第10−2話
聞き慣れない言葉に、レクスは椅子に座り直してクロウを見る。
クロウもレクスに目線を合わせた。
「ああ。今まで記録が無いどころか、当人しか持っていないスキルだ。全部スキルの効果は折り紙つきに強いってことだが…発動条件が厳しかったり、代償や制約があったり。…正直、碌なもんじゃない。俺のスキルも固有スキルだしな。」
クロウは眼を閉じて溜め息をもらすと再び眼を開けレクスを見た。
「悪魔憑きと書いて「ライブデビル」。それが俺のスキルだ。」
「ライブ…デビル?」
「そうだ。俺のスキルは悪魔と契約して、その悪魔から力を貸してもらうっていうスキルだ。ただ気楽に使えるようなもんじゃなくて、代償がいる。それにベルが気に入った力の使い方じゃ無ければそもそも力を貸してくれない。面倒なスキルだよ。使わなきゃただのスキル無しと一緒だ。」
クロウの表情は何処か遠くを見ていて、クロウ自身を思い返しているようだった。
「ま、助けられた回数は数知れないし、無けりゃどうしようも無い状況が何度もあった。…正直、感謝もしてるけどな。まぁ、役に立たんときは本当に役に立たない。そんなスキルだよ。」
「おやぁ、そう言ってくれるとはうれしいですねぇ。でもちょっと語弊がありますねぇ。ワタクシはぁ、何時でも力を貸すというのにぃ。」
クロウが語っていると、いつの間にかクロウの後ろにベルが立っていた。
ベルはハンカチを持ち、眼を拭う仕草をしている。
全く涙は出ていなかったが。
「…こうやってちょくちょく出てくるのをやめろ。」
クロウはベルを見ず、苛立った口調でベルに声をかける。
「でもワタクシのおかげでぇ。クロウさんは10人もの見目麗しい女性を救いぃ、お嫁さんにしているのですからぁ。ワタクシ感謝されてもいいのではぁ?」
その瞬間、クロウの顔が固まった。
「10人!?」
レクスは驚きのあまり、大声をあげてしまう。
幸い周りには誰もいなかったが。
「…それには感謝してるが、娶ったのはお前の代償のせいもあるだろうが。」
「でも皆様クロウを非常に深く愛しておられますよぉ?それはクロウもではないですかぁ。」
ぐぎぎとクロウは歯を噛み締め、少し顔が紅く染まる。
「いいから帰れクソ悪魔が!話が進まないだろうが!」
「おお怖いですねぇ。怖いですねぇ。それでは失礼しますねぇ。」
クロウの怒鳴った声に薄ら笑いを浮かべながらベルはすうっとクロウの影に消えていった。
クロウはコホンと咳払いをして、レクスに向き直る。
その顔はまだ少し赤かった。
「…とりあえず続きを話すぞ。」
「あ…ああ。お願いします…。」
「レクスのスキルはおそらくそう言った固有スキルの可能性が高いと俺は思ってる。まあ、だからといって傭兵ギルドへの所属は変わらない。だから、ようこそ。傭兵ギルドへ。」
クロウはレクスに手を差し出す。
レクスはクロウから差し出されたその手をぎゅっと握りしめた。
レクスは内心嬉しかったのだ。
冒険者ギルドで否定された自分自身が認められた。そんな気がしていた。
握手を済ませた後、クロウはレクスに金属製の板を手渡す。
「傭兵ギルドは基本的に、冒険者ギルドのしていることと変わりはない。依頼があって、その依頼を解決するために動き、報酬となる金銭をもらう。傭兵ギルドの方が危険度が高かったり、冒険者ギルドにない依頼があったりするけどな。」
「へぇ…で、この板は何だ?」
レクスは金属板を手の中で遊ばせる。
板は薄く、銀色に光っているだけで両面共に何も描かれていない。
「その板が「傭兵ライセンス」だ。魔道具になってるから魔力を込めてみてくれ。」
言われるがままレクスは魔力を板に込める。
すると金属板の表面に文字が自動的に刻まれていく。
金属板には「レクス 傭兵ギルドライセンス」とそれだけ刻まれた。
