立ち寄りしもの
シルフィが王都に訪れたのは約二十年前まで遡る。
その頃のシルフィは、故郷のエルフの村から出奔し、冒険者として流浪の旅をしていた。
グランドキングダムに訪れたのも、エルフとしての生き様を探し求めていたからであった。
シルフィがグランドキングダムの王都へと訪れた際、圧倒されるほどの街の規模にただただ呆然としていた記憶がシルフィの中に残っている。
「これが……グランドキングダムか……。」
門を潜り抜けた先でぽつりと漏れ出た一言が、その衝撃を物語っていた。
旅をして来た場所の中でも、グランドキングダムはかなり活気が多く、高い建造物や馬車の往来も多く行き交う都市。
それがシルフィの抱いた、グランドキングダムの第一印象だった。
そんなシルフィは、グランドキングダムでも冒険者として活動するために、冒険者ギルドへと足を向ける。
整備されてすぐの石畳からは、歩くとコツコツと硬い音が響く。
ガヤガヤと人が騒がしく商売の声を上げ、買い物をする人や昼間から酒の匂いを纏わせて飲みに出かけるもの、厳つい剣を持ち依頼に出る冒険者など、シルフィとすれ違う人々は多種多様の顔色を浮かべている。
晴れた陽射しの中で人混みを避けながら翡翠色の髪をふわりと靡かせ歩くシルフィ。
そもそもエルフは珍しい種族であり、街の人間からはちらちらと奇異の視線を向けられていた。
そんな視線を気にすることもなく、シルフィはあちこちをきょろきょろと見渡しながら歩き続ける。
(……ここまで人が多いとはな。……冒険者ギルドは何処だ……?)
王都に初めて訪れたシルフィは、冒険者ギルドの建屋を探していたのだ。
土地勘のない場所では、何処に何があるのかすら分からない。
そのためシルフィは、冒険者風の人間を目で追いながら、その足取りを確かめていくことにした。
冒険者の服装はわかりやすい。
なぜなら魔獣の討伐に出るのだから、軽装鎧や剣を身に着けているのが一般的であり、シルフィも知り得ていた。
そんな冒険者たちがぞろぞろと出入りする場所は、王都のメインストリートの近くにあった。
「ここ……か。……随分立派な建物だな。」
シルフィはその建物の前に立ち、その外壁を望む。
「冒険者ギルド」とでかでかと書かれた看板に金色の装飾、四階建ての赤い屋根。
ドンと聳える冒険者ギルドの建物にシルフィは少しばかり面食らっていた。
シルフィが訪れた事のある冒険者ギルドは、グランドキングダムの王都の他に二箇所存在している。
そのどちらも拠点として活動してきたシルフィだが、ここまで大きい冒険者ギルドは見たことがなかった。
いかにも大金をかけて作られていそうな冒険者ギルド建屋に、シルフィは嘆息する。
(……ここで私の生きる意味がわかれば良いのだが。)
そんなことを思いつつ木でできた扉を押し開き冒険者ギルドに入るシルフィ。
この時、シルフィは人間の悪意をそれほど気にしていなかった。
後にシルフィは思い知ることになるのだ。
人間の中に渦巻く、悪意の奔流を。
◆
シルフィが木製の扉を開くと、中からは蒸れた汗の臭気がシルフィを包み込む。
足を一歩踏み入れた途端、シルフィに四方八方から冒険者たちの視線が降り注いだ。
当然といえば当然だろう。
全てが美男美女であり、希少種族のエルフが冒険者として入ってくるというのは滅多にあることではない。
ましてやシルフィの姿は臍を出したベストにタイトな革のミニスカートだ。
近くの冒険者がひゅうと口笛を鳴らす。
纏わりつく視線を気にせず、つかつかとカウンターへと歩みを進めるシルフィ。
その視線には、既に慣れていた。
(……やはり何処も、私を見る視線は同じか。)
目を細めて呆れながらも、目の前のカウンターに座る少女に、シルフィは声をかける。
「おい、冒険者の登録を頼む。」
「ひゃ!?ひゃい!」
急に声をかけられたことに驚いた受付嬢はびくりと肩を震わせると、少し仰け反ったくらいに目を見開く。
シルフィがよくよく見ると、まだまだ新人の受付嬢のようだ。
(……大丈夫か?)
受付嬢に訝しむような視線を向けると、受付嬢はいそいそと書類の用意を始める。
明らかに慣れていない手つきは、新人であることを如実に語っていた。
大きなため息を吐きながらも、受付嬢の用意を待つシルフィ。
「やぁ、ちょっといい?」
ふと、シルフィの背中から聞こえた声にシルフィは振り向く。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
浅葱色のウルフカットの髪に、玉蜀黍のような黄色い眼。
飛び出た八重歯は何処か勝ち気そうにも見える。
胸部と腰部にしか付けていない簡素なプレートメイルは、彼女が冒険者であるということを表していた。
その腰には、きらりと輝く金属製の輪っかが二つ。
彼女の得物のようだ。
にっと笑いながら話しかけた彼女に、シルフィは疑うような目を向ける。
「……何だ?お前は?」
何処か苛立つような態度に、シルフィは不機嫌さを隠しきれないように呟く。
「あー待って待って!怪しいものじゃないからさ。……強いて言えば……そこの子の知り合い……かな?」
戯けたように指を指す女性の先には、今にも泣き出しそうな受付嬢の姿があった。
「こいつのか?」
「そーそー!……怖がっちゃってるじゃん。……その子、慣れてないからもう少し優しくしたげてよ。」
「……別に不機嫌という訳ではないのだが。」
ため息を溢しながら冒険者の女性に向き直るシルフィ。
よくよく女性の目を見ると、好奇心のせいか少し弾んだ様子で浮き立っているようにも見えた。
歳の見てくれは二十にもいかないように見える。
「えっとね……ぼくはキュエン。しがないソロの冒険者をしてるんだけどさ……。」
キュエンの次に発した言葉が、シルフィの運命を決定づけることになるとは、この時のシルフィは思いもしていなかった。
「ぼくと、組まない?」
「……何?」
それがシルフィにとって忘れることのできない相棒。
キュエンとの出会いだった。
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