ゆるされぬもの
眦をひくつかせるシルフィたちだが、気にも留めないのか、ギルバートは余裕を持ったように語りだす。
「俺は貧乏な生まれでさ。大した理想もない。何をやっても認められなかった。……でも、冒険者なら違う。冒険者は、何をやっても許されるんだよ。ランクさえ取れれば、あとは何をして金を稼いでもいい。ランクさえあれば、みんな信用してくれる。こんなボロい儲け方をしない方が損じゃないか。」
陶酔したような語り口に、二人は目を見開きながらその背には鳥肌が立っていた。
不気味に崩壊した思想とやり方を、頭が理解を拒んでいたのだ。
「冒険者なんてザルさ。魔獣を倒しても、倒した当人が死んじゃえば元も子もない。だから……最初はハイエナだった。魔獣を倒しても死んだ冒険者から魔核を奪い取れば良かったんだ。でも、そんな奴なんて滅多にいない。だから……俺は思ったんだよ。殺して奪い取れば良いってさぁ。」
ケタケタと壊れたように嗤うギルバートは一通り嗤い終えたかと思うと、シルフィの方に目を向ける。
下卑た悍ましい視線は舐め回すようで、シルフィは不快感から顔を顰めた。
今にも何処かへ逃げ出したい気持ちに駆られているシルフィだが、逃げることが出来ないことは薄々感づいていたのだ。
キュエンのことやここがダンジョン内部であることも理由の一つではあるのだが、大きな理由はそこではない。
ちらりとシルフィはキュエンに目配せをするが、キュエンは小さく首を振る。
囲まれているのだ。
それはキュエンもシルフィも察していた。
この人数の冒険者が死屍累々の山と化しているのは、ギルバート一人だけでするのは骨が折れるだろう。
「鉄の蛇」全員が、ギルバートの計画に加担している。
そう思う方が自然だ。
「……ねぇ、なんでぼくたちに声をかけたの?」
震えるような声で呟くように、キュエンが声を発する。
ギルバートはキュエンを薄紫の目に映すと、にやりと口元を上げた。
「それは「風の旅団」に興味があった訳じゃない。そこのエルフに興味があったのさ。」
「……何だと?」
シルフィの眦がひくひくと動いた。
「エルフはさぁ、金なんだよ。ましてや女だ。出すとこに出せば簡単に大金がポンと手に入る。……だから、「風の旅団」を手に入れちまえば、あとは俺は俺の好きなように出来るってね。」
得意げに語るギルバートに、二人は無言で得物に手をかける。
状況を打開するには、一点突破しかないと二人とも感づいていたからだ。
鉄の匂いが風に吹かれて浮かび上がる。
ギルバートは構わず語るのみだった。
「エルフじゃない方も顔は良いからさ。俺の物にしてやろうと思ったのよ。俺等が使って、ボロボロになれば売り飛ばせば良い。……世の中は結局金だ。金さえありゃ何でも許される。俺にとって、お前たちは金なんだよ。お前もそこのエルフをさっさと売り払えば、冒険者なんてやめて一生楽に暮らせたろうにさ。」
にぃと口元を上げて悍ましい言葉を平然と口に出すギルバートに、シルフィの堪忍袋の緒は限界だった。
「ふざ……。」
「巫山戯んなぁっ!」
シルフィの声を、キュエンの劈くような叫びが掻き消した。
その声にシルフィが隣を見やる。
そこには歯を思い切り食いしばり、目を吊り上げてギルバートを鋭く睨みつけたキュエンが得物を構えた拳をわなわなと震わせていた。
それは、シルフィが今までに一度も見たことがないキュエンの表情。
怒りを露わにしたキュエンは、ぷるぷると身体をその感情に任せているようにも見えた。
「仲間を売る……?巫山戯んなよ!シルフィはぼくの大切な仲間だ!ぼくと組んでくれて……ぼくと戦ってくれて……ぼくと……一緒に……笑ってくれたんだ。シルフィは、ぼくの……友達だ!」
キュエンの怒りが籠もった叫びが、周囲に響く。
「ぼくだって……親はいない。孤児院で育ったみなしごだ。」
俯いたキュエンは、ぽつりと呟くように口を開いた。
「孤児院は確かに貧乏だったけど、時折やってくる女の人にすごく可愛がってもらったよ。……その人は冒険者をしてるって言ってた。ぼくは……その人に憧れたんだ。」
言葉を続けるキュエンの肩は、抑えきれない感情を表すかのようにぷるぷると震え続ける。
そしてキュエンは大粒の涙を浮かび上がらせた目で、ギルバートを睨みつけるように顔を上げた。
「ぼくの憧れを……。ぼくの友達を……馬鹿にするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
キュエンの怒りが、叫びとなって森を揺らすように響き渡る。
その荒々しい怒りが浮かびあがった表情を目の当たりにしたギルバートは、一瞬きょとんとした顔をするがすぐさま可笑しそうに嗤い出した。
「友達ぃ……?憧れぇ……?ははっ、冗談がきついよ。君も正直になれば良かったのに。エルフと人間が、友情や愛情なんて築ける訳が無いんだから。」
ギルバートが口に出した、その瞬間。
”ドン”と勢いよく。
既にキュエンは、大地を蹴っていた。
拳を振り上げた、怒りに満ちた形相のキュエン。
その眦には、光る雫が浮かんでいた。
「キュエン!」
シルフィの叫びはキュエンに一切届いていない。
怒りのままに。
感情を滾らせたその身で、真っ直ぐギルバートに突撃していた。
「こ……の……やろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
キュエンがギルバートに向け、身体を拗らせる。
体重を左拳に乗せ、殺意を伴う一撃を放たんと構えた。
瞬間。
キュエンの背中にぞくりと寒気が走る。
キュエンが目を見開いたそこに映っていた、ギルバートの表情は。
ニタリと、口元を引き上げた粘つくような笑み。
まるで罠に掛かった獲物を見つめるかのような目をしたギルバート。
”ひゅん”と。
腕を振った。
遅れてキュエンも腕を振るおうとする。
しかし、振れない。
何故なら、もう既に。
キュエンの左腕が、斬り取られていたのだから。
キュエンは何が起こったのかわからないように、目を左腕に向ける。
赤い血しぶきがぶしゅりと舞っていた。
直後。
キュエンの腹部に衝撃が走る。
「が……はぁ……!?」
キュエンは血の花を咲かせ、空を舞っていた。
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