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第2話

2

わずかにひんやりとした、まだ寒さの残る心地よい風がふわりと草木を揺らす。


すでに陽は下がりかけ、空は黄昏色に染まっていた。いくつかの家々からは、飯時と言わんばかりに煙突から煙が上がっている。


そんな飯時の煙が立ち並ぶ空の下、周りの家より一回り高い屋根の上で、少々ボサボサのオレンジ色の髪が舞う。


「ふぁ~…あ…」


屋根の上で仰向けに寝そべっている少年が、右手を口に当て、欠伸を漏らす。


ラフな布の白いシャツをきたその人物は、右膝を立てて、左手を枕に目を閉じて寛いでいた。


少年の側で、野良猫が安心しきったように身体を丸めて眠っている。


「こらぁ!レクス!」


下から聞こえた聞きなじみのある声に、少年は燃えるような紅い眼を開けながらガバリと身を起こす。


声に驚いたのか、はたまた起き上がった少年に驚いたのか、猫は飛び起き何処かへ走り去る。


少年は恐る恐る家の屋根の上から下を覗き込むと、少年が見覚えのある真っ赤な長いサイドポニーテールが風に揺れていた。


「レクス!アンタまた屋根の上で寝てるのね!さっさと降りてきなさい!」


「わーった。ちょっと待ってな。今降りる。」


レクスと呼ばれた少年はそのままの姿勢から右脚を屋根の縁にかける。そのまま足を踏み込むと、自身の身体を宙にひょいと投げ出した。


「ちょっと!?」


驚いた声も気にせず、レクスはくるりと空中で一回転し、声の主である、真っ赤な髪の少女のまえに手をついてシュタッと着地する。


レクスの眼前に立つ少女は紅く染まった夕焼けのような瞳を見開いて驚いた表情をしていた。


少女が着ている白い簡素なワンピースの裾がひらりと舞う。


レクスは何事もなかったように息を吐き、スッと立ち上がる。


少女はレクスと比べ少し低い位の背丈で、わずかにレクスが見下ろす形だ。


「ちょ…レクス!びっくりさせないでよ!アンタいつもそうやっておりてんの!?怪我したらどうするのよ!?」


「悪い悪い。ついリナが見えたからちょっと驚かせようと思って。ま、大成功だったな」


レクスは赤い髪の少女…リナに何の悪びれた様子のないままにへらと笑って返す。


そんなレクスの表情にはぁとため息をついたリナは直ぐさまキッとした視線をレクスに向ける。


リナの表情が変わったことに、何かしたのかとレクスの顔が引きつる。


リナはレクスのほうにずいっと首を伸ばし、レクスの眼の前に顔を寄せる。


「えーっと…リナ…?」


「アンタ、今日からおばさん二人ともいないんでしょ?早く帰って、クオンの手伝いしてあげなさいよ。」


「えっ…もうそんな時間かよ…。昼過ぎかと…。」


「どうみても夕方じゃないの!…まったく。」


レクスから顔を離すと、呆れたように頷くリナ。


「帰るわよ。おじさんも待ってるんでしょ?。」


「言ってもすぐそこだからなぁ。リナの家もだろうに。」


そう言ってリナのほうを見ると、リナはササッとレクスの右隣りに移動した。どうやら一緒に帰りたいらしい。


リナの家はレクスの家のすぐ近くだった。

レクスとリナとあともう一人。

彼らは所謂幼馴染であった。


「わかった。じゃ、一緒に帰るか。」


「ええ。でもレクスが逃げるといけないから…えいっ」


リナがグッとレクスの右腕を抱え込んだ。