クロウが覗き込み、その様子を確認する。
「無くさないでくれよ。再発行には高い手数料がかかるからな。」
レクスは傭兵ライセンスをひっくり返し、裏側を見る。
すると、何も書かれたいなかった面に大きな鳥が雲を越えて飛び上がっているという紋章が浮かび上がっていた。
レクスはそんな傭兵ライセンスを眺め、口元を上げて少しニヤついていた。
すると、階段の方からコツコツと誰かが降りてくる音が聞こえてきた。
「説明は終わったかい?」
レクスが振り返ると、ヴィオナがレクスの方へ歩いてきていた。
ヴィオナはレクスとクロウを見ると、ニヤリと笑う。
「レクス。お前さんは学園に通うんだったねぇ。なら度々で良い。このギルドに出入りしな。授業が終わった後に少しの時間で出来そうな依頼もあるから、それで少しでも稼げばいいさね。」
そのままヴィオナはクロウへ眼を移す。
「用が無くても、ここに来て修練でもすればいいさね。クロウ、お前さんはレクスの師匠になってやんな。」
その言葉にクロウは「は?」と困惑した表情を浮かべた。
同じくレクスも「へ?」と困惑していた。
「お前さんたちは戦い方が似てるんだ。同じ教えるなら戦い方が似てる方が良いさね。だから用が無くてもここに来て修練を積みな。確実にレクスは強くなるだろうさ。…それに、もう一つ似てるところがあるさね。」
ヴィオナはレクスを見て、さらに不敵に笑う。
レクスはヴィオナを真剣な眼差しで見つめた。
「アタシのスキルは「占い師」さね。クロウにもレクスにも「女難の相」が見えてる。しかもこれは女性に囲まれるタイプのやつさね。囲まれる女性一人一人に命の危機があって、それを解決しなきゃ嫁が出来ない。そう出てるよ。そんなとこまで似なくても良いとは思うがねぇ。」
ヴィオナはカッカッカと大笑いしていた。
クロウはそんな様子のヴィオナに頭を抱える。
レクスはぽかんと口を開けてヴィオナを見ていた。
大笑いした後、ヴィオナはクロウをじっと見つめた。
「クロウ。後進の育成も重大な仕事の一つさね。しっかりレクスを育てるんだよ。何が来ても心が折れることのないようにしてやんな。」
「わかったよ。師匠。しっかりとやらせてもらう。」
クロウはヴィオナから視線を外し、レクスを見る。
その眼は真剣だった。
「レクス。色々言って困惑してると思うが、わからないことがあったら俺に聞いてくれ。俺がいなくても誰かが教えてくれるだろうけどな。よろしく。」
「あー。クロウ…師匠で良いのか?何もわかんねぇことばっかだけど、よろしくお願いします!」
朗らかながらも信念の通った視線をレクスは信じ、頭を下げた。
そんなレクスをクロウは気恥かしく見ている。
「…師匠って言われるの、なんかこそばゆいな…。」
「カッカッカ。いいじゃないかクロウ。次はお前さんが師匠になる番さね。これも経験だと思いな。」
その後、レクスはクロウからまた事務的な手続きがあることを聞いた後、荷物を纏めた。
「じゃあ、また明日な。クロウ師匠。」
「ああ。…そうだ。この近くに「満足亭」っていう宿がある。学園は寮があるだろうけど、それまではそこに泊まると良い。傭兵ライセンスを見せると少し安くしてくれるはずだ。しっかり休めよ。」
レクスはクロウのその言葉で、宿は満足亭にしようと決めた。
事実、レッドからもらったお金はなるべく節約して使わねばならないからだった。
そうしてレクスは入って来た出入りに立つ。
「今日はありがとうな。クロウ師匠。婆さん。また明日!」
「ああ。また明日だ。」
「試験も頑張るんだよ。傭兵にかまけて入学出来ないなんてことになるんじゃないよ。あと…。」
「あと?」
「これだけは覚えときな。傭兵が動くのは依頼の金銭と己の心だけさね。…お前さんにはわかるさ。」
