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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追って学園と傭兵ギルドに入り何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
間章 かえるもの編

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交えるは心

 大勢での食事が終わった後、レクスは診療所の裏手に足を運んでいた。


 食器の後片付けをいつも通り水属性の魔法が使える両親に任せたレクス。


 暑い昼の陽が照らしつける下で、熱と湿気のこもった風がレクスを包む。


 そんなレクスの前には、革のベストと短めのスカート、黒いレギンスを身に着けて緑の髪を結った女性が腕を組みながら目を閉じて立っていた。


「……来たか。レクス。」


「……ああ。シルフィ母さん。」


 シルフィは目を開けると、翡翠の瞳でレクスを見据える。


 レクスの姿は白いシャツと黒い革製のズボン、そしていつも羽織っている襤褸切れのような短めのローブだ。


 そんなレクスを見て、「ふふっ」とシルフィは笑みを溢す。


「まさか、お前の方から呼ばれるとはな。……満足させてくれるのか?お前は?」


「……ああ。やってやるよ。シルフィ母さん。」


 そう口に出しながら、レクスはシルフィに近寄る。


 シルフィの眼前にまで近寄った後、レクスはシルフィの翡翠の目を見据えた。


 それは、どこかこれからやることに期待する目。


 レクスはそのまま、自身のポケットを弄った。


「……だけど、その前にこれを渡しとく。」


 レクスはポケットから紙を取り出すと、シルフィに向かってさしだす。


 突然のことに、シルフィは首を傾げた。


「これは……?」


「……クオンからの手紙だ。……あいつらは帰れねぇらしいからよ。リナから預かってきた。」


 レクスの答えに、シルフィははぁと大きなため息を漏らす。


 レクスの手から手紙を受け取ると、白い封筒を見つめながら僅かに苦々しい表情を浮かべていた。


「クオンめ……。我が娘ながら、どう間違えたのやら。」


「……帰る前に見かけたクオンは、どっか苦しそうだったよ。」


「焦燥が生み出すものは、荒く脆いものだ。……取り返しのつかないことにならなければいいがな。」


 白い封筒をポケットに仕舞い込むと、シルフィは鋭い目でレクスを見やる。


 レクスはその目に全く動じず、視線を返した。


 シルフィはそんなレクスの目に、口元を獰猛に吊り上げる。


「……さて、クオンの手紙は後で見せて貰うとしよう。……その前に、レクス。お前はいい目をしているな。四カ月前とは全く違うものだ。」


「そうか?あまり気にしたことはねぇけど。」


「ああ。研ぎ澄まされている。それも見事な程にな。……私も、愉しめそうだ。」


「……退屈はさせねぇつもりだ。シルフィ母さん。」


 レクスもシルフィの獰猛な笑みに応えるように、口元を吊り上げる。


 瞬間。


 かぁんと。


 吹き抜けるような一瞬の空気の揺らめきとともに乾いた木と木がぶつかり合う音がこだまする。


 シルフィが抜き放った木剣を、レクスが背中の木剣で受け止めていた。


「ほう。この不意打ちを受け止めるのか。」


「……あんな殺気ばりばりありゃ、わかるに決まってんだろ。」


「なるほど。言うだけのことはあるらしい……なっ!」


 シルフィが剣に力を込めて払うと同時。


 レクスは弾かれるように後ろに下がる。


 じゃりりと靴が地面を擦り、跳ねた小石が宙を舞った。


「これも受け切るか、レクス!」


 シルフィは嬉しそうに叫び、レクスに踏み込む。


 レクスもシルフィの動きに合わせ、剣を右手に構えた。


 ぶんと空を裂き、袈裟に迫るシルフィの木剣。


 レクスはその太刀筋を読み切ったかのように軌道に沿わせる。


 かぁんと再び響く硬い音。


 レクスはシルフィの太刀筋を寸分の狂いなく捉えていた。


 そのままシルフィの目を鋭く睨みつけると、レクスは逆にシルフィに踏み込む。


「なにっ!?」


 戸惑った声を上げたのはシルフィ。


 レクスの肘が、シルフィの溝尾に放たれていた。


 とんと皮ふに当たる感触はあるものの、レクスに手応えはない。


(……ちっ。浅いかよ!)


 頭の中で舌を打つレクス。


 シルフィがバックステップで下がったために、レクスの肘鉄は触れた程度に抑えられていた。


 下がったのちに、再びレクスを見て剣を正面に構えるシルフィ。


「……全く、手癖も悪くなったか。……何処で覚えた?」


 その言葉とは裏腹に、シルフィの口元からは嬉しさが零れていた。


「王都には強ぇ人がいっぱい居るからよ。……追いつけるかもわかんねぇくれぇだ。」


 レクスの口元からも笑みが溢れる。


 レクスは、シルフィの剣筋がしっかりと見えるようになっていたのだ。


 王都へ行く前は、シルフィの太刀筋が朧げにしかわからなかったレクス。


 だが、今は。


 そのシルフィの太刀筋が手に取るようにわかるのだ。


「そうか……。なら、私も本気を出すとしようか。」


 くくくと笑うシルフィ。


 レクスに向かって、ドンと大地を踏み抜く勢いで蹴り抜いた。


「……死ぬほど痛いぞ!食いしばれ!」


 一瞬のうちに、レクスの前に飛び込むシルフィ。


 勢いよく振り抜かれた剣は、間違いなくレクスの胴を捉えていた。


「なんだと!?」


 シルフィが目を見開く。


 レクスは逆手に持った右手の剣で受け止めた。


 腕にジンと響く衝撃をものともせず、レクスの紅く燃える瞳はシルフィを見据える。


 シルフィは無理やり木剣を振り抜くと、すぐさま手を返して一撃を狙う。


 しかしこちらもかぁんと響く硬い音。