リナの薄めのワンピースから主張している、歳に不釣り合いで非常に豊かな胸の感触にレクスはびっくりする。


「お…おい、リナ…!?」


「さ…さっきびっくりさせられたから、お…お返しよ!お返し!さっさと歩くの!」


そう言ったリナの顔は林檎のように真っ赤になっていた。どうやらやってみたは良いもののリナ自身は恥ずかしかったようだ。

レクスの方も、頭が沸騰しそうになり、顔も真っ赤になっている。


リナに右腕を抱えられたレクスはレクスの家への道をとことこと歩いていく。


レクスの心臓はドキドキと拍動していたが、レクスの右腕に感じられるリナの胸の感触の中にも、レクス以外の拍動が感じられた。


「あら?レクスさんとリナ。楽しそうですね。できれば私も混ぜてもらえませんか?」


レクスとリナがそうやって歩いていると、2人の前にクスクスと微笑みながら、胸元に本を抱えている。


暗めの青い髪を肩までの長さに伸ばし、紺色のローブを着た少女が立っていた。


そのラピスラズリのような深い青色をした瞳は、楽しげに2人を見つめている。


リナは慌てて口を挟んだ。


「か…カレン!?こ…これはその…違くて…。」


「レクスさんの腕に抱きついているのは何が違うのでしょうか?リナが羨ましいです。」


リナにカレンと呼ばれた少女は、つかつかとレクスたちにほうへ歩み寄ってくる。

にこにことした表情は、何か面白いことを思いついた様子だった。

レクスの前でカレンは立ち止まる。


「レクスさんの左側のバランスが悪そうですね。だから…えいっ!」


カレンは本を小脇に抱えると、レクスの左腕をリナと同じように、いきなり胸元に抱え込んだ。


「なっ!?カレンあんた!?」


カレンの行動にリナが驚いた声を出す。


レクスはカレンの胸元からリナよりもわずかに大きく、豊かで柔らかな感触を感じ取っていた。


ふにゅりとしたとても柔らかい感触に、レクスはさらに赤くなり、さらに心臓の鼓動が速くなる。


「これでレクスさんは両手に花という訳ですね。うふふ。」


カレンはそんなレクスを気にしていないのか、呑気な様子だった。


「ちょ…ちょっとカレン!あんた離れなさいよ!レクスが歩きにくいでしょ!?」


真っ赤になっているリナがカレンに抗議するが、カレンはどこ吹く風のようだ。

そのままカレンはレクスの腕にさらにぎゅっとしがみつく。

レクスの腕にカレンの胸の柔らかい感触が強調される。


「それはリナもですよね。リナが離れなさそうなので、私もこうしています。レクスさんの腕、大きくてほれぼれします。うふふ。」


カレンは目を細めて微笑み、楽しげな様子だ。

リナがレクスの腕を掴んだまま、レクスを真っ赤な顔で睨みつける。

離そうとはしないらしい。


「レクス!あんたもカレンに言ってやりなさいよ!」


リナに言われたレクスはカレンの方を見ると、うるうるした藍の瞳をレクスに向けていた。

カレンの頰は僅かに紅潮しており、その表情は庇護欲をそそる蠱惑的なものだ。


「レクスさん。私はだめなのですか?」


「そ…そんなことは…無いけど…。」


「では良いですよね!うふふっ」


レクスが口ごもると、カレンはここぞと言わんばかりにぎゅうっと満面に笑みでレクスの腕を抱く力を強めた。


「レェークゥースゥー?」


リナはレクスにどうして拒否しないんだという目線を送っている。


(し…仕方ないだろ…。リナもカレンも大切な幼馴染だしよ…。)


