ちにおちたけもの
ダンジョンの仕組みは、千差万別多種多様。
多岐にも及ぶ種類が当時から知られていた。
シルフィたちの入ったダンジョンは通称、「箱庭型」と呼ばれるダンジョン。
ダンジョンの中に、広大なフィールドと自然が形成されるという種類に分類されるものだ。
このダンジョンには、もちろんボスとなる魔獣が存在する。
しかし、あまりにも広大すぎるが故に何処にいるのかもわからないため、冒険者たちはそのボスを探し回る羽目になる。
しかもボスと戦う前に、一般的な魔獣がひっきりなしに冒険者に襲いかかってくるのだ。
それも、木々の間から見計らったように襲いかかるゲリラ的な会敵が非常に多い。
冒険者たちは心が休まる暇もないまま、広大な大地を彷徨い続けなければならない「箱庭型」ダンジョン。
唯一の救いは、途中で見つけることのできる出口で地上に戻ることが出来るということだろうか。
もちろんこれは一般的であり、出られないダンジョンも存在するのだが、それは「時忘れの無限回廊」くらいなもの。
しかし、そんな極限状態でさえも冒険者はボスを討伐するために前へと進んで行く。
そこには道中のお宝やボスから出てくる戦利品という富とダンジョン踏破者という名声、火事場泥棒のような下衆な欲望が混ざり合う空間に狂わされた、冒険者の性と言えた。
◆
ドンという衝撃をそのままに、犬人の胴の魔核をキュエンの拳が打ち貫く。
そのままキュエンは犬人を蹴り飛ばすと、背中を合わせたシルフィをちらりと見やった。
「はぁ……はぁ……シルフィ。今、何匹魔獣を倒したっけ?」
「……知らん。もう数えることすら億劫だ。……はぁ…。」
ひゅんと風を切り裂く音と共に、犬人の首に銀色のきらめきが迸る。
シルフィが剣を振り抜くと、ぼとりとその場に犬人の首が落ちた。
息を切らし、既に肩で息をしているキュエンとシルフィの二人は、入った当初に比べてかなり体力を消耗していた。
だが、二人とも構えた得物を下ろすことはない。
絶え間なく襲いかかる魔獣は、いつ何処で襲ってくるのかが二人には全くわからないからだ。
故に気を抜くことすら出来ず、足並みを揃えてゆっくりと前に進むことしかできなかった。
その歩みはまさに牛歩のよう。
時間すらわからず、終わりも見えない状況は、少しづつ、ごく僅かながらも確実に二人の心身を削り取っていた。
キュエンが歩いた途端、がさっと音が鳴る。
「何だ!?」
咄嗟にシルフィが音の元へと目を向けるが、その音が聞こえたのはキュエンの足元。
自身の靴と草がじゃりと擦れる音にすらも注意を向けてしまうほど、二人は切羽詰まっていたのだ。
「まさか……これほど辛いなんて……。」
「……泣き言を言う暇はないぞ、キュエン。ここがダンジョンのどの位置かすらも私にはわからんのだ。……出口すらもな。」
実はシルフィは、ダンジョン内の位置を特定しようと入ってからずっと周囲の確認を怠らなかった。
だが、歩けども歩けども見えるのは同じような木と同じような風景。
鬱蒼とした森の中に放り出された二人には、歩いている方向すらわからないのだ。
陽も陰ることのないこの空間では、場所を特定することは困難であった。
じりじりと灼けつくような焦燥感と、命の危機がすぐそばまで来ている緊張感。
それらは二人の精神を、鑢を当てたかの如くずるずると削り続ける。
心身が休まる暇など、片時もない。
そんな中、シルフィはちらと目に入った光景を見逃さなかった。
すぐさまシルフィは呟くように口を開きキュエンに伝える。
「……おい、キュエン。右手の側に進むぞ。」
「どうしたのさシルフィ。何かあった?」
「どうやら、森の出口かもしれん。……木が途切れている。」
その言葉にキュエンははっと一瞬目を大きく開くと、すぐに目を鋭く戻し、こくりと頷いた。
二人とも、森の中を進み続けるのは限界だったのだ。
すぐにでも周りを見渡せる状況で、安全を確保したい。
その一心のもと、二人は足早に光の差し込む方向へと歩みを止めず進めた。
だんだんと光が強くなる中を、一歩。
また一歩。
そろりそろりと魔獣に気が付かれないように、足音は立てず、シルフィの言った方向を目指す。
「シルフィ!もう少し!」
「わかっている。……水場でもあれば水浴びでもしたいところだな。」
「そーだね。ここから出たらたっぷり水浴びしよっか。汗で気持ち悪いし。」
シルフィの軽口に少し和んだのか、キュエンは口元を上げてにやりと笑う。
そうして、二人は光を全身に浴びて森を駆け抜けた。
木々の間を縫い、森の中からついに二人は抜け出る。
そこで目に映った光景は、二人を驚愕させるものだった。
「な、何……これ……?」
「何だ、これは……!?」
あまりの光景に、二人の口から意図せず言葉が漏れ出る。
二人は目を見開き、絶句するしかなかった。
そこにあったのは、目を覆いたくなるような惨状。
大地は赤く溢れた血に染まり、横たわるのは紅に染まりきった冒険者たちのの亡骸。
どの遺体も目を開き、血を噴き出しているものや、腕や足をもがれたもの、胴が真一文字に切り取られたものなど、その無惨な状態は老若男女も問わない有様だ。
「やあ……遅かったね。君たち。」
そんな死屍累々の真ん中に立ち尽くしているのは、一人の男性。
にやついた口元で歯を出して笑うその人物の鎧は既に赤黒く黒ずんでいた。
顔にべったりと散った血痕は梔子色の髪をも染め上げ、その惨劇を物語っている。
「ギ、ギルバート……さん?一体何が…?」
呆気にとられたキュエンが男の名を呼ぶ。
その言葉に、カカカっとギルバートは高笑いした。
「いやぁ……君たちを誘ったけど一緒に来ないからさぁ。ここで俺は待ってたんだよ。……君たちが来るのをねぇ。」
にたつくように舌で口元も舐めながら語るギルバートに、シルフィは鋭く睨みつける。
この場に立っているギルバートは、狂気に侵されたように高笑いを浮かべるだけだったからだ。
「……これは、お前がやったのか?」
ギルバートは悪びれる様子もなく、楽しそうに頷いた。
肩を竦め、仕方なさそうに手を拡げる。
「うん。君たちを待つ手慰みにね。……まあ、誰も俺を疑うことすらなかったよ。すぐに物言わぬ身体になるなんて、誰も思ってなかったんだろうね。あっはは。」
シルフィはギリギリと歯を食いしばる。
目の前の男は人ではないと、シルフィの経験が物語っていた。
「ど、どうして……。」
怯えたように震える声で、瞳を揺らしながらキュエンが尋ねる。
そんなキュエンの表情に、ギルバートはにこやかに微笑んだ。
「決まってるじゃないか。金のためだよ。」
当然のように吐き出された言葉に、シルフィの口元がピクリと動いた。
お読みいただき、ありがとうございます。




