えてならなかった。


「シルフィ……母さん。」


「クオンには、私のようになって欲しくは無い。暗闇の中で藻掻けとも私は言えるはずもないのだからな。本来は私自身が赴くことができれば良いのだが、すぐに向かえるような距離でもない……だからレクス、お前だけが頼りなんだ。」


 シルフィの思いを感じとったレクスは、「……ああ。」と呟きながら応えるように首を縦に下ろす。


「……そんなもん、今更だろうが。俺にとっちゃ、クオンはかけがえのねぇ家族で、俺の妹だ。辛い顔なんざ、あいつにも、あいつらにも似合わねぇよ。……それに、村長やおばさん、リナのおばさんだって辛そうな顔してたんだ。……あいつらが泣いているなら……助けるのは、当たり前の話だろうがよ。」


 きっぱりと口に出すレクスに、シルフィは可笑しそうに口を緩める。


 その顔に、レクスは少し不満げに眉を下げた。


「なんだよシルフィ母さん……可笑しいことでも言ったかよ。」


「……何、お前も逞しくなったと思っただけだ。レッドに似て、良い男の面構えになってきた。まあ、まだレッドには及ばんがな。」


 クスクスと一通り目を細めて笑ったシルフィは、未だに不満げな顔付きを浮かべるレクスに溜飲を下げたように目を向けた。


「そうだ……もう一つだけ、お前に言っておかねばならんな。」


「なんだよシルフィ母さん。まだあんのかよ……。」


「《《エルフの情は厚く、熱いんだ》》。それはエルフでも、ハーフエルフでも変わらん。それは、覚えておくことだな。」


「……?どういうことだ?話が見えてこねぇけど……?」


「いずれ分かるさ。クオンも、私と同じだからな。……クオンの方が、激しいかもしれんが。」


 含みを持った言い方をするシルフィに首を傾げつつ、レクスは目を伏せながらふぅとため息を溢した。


 するとシルフィが横に目をやると、あることに気が付いたように口元を上げる。


「……盗み聞きとは、関心せんな。上手く隠れようと思うなら、逸る気持ちを抑えねばならんぞ?」




お読みいただき、ありがとうございます。

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