うずまくもの
ギルバートの自己紹介に、キュエンは大きく目を見開く。
当時、「鉄の蛇」は多大な討伐功績を重ねたSランク冒険者パーティの一つ。
「Sランク」という称号は、他の冒険者から羨望の眼差しを受けるほどの実力をもち、高額の依頼を尽く成功させている証だ。
Sランクパーティ故に危険度の高い依頼に挑み、連れだったパーティメンバーを失う事も多く、同行したパーティが全滅することも多いのだが、それでも輝かしい実績を持つパーティ。
そのリーダーに声をかけられたということでキュエンが浮足立つのは当然だったかもしれない。
しかし、一方のシルフィはその雰囲気にやはり警戒感を拭うことができなかった。
「……すまんな。私の性分だ。」
「それは冒険者にとって普通のことだ。俺も気にしてないよ。……うん、やっぱりいいよ、君たち。」
払拭できない苛立つような感覚を持ちながらも、シルフィが謝罪を口にする。
それに笑顔で対応するギルバートだが、二人の全身を眺めると、うんうんと唸った。
そうして、考えを決めたようにギルバートは口を開く。
「ねぇ、君たち。良かったら……俺のパーティと一緒に組んで、ダンジョンに潜ってみないかい?」
「えぇ!?い、いいんですか!?」
ギルバートの言葉に食い気味に期待するような目を向けるキュエン。
そんな反応に微笑みを浮かべて、ギルバートは頷く。
「もちろんだとも。君たち「風の旅団」の活躍は俺たちの耳にもしっかりと届いてる。……俺たちもパーティメンバーが少ないからね。君たちも二人だけだろう?ダンジョンに入るなら頭数は多い方がいいし、君たちなら、俺たちと組んでくれても差し支えない。そう思ったまでさ。どうかな?」
整然と優しい声で語りかけるギルバートに、キュエンはシルフィの方に顔を向ける。
迷っているように眉を下げながら、シルフィに問いかけた。
「ね、ねぇ……シルフィ。どう……しよっか?」
シルフィはふっと短いため息を吐く。
キュエンがかけて欲しい言葉は、シルフィには分かりきっていた。
「……その男の言い分も一理ある。事実、ダンジョンともなれば頭数は欲しいものだからな。……お前が決めろ。キュエン。私はお前に従うことにする。」
シルフィが透き通った翡翠の眼をキュエンに向ける。
その言葉が予想外だったキュエンは、一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべると、おろおろとシルフィとギルバートの顔を交互に見比べた。
逡巡するように頭を抱えるキュエンだが、ちらりとシルフィを見るとうんと頷く。
そして、ギルバートの目を見据えた。
「ギルバートさん。「風の旅団」は……ぼくたちだけでダンジョンに行ってみようと思います。お話はすごくありがたいんですけど……ぼくたちだけで、試してみたいんです。だから……ごめんなさい。」
それは、はっきりとした声の否定。
キュエンがぺこりと頭を下げる。
そのキュエンの様子に、シルフィも、ギルバートすらも目を丸くしていた。
「……そうか、残念だ。また気が変わったら言ってくれ。俺たちは、いつでも君たちを歓迎するよ。」
少し戸惑ったような表情を浮かべるも、ギルバートはすぐさまにこやかに笑い、鎧のガチャガチャと擦れる音を鳴らして去って行く。
ギルバートが立ち去ると、ふぅ、とキュエンは安堵したようにため息を吐いた。
「……良かったのか?断って。」
ぼそりと呟くシルフィに、キュエンは「あはは」と愛想笑いを浮かべた。
「シルフィはわかってるくせに。……ぼくは、本当は一緒に行きたかった。でも、「風の旅団」はぼくとシルフィのパーティだしね。他の人と行動するより気が楽だもん。」
キュエンらしい理由に、シルフィはぷっと吹き出す。
それはあまりにもそれらしく、キュエンの性格を物語っているようだった。
くくくと笑みを溢すシルフィに、キュエンは顔を真っ赤にする。
「もう!そんなに笑わなくて良いじゃん!ぼくは真剣に考えたんだよ!」
「わかっているさ。何、お前があの男の口車に乗るのかと思ってしまっただけだ。つくづく成長するものだと思ってしまっただけのことさ。」
ぷりぷりと頬を膨らませて怒るキュエンを見ても、シルフィは相変わらず口元をほころばせながら優しくキュエンを見つめていた。
「まったく……シルフィってば……。とにかく、明日は休んで準備して、明後日にダンジョンに入ろうと思う。わかった?シルフィ。」
「ああ、了解だ。準備もそれなりにいるだろう。今日の稼ぎで買い足しておくものは買い足しておくとしよう。……寝坊するなよ?」
「シルフィはぼくのこと、一体なんだと思ってるのさ……。」
「手のかかる奴だとは思ってるよ。退屈もさせてくれないからな。」
むぅと不機嫌そうにじとりとした目を向けるキュエンだが、シルフィは誂いの言葉を笑顔で呟く。
キュエンは気づいているのかはわからないが、シルフィが気を許している証拠でもあった。
何故ならシルフィは家族以外で、ここまで深く関わった人間はいないのだから。
そんな中、ギルド内で聞き慣れた声が響く。
「「風の旅団」さーん!査定が終わりましたー!」
それは、シルフィたちが馴染みの受付嬢の声。
どうやらシルフィたちの魔核の査定が終わったことを表していた。
「……どうやら終わったらしいな。さて、今日の取り分は私が九、キュエンが一といったところか。」
「ちょっとシルフィ!?それはひどいじゃん!おーぼーだよ!」
「冗談だ。いつも通り五対五にしようか。」
シルフィとキュエンは査定額を気にしながら、とことこと買取カウンターに向かう。
どこか楽しげに会話を行う二人。
その二人を、粘つく視線で見ていた男が一人。
「あいつら、俺の言う事を聞かねえのかよ。まったく、綺麗なだけで調子に乗りやがって。……ま、いっか。どのみち、《《売りゃ金になんだろ》》。」
男は踵を返して、ギルドを立ち去る。
その呟きは、ギルドの喧騒にかき消された。
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