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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
間章 かえるもの編

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あらたなるいのち

 不安げに目を合わせる男性を、シルフィは痛みに耐えながら見つめ返す。


 しかし、シルフィの瞳は痛みと憎悪に染まりきり、男性の顔を睨みつけるようであった。


(こいつも……あの屑共と同じように私を利用するつもりか……!お前たちのせいで、キュエンは……!)


 ギルバートやガラムタから受けた屈辱の日々と、キュエンを喪った悲しみ、そして自身の無力感に苛まれたシルフィは、目の前の男を信用できないのは至極当然とも言えるだろう。


 シルフィの行動は早かった。


 痛みが若干収まった頃合いを見計らったシルフィは傍に落ちていた剣を手に取ると、男性の首に押し当てる。


「……!?」


「動くな……!」


 男性が引きつったように大きく目を見開くと同時に、シルフィも歯をむき出しにして大声で叫んだ。


「私に構うな!少しでもおかしな動きをしてみろ!さもな………ぐぅぅっ……。」


 ぶり返した陣痛にシルフィは言葉の途中で苦悶の表情を浮かべると、剣を取り落した。


 激しい痛みに顔を埋めたシルフィに悔しい思いがこみ上げる。


(こんなところで……私はまた辱めを受けねばならんのか……。く……そ……。)