レクスは二人の幼馴染に抵抗せず腕を抱えられたまま歩みを進める。

それはこの村で何時もの光景であった。

レクスはこの2人の幼馴染に弱いのだ。


レクスとリナ、カレンは幼い頃から何をするにも一緒だった。


歳も同じで親同士の仲も良く、親同士が話しているときは何時も一緒に遊び、一緒に本を読んだりと、思い出の多くを一緒に歩いてきたのだ。


途中からは二人に加え、レクスの義妹も一緒になった。始めはよそよそしかったレクスの義妹も、リナとカレンに懐いていったとレクスは記憶していた。


明るく活発なリナと内向的で落ち着いているがいたずら好きのカレン。対照的な二人だが、二人ともレクスについてきてくれていた。


故に、レクスが二人に好意を抱くのも自然だった。

幼馴染二人が美しく成長していくにつれ、その恋心をレクスは自覚していったのだ。


ただ、問題はレクスが幼馴染を二人とも好きになってしまった事だ。


この世界では重婚制度、つまりハーレムが認められている。事実、レクスの父親はレクスの母と義母の二人を娶っている。


レクス自身にもハーレムに抵抗はないのだ。

しかし、それがリナとカレンがどう思っているのかは話が別になる。


レクスもリナとカレンから好意を向けられているのは気がついているし、何なら義妹からも好意を向けられていることに気づいていた。


だからこそ、レクスは選べないのだ。


今の関係が一気に破綻してしまいそうな気がして、一歩が今でも踏み出せていなかった。


レクスの足がとある一軒のレンガ作りの家の前で止まる。


その家には木製の簡素なドアの横に看板かかけられており、看板には「診療所」と書かれていた。


ここが村で一軒しかない診療所であり、レクスの家だ。

ドアの前でリナとカレンはレクスの腕から離れる。

リナは未だに赤い顔で、カレンは微笑んでいる。


腕の感触が離れ、少し残念に思いながらも、レクスはドアを押し開ける。


「ただいまー…。」


そう言って家に入ると、入った瞬間にレクスめがけて濡羽色の髪の毛をした少女が飛びついてきた。


「おかえりなさいですっ!」


「うおっ!?」


飛びついてきた少女をお腹で受け止めたレクスは、その衝撃と驚きで声が出てしまう。しかしレクスは倒れることなく踏ん張り、少女を両手で優しく包む。


身長はレクスよりもずっと低く、140cm程だろうか。


レクスの胴で、少女の身長に対してかなり大きな胸がふにゃりと形を変えていた。

ツーサイドアップの髪はさらりとレクスに纏わりつく。


「クオン、ただいま。」


レクスが声をかけると、抱きついてきた少女は顔を上げる。薄緑のエプロンと三角巾がしっくりと似合っていた。


翡翠のような透明感のある緑色の瞳がレクスを見つめ嬉しそうに笑っている。


この少女がレクスの妹、クオンだ。


レクスが1歳のときに出来た義妹で、レクスの義母の連れ子だった。


生まれて間もないクオンにはいつも泣かれていたレクスだが、今では満面の笑顔で出迎えてくれていた。



「相変わらずレクスには手厚い歓迎じゃない。クオン。」


「こんにちは。クオンさん。」



クオンの様子を見ていたリナとカレンは苦笑しながらクオンに声をかけた。

するとクオンも二人に気が付き、レクスから離れる。


「こんにちはです。リナお姉ちゃん、カレンお姉ちゃん。兄さんを送ってくれたのですか?」


「ええ。このバカがまた屋根の上で寝てたのよ。声をかけたらすぐに降りてきたわ。」


「私はリナさんとレクスさんについてきただけですよ。」


リナは呆れた雰囲気で、カレンは微笑みながら答える。

するとクオンはレクスをジトっとした目で見つめる。


「…兄さんまた屋根の上で寝てたですか?」


「…ごめんなさい。まだ昼かと思ってたらぐっすり寝てた。」


「畑の方に行ってくるって言ったのに…。もうすぐご飯作るので手伝ってほしいのです。」


「…仰せのままに。」


クオンのジト目に、レクスは頭を下げて答える。

レクスはこの義妹にも弱いのだった。

そんなレクスの様子が可笑しかったのか、後ろの幼馴染二人は笑いを堪えている。


「…兄さんは早く上がって野菜洗ってください。リナお姉ちゃんとカレンお姉ちゃんは上がっていかれるですか?お茶なら出しますですよ?」


クオンがリナとカレンに顔を向け尋ねた。