「…ああ。分かった。じゃあな!」
ヴィオナの言葉を聞いた後、レクスは手をあげて傭兵ギルドを後にした。
レクスが出ていった後、その場にはヴィオナとクロウだけが残る。
クロウはふぅと溜め息をついた。
「しっかし師匠。よくレクスを見つけてきたな。」
クロウがヴィオナの方にゆっくりと眼をやる。
「ああ。冒険者ギルドから丁度吹き飛んで来たんさね。」
ヴィオナの口から出た言葉にクロウは驚き、眼を見開く。
「吹き飛んできたぁ?レクスがなんかしたのか?」
怪訝な眼をするクロウにヴィオナは首を横に振るう。
「勇者に光属性魔術で殴られたとさ。まあレクスは無傷だったけどねぇ。」
勇者に殴られたという言葉に、クロウの眼が鋭くなる。
「…碌な奴じゃねぇな。戦闘してる訳でもないのに魔術を使って殴るなんて普通死人が出るぞ。レクスだから耐えたって訳か。…ほんとに大丈夫か?勇者って奴。」
「あと、レクスの持ってる魔導時計だ。ありゃ「ミノスの魔導時計」さね。あれはレクスじゃ買えないよ。拾ったということはそういうことなんだろうさ。」
嘆息するクロウに、ヴィオナが少し笑って付け加えた。
「ミノスの魔導時計」という言葉にクロウが思い当たることは一つだけだった。
「マジかよ。あのダンジョンを単独突破したのか…。」
クロウは驚きつつ、レクスの動きを思い出す。
広くは知られていないが、「ミノスの魔導時計」はとあるダンジョンのボスを突破しなければ手に入らないというものをクロウとヴィオナは知っていた。
「そうさね。「時忘れの無限回廊」。あれに巻き込まれたんだろうねぇ。」
「時忘れの無限回廊」。
それはダンジョンの中でもかなり特殊な部類のダンジョンであった。
そのダンジョンは誰かが侵入すると出入り口が閉まり、ダンジョンの主である牛頭鬼を倒さないと脱出出来ないダンジョンであった。
ダンジョンそのものの難易度は少し高いが入るパーティの人数によっては楽な部類になるかも知れない。しかし1人だけで入るなどほぼ自殺行為に等しい。
さらにこのダンジョンの特性が、攻略を非常に厄介なものにしていた。
それは、ダンジョン内部では一切時間の経過が起こらない事だ。
ダンジョン内部で時間の経過が起こらず、そこで延々と続く魔獣の出現と同じような光景が続く回廊に、精神が壊れることは想像に難くない。
しかもダンジョン自体がものすごく広大で、出るのにはダンジョン内部で何年もの時間を要すると言われていた。彷徨ってしまえば、さらに時間がかかるだろう。
間違い無く、冒険者や傭兵から嫌われる部類のダンジョンだった。
「一体レクスは、何年いや、何十年?そこにいたんだろうねぇ?」
ヴィオナの言葉に、クロウは目をひくつかせながら黙り込むしかなかった。
少しの沈黙の後、傭兵ギルドの扉が開く。
「クロウ、帰ったわよ。」
「九朗さん。ただいま戻りました。」
「おにーさん!ただいまです!」
入って来たのは3人の女性だった。
3人共、見目麗しい女性たちだ。
1人は黒とピンクのスーツのような服を着た、桃色の髪に桜を連想させる瞳の色をした背中までのストレートヘアの美女。
1人は白い”着物”と呼ばれる服を着た、腰までの綺麗な黒髪で黒い金剛石を連想させる瞳をした美女。
1人は黒いシスター服を着て、美しいブロンドで長いツインテールの髪をした、サファイアのような輝きを持つ瞳の美少女だ。
そんな3人に共通するのは衣服をかなり大きく押し上げる豊かな胸をしており、クロウの嫁という事だ。
「おかえり、チェリン。愛花。ミーナ。…チェリンにはこれを渡しとく。」
クロウは3人に歩み寄ると、桃色の髪の女性にレクスのサインが入った紙を手渡した。
「何よこれ。…うそぉ!おばあちゃん、ギルドの登録許可出したの!?」
桃色の髪の女性は、クロウの手渡した紙を読むと眼を見開き素っ頓狂な声をあげる。
その声に、傍の2人もその紙を見る。
「レクスさん…という方なんですね。どのような方なのでしょうか?剣の心得がある方であれば是非お手合わせしたいですね。」
「もしかして…新人のお方ですか!?…ついにミーナにも後輩が出来たんですね!…フッフッフ。このミーナが新人にビシバシ指導してあげますよ!…あいた!」
シスター服の少女にクロウは軽くぺしと手刀で頭を叩く。
シスター服の少女は頭を押さえ不満そうにクロウを見た。
「調子に乗るな。」
「痛いです。ミーナへの暴力反対ですよクロウおにーさん。責任とって今日の夜はたっぷりお願いしますね。」
「痛くなかったろうが。後今日の夜は愛花の番だろうが淫乱シスター。」
「ぶー。ひーどーいーでーすー。あと淫乱じゃありませんー。聖女ですー。」
「性女の間違いじゃないのかミーナの場合は。」
「あー!言いましたねクロウおにーさん!絶対に言っちゃ駄目な事を!ミーナ怒りましたよー!今日の夜絶対に乱入しますからね!」
シスター服の少女は頬を膨らませながら不満そうにクロウを見る。
着物を着た女性はクロウの言葉に流し目をクロウに向けながら頬を紅く染めていた。
そんな光景をヴィオナは眺めつつ、微笑みながら3階にあるギルドマスターの部屋へと向かう。
「…こんな未来を選び取れるかはレクス次第ってとこさね。何があっても諦めるんじゃないよ、レクス。」
ヴィオナが静かに呟いたその言葉は、クロウとクロウの嫁たちの喧騒にかき消された。
レクスが傭兵ギルドの登録をした夜、レクスは満足亭のベッドの上に寝転がっていた。
その右手は天井に向けて掲げられており、手の中には取ったばかり傭兵ライセンスがあった。
レクスはその傭兵ライセンスを見つめ、ニヤニヤと口元がにやけるのを抑えきれなかった。
魔導灯が傭兵ライセンスに当たって反射する光をレクスは楽しむ。
「…しっかし、一時はどうなることかと思ったぜ。冒険者になれなきゃ、学園に入れないと思ってたからな。」
レクスはふぅとゆっくり息を吐くと、取り出していた傭兵ライセンスを自身の顔に近づけ、レクスの名前が書いてある部分を見やる。
あまりの嬉しさに口元が無意識に綻んだ。
「これで学園に入ることは出来るってか。…婆さんにもクロウ師匠にも感謝しなきゃな。」
レクスは自身の名前を見て軽く笑うと、傭兵ライセンスを自身のポケットに仕舞った。
「ま、明日はクロウ師匠に会いに行こう。明日も事務手続きがあるって話だったしな。早く寝よ。」
レクスは魔導灯を切ると、布団へ潜り込んだ。
眠ろうと眼を閉じたその時、ふとヴィオナの言葉が蘇る。
『囲まれる女性一人一人に命の危機があって、それを解決しなきゃ嫁が出来ない。』
その言葉で、レクスにはリナ、カレン、クオンの顔がふと浮かんだ。
レクスはぱっと眼を開ける。
「…リナやカレン、クオンに命の危機があるってか?いや、まだ決まった訳じゃねぇ。俺は嫌われてるし、勇者と幸せに生きてくだろうな。でも…」
もしも、勇者がリナたちを守るなんてことをしないようなら。
もしも、リナたちが死んでしまうを目の当たりにするぐらいなら。
もしも、その時にこの手が届くなら。
「…俺が、何とかするしかないよな。」
そう呟き、レクスは再び眼を閉じる。
しかし、ヴィオナの言葉は何処か、レクスの心に引っかかったままであった。
ヴィオナの言葉。
それが意味するところは。
『レクスが命の危機を救わなければ、嫁となるであろう女の子の命は無い』
そう言われているのに等しい。
しかし、このときはまだ、レクスはその事実に気がついてはいなかった。
ご拝読いただきありがとうございます。