 シルフィの眦から雫が伝う。


 彷徨ってきた暗闇の中に、再び閉じ込められそうな気がして。


 何もできなかった自分を責めるように、シルフィは草を掴みながら拳を握りしめる。


 その時、男性の声が耳に届いた。


「痛いんだね!?……安心してくれ。僕は医者だ。聖魔術は使えないけど、絶対に君たちを助けてみせる。だから、もう少し頑張ってくれ。……マオ!」


 男性の力強く、ギルバートのものとも、ガラムタのものとも違う優しい声は、何処かシルフィの耳にすっきりと入っていく。


 シルフィは痛みに悶えつつ目を向けると、男性は真っ直ぐシルフィを見つめ、安心させるかのように優しく笑みを浮かべていた。


 すると、シルフィの背後からのほほんとしたような、しかし慌てた声が上がる。


「レッドー。大変よー。破水してるわー。どうしましょー?」


「なんだって!?……不味いな。」


 口元を歪め顔を顰める男性は、狼狽えることなくシルフィの後ろで様子を見ていた女性に声をかける。


「早急な処置がいる。……一度診療所に運び込もう。マオ!手伝ってくれ!……最悪、馬車の中でのお産もあり得るかもしれない。」


 男性の指示に、マオと呼ばれた女性はすぐに首を縦に振る。


「わかったわー。準備するわねー。」


 緊張感とはほど遠いような、間延びした声が響く。

 男性は再びシルフィに目を向けた。


「これから君を運ばせて貰うよ。痛かったらすぐに言ってくれ。……大丈夫だ。君に酷いことはしない。信じて……任せてくれ。」


 自身に注がれる真っ直ぐな紅い瞳。


 シルフィは疑うことができなかった。


「……ああ。たの……む……。」


 それは、何処か戦友と出会ったときの真っ直ぐな瞳を思い起こさせるようにシルフィには思えてならなかったからだ。


 男性は人のよさそうな笑みを浮かべると、すぐさまシルフィを仰向けに寝かせなおす。


 シルフィはじんじんと疼く激しい痛みに脂汗を浮かせ、時折「うぅ……」と呻き声を上げることで精一杯だった。


 男性が叫ぶ。


「マオ、脚を持って!僕が肩を持つ!いっせーので行くよ!」


「ええー。わかったわー。いつでもいいわよー。」


「いっせー……の!」


 声を上げると同時に、男性は腕を捲り上げてシルフィの肩を支える。


 脚を持つ女性と息を合わせてシルフィを抱え上げた。


「ゆっくりいくよ!慎重に!」


「ええー。まかせてー。」


 持ち上げられたシルフィは、痛みに耐えながらどうにか薄らと目を開ける。


 シルフィたちを照らすのは欠けのない月と、夜空に散らばった満点の星空。


 雲が晴れ、久しぶりに見えたその空を何処か懐かしく、綺麗なようにシルフィは感じて。


「キュ……エン……。」


 ほろりと。


 無意識に戦友の名が漏れた。

 ◆

 それからの出産のことを、実はあまりシルフィはよく覚えていない。


 どうにかアルス村の診療所へと馬車を飛ばしたレッドたちが、シルフィを診療所に担ぎ込んだことまでは覚えている。


 だが、それからすぐに一際強い陣痛が起こり、レッドたちが処置をしている間に出産を終えてしまったのだ。


 「おぎゃあおぎゃあ」と泣く声を一瞬聞いたはずなのだが、そこからシルフィの記憶は途切れている。


 出産を終えたシルフィは、出産の疲れと今までの心身のショック、寝不足なども相まってふっと意識を闇の中へ再び落としてしまった。


 その間、レッドとマオが慌てて診療所内を動き回ったらしいのだが、シルフィ自身は眠ってしまっていたために、レッドやマオからの伝聞しか聞いていない。


 ただただ気持ちよく眠ったという記憶しかないのだ。


 そんなシルフィが目を覚ますのは、アルス村に陽が射し込み始めた朝のことだった。


 ◆

 瞑った目を擽るように、やわらかな光が寝ているシルフィの顔を照らし出す。


「ん……。ううん……?」


 眩しく思ったシルフィがゆっくりと瞼を開くと、目の前に広がるのはシルフィの記憶にない木製の梁が張られたあたたかみのある天井。


「ここは……何処だ?」


 訳も分からず、シルフィは身体を起こす。


 どうやらやわらかなベッドの上で寝かされていたらしく、起き上がったシルフィから肌触りのよい白いシーツの掛け布団がずり落ちた。


 辺りを見渡すと、そこは落ちついた色の自然な木で建てられた部屋で、その窓からは燦々とした陽の光がベッドの上に射し込んでいる。


 部屋の中には簡易なテーブルの他に窓際の観葉植物や、テーブルの上の一輪挿しの花が彩りを添えていた。


(私は……一体何故こんなところに……?)


 首を傾げたシルフィは頭の理解が追いつかなかった。


 隷属の首輪から解放された直後であり、シルフィは未だに記憶の混濁も多い状況。


 そんな中で、シルフィの傍に置かれた小さなベッドが目に入る。


 気になって中を覗き込んだシルフィは、その衝撃に目を見開いた。


 小さなベッドの中で寝かせられていたのは、黒い髪をした赤ん坊。


 その幼子は、シルフィの視線の先ですやすやと気持ちよさそうに寝ている。


 雷が落ちたような感覚が、シルフィを駆け巡った。


「……そうか。私は……!!」


 シルフィははっとしたように、目を大きく広げ両手で頭を抱えこむ。


 その赤ん坊を見た瞬間、シルフィは前日の記憶を思い出したのだ。


 思い出したのは、身の毛がよだつような男たちの顔。


 その身を汚された記憶が、シルフィにひしひしと実感を伴って呼び覚まされた。


「ああ……あああ……。」


 あまりの悍ましさに、シルフィは頭を掻きむしる。


 どうあがいても消えない事実が、「自身の子」として産んでしまったことに、シルフィの心の中は掻き乱され、狂乱する寸前だった。


 ふと横に目をやると、無骨な剣がシルフィの傍に置かれているのをシルフィは見つける。


 馬車から棄てられる直前、ガラムタに渡された何の変哲もない剣。


 シルフィは無言でその剣を手に取ると、ゆっくりと自分の足で立ち上がった。


「この子は……居てはならない……!!」


 自身の無様さと屈辱の証明である幼子。


 シルフィはこの世の全てを恨むかのように眦を吊り上げ、幼子を睨みつけた。


 そこにいるのは自身の子ではない。


 シルフィを汚し、辱めた男たちの集大成のように思えてしまって。


 赦せない思いが、シルフィの中で燃え滾っていた。


 赤ん坊が寝ている直ぐ側まで歩くと、シルフィは剣の切っ先を赤ん坊の喉元に向ける。


「……悪く思うな。お前は……!!」


 行き先のない恨みが、衝動に変わっていた。


 シルフィは赤ん坊の喉元に向けた剣の切っ先を、思い切り突きこもうとした瞬間。


 パッと。


 赤ん坊の目が開いた。


 その瞳は、シルフィと同じ透き通るような翡翠色。


 何も知らないあどけない無垢な眼差しがシルフィの顔をその瞳に映す。


 赤子の目に映った自身の姿を目の当たりにしたシルフィは。


「……くそっ!」


 剣の切っ先を、赤ん坊から紙一重のところで押し留めた。


 その自身の表情が、シルフィに絶望を味あわせた男とそっくりに見えてしまったのだ。


(……奴と、変わらんではないか。)


 欲望と衝動のままに、人を殺し、傷つけていたギルバート。


 その表情と、シルフィ自身の顔が重なって見えてしまったシルフィは、剣を引いて床に落とす。


 カランと部屋に響く金属の音が、何処か空虚に感じられた。


 ふぅと息を吐くと、シルフィはベッドに寝かされていた赤子を抱え上げ、その胸に抱く。


 赤ん坊のぽかぽかとした体温が、シルフィの冷え切った心を温めてくれるようにも感じられた。


 シルフィに抱かれた赤子は、シルフィに抱かれると再び気持ちよさそうにその瞼を伏せる。


 すぅすぅとした呼吸と、僅かに上下する胸。


 安心しきった表情で眠る赤ん坊を抱え、シルフィは何処かつられたように表情を緩める。


「……そうだな。お前には何の罪もない。……危うく間違いを犯すところだった。」


 そう呟くと、シルフィは赤子を抱えたままベッドに腰を下ろす。


 起こさないように、ゆっくりと。


 無垢な赤ん坊の顔を見つめ、シルフィは口元を僅かに上げて微笑んだ。


「お前が……私の子……か。」


 可愛らしい寝顔は、シルフィの心を擽り、解きほぐすのには十分であった。


 そして、シルフィにふとある思いが過ぎる。


「……そうか。お前に名前を付けてやらねばなるまいな。お前の名は……。」


 赤ん坊をゆっくりと揺らしながら、シルフィは我が子の名前を考える。


 足の間に手を差し込み、《《ない》》ことを確認した。


「……お前は……女の子か。何がいいだろうか……。」


 娘の名に頭を巡らせるシルフィの中で、ある記憶が頭を掠めた。


『「きゅーえん」と「くおん」、だって。ずっと長く続くことを意味するんだってさ。』


『「きゅーえん」に「くおん」か……。不思議な響きだ。覚えておくとしよう。……キュエンの調子に乗ったような態度が、ずっと続かないようにな。』


 それは、かけがえのなかった友との何気ない会話。


 もう再び会うことの叶わない友との想い出に、シルフィの目が緩み、雫が流れる。


 噛み締めるように呟いた。


「……きゅーえん、ではいかんな。ほぼあいつと同じ名前になってしまう。なら……。」


「きゅうえん」の他にもう一つ挙がった言葉。


 永遠に続くという意味に、友との想い出を重ねて。


 友との忘れられない記憶がずっと残るように。


 その名を、シルフィは呟いた。


「……「クオン」。お前の名前は、「クオン」だ。」


 ぽたりと、赤ん坊の頬に雫が落ちる。


 愉快な友と紡いだ絆は永遠だと示す、願いを込めて。


 暖かな朝の陽が射し込む部屋の中、「久遠クオン」はシルフィの胸に顔を埋めるように、幸せな表情で静かな寝息をたてていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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