「そうね。せっかくだから上がっていくわ。」


「私も少々暇でしたのでお邪魔していきます。クオンさんともお話ししたかったですので。」


「そうですか。ではお茶の用意をしますね。」


リナとカレンの返答にクオンは嬉しそうに答えるとサササッと家の中に駆けて行った。


「なんでレクスの妹があんなにしっかり者になっているのかしらね?」


「いいだろ?自慢の義妹だよ。」


「じゃあレクスは自慢の「兄さん」になりなさいよ」


「…仰る通りだ、何も言い返せねぇ…。」


「うふふふ。」


レクスははぁとため息をつきつつ、気だるげにゆっくりと家に入り、続いてどことなく上機嫌なリナとカレンが家に入っていった。


レクスたちが家の中に入り、ダイニングへ向かうと、椅子に腰掛け、脚を組んで本を読んでいる男性がいた。

男性は赤い髪で、ヨレヨレのところどころ汚れた白衣を着ている。しかし目はパッチリと開いており、真っ赤な瞳がモノクル越しに見えている。

歳は30歳程度の見た目だ。

テーブルの上にはカップがあるが、湯気は立っていなかった。

男性はレクスたちに気づくと本を閉じ、レクスを見てニコリと微笑む。


「やあ、おかえりレクス。リナちゃんとカレンちゃんも一緒か。二人ともゆっくりしていきなさい。」


「ただいま、親父。ちょっと俺はクオンの頼みで野菜切ってくるわ。」


「怪我しないようにね。」


「わかってるっての。」


男性に軽口を叩いたレクスはそのまま速足でキッチンへ向かう。

この男性はレクスの父親であるレッドだ。

柔和な性格で、この村では唯一の医者だ。その腕も信頼されており、よく怪我をした村人や体調の悪い村人が駆け込んでくる。そんな人々を二人の妻と共に診療しているのだ。

そんなレッドはリナもカレンも幼い頃からよく知っている人物だ。


「こんにちは、おじさん。」


「お邪魔します。レッド先生。」


リナとカレンはテーブルの手前にあった椅子に当たり前のように腰掛ける。


「あの、おばさんたちはもう出かけたんですか?」


「うん。近くの村でお産があってね。ちょっと予定日より早いけど何かあるといけないから早めに出て貰ったんだ。丁度1時間くらい前かな。」


リナが尋ねるとレッドはにこにこしながら答える。

レッドの妻たちはお産があるとその手助けとして出かけるのだ。

するとパタパタと音がして黒髪のツーサイドアップをぴょこぴょこ揺らしながらテーブルに向かってクオンが歩いてきた。

手には丸盆を持っており、その上にはティーポットとカップが3つ載っていた。


「おまたせしましたのです。」


クオンは手慣れた様子でソーサーとカップを二人の前に置き、二人のカップにお茶を注ぐ。茶葉のかぐわしい香りが広がり、二人を包んだ。


「どうぞです。お二人とも。」


そう言ってクオンはカップを二人の前に差し出した。

そのあとに自身のカップをテーブルの上に置き、コポコポとお茶を注ぐ。

リナとカレンがカップに口をつけると、お茶は丁度良い温度だった。酸味もなく、苦味やえぐみの少ない味が口いっぱいに広がる。


「上手いわね。クオン。美味しいわ。」


「はい。クオンさんのお茶はお店で出せると思います。」


「そんなお二人とも…いつもやっていることなのです。」


二人はニコリと微笑みながらクオンを褒める。

クオンは少し照れたように返すがまんざらでもなさそうだ。

すると部屋の奥からリズムよくトントンと音が聞こえてくる。レクスが野菜を切り始めたらしい。

そんなレクスをよそに、リナが口を開く。


「そういえば、明日スキル鑑定の人が来るのよね?」


「そうだったのです。忘れていました。」


クオンがはっと思い出したように答える。


スキル鑑定。

それはこの世界に生きる人間にとってはかなり重要なことであった。

人間やハーフエルフなどにしか発現しない、女神の贈り物とされるスキル。


それはその人間が持つ特殊な能力や才能を示したものだ。


女神が命と引き換えに魔王を封印した時から人々に現れ出したそれは、女神の力の残滓という人もいる。


現れたそのスキルが今後の人生を左右すると言っても過言ではなかった。


そしてそのスキルを見極める「鑑定」の魔導具を持った王国の役人が王国内の村を2年に1回、14歳と15歳の人間やハーフの少年少女のスキルと魔術適正を鑑定して回るのだ。


もちろん、珍しいスキルや良いスキルの持ち主、良い魔術適正の持ち主は王都へ報告が行く。そこから重要な役人や軍人、魔術師団などのスカウトもあり得る。


そんなスキル鑑定と魔術鑑定がレクスたちの住む村、アルス村に明日、回ってくるのだ。

クオンが少し顔をうつむかせて口を開く。


「スキル鑑定…不安ではないのですか?もしも変なスキルが出たりすると恐いです。」


少し不安げなクオンに、リナはカップを置くと首を左右に振った。


「別に不安なんてないわよ。何が出てもありがたいことに変わりないわ。女神様のお力なんだから。」


「私もそう思います。どんなスキルが出ても使いようですから。」


リナの言葉に、カレンも賛同する。

カレンは「それに」と言葉を続ける。


「どんなスキルであれ、レクスさんは受け入れてくれると思いますよ?お二人とも。どうせならレクスさんが喜んでくれるようなスキルがいいですよね?」


その言葉にリナとクオンは真っ赤になる。


「ど…どうしてそこでレクスが出てくるのよ!?べ…別にアイツのことなんて…気にして…ないし…。」


「兄さんが喜ぶスキル…はわわ…。」


リナはつい立ち上がり反論するが、クオンはなぜかそのままショートしたようにすくんでしまった。

そんな二人を見てカレンはクスクスと微笑む。


「その反応が答えだと思いますけど…でも、どうせならレクスさんに喜んでもらえるスキルがいいですね。」


「か…カレン!?あんた何考えてるのよ!?」


「それはもちろん…いろいろ…です。ふふふ。」


「兄さんが喜ぶ…兄さんが喜ぶ…兄さんが喜ぶ…ふわ…」


リナは真っ赤なままカレンに詰め寄り、カレンはふふふと微笑んだままだ。

クオンに至ってはぷしゅうと蒸気を上げ意識が別の世界に飛んでいっている。


「で…でももし?レクスがしょーもないスキルだったら?わ…私が養ってあげる気も…な…無くはないわよ?」


「レクスさんのスキルが何であれ、私は気にしませんけどね。まあ、私もレクスさんと一緒にいられるようなお揃いのスキルでもいいですね。運命的だと思いませんか?」


「ちょ…ちょっとカレン!?あんたそんなこと思ってたの!?」


「あくまで仮定の話ですよ。…まあ、そうだったら出し抜けますし。」


「何を出し抜くのよ!?」


「兄さんと一緒…運命…だ、駄目なのです!」


三人娘の会話はヒートアップしていく。

そんな三人をレッドはモノクルの奥から優しげな目で見つめていた。


「青春だねぇ…。僕忘れられてるかな?」


あははと苦笑したレッドだが、そう呟いたモノクルの奥の紅い瞳がポゥと微かに光る。

リナたち3人は未だ姦しく騒いでいる。


「レクスさんの為に、「メイド」なんてスキルがあればいいと思いませんか?ひらひらな服を着て、レクスさんにご奉仕するのもいいかと。」


「め…メイド?そ…それであいつが喜んでくれるかしら…?」


「め…メイド…ご奉仕…だ、だめなのです!えっちなのです!」


レッドの光に3人娘は全く気づいていないようだった。

ましてや今トントンと小気味よい音で野菜を切っているレクスは集中していて、そんな3人娘の騒ぎも聞こえていないようだ。


そんなレッドの耳に、カチッと何かをつけた音が聞こえた。


レクスが魔導式コンロで火を着け、鍋を煮はじめたのだ。


紅い瞳の光が収まったレッドはふと窓の外を見る。

窓の外では夕陽が黒い雲にゆっくりと隠れていく様子が見える。


「妙な事が起きないといいんだけどね。」


レッドのその呟きは、喧騒の中に消えた。


レクスも、レッドも、リナも、カレンも、クオンも。

誰も知らずに、運命の歯車は静かに回り始める。


そして、レクスはあとになって気がつくのだ。


この光景が、かけがえないものだったと。


ご拝読いただき、ありがとうございます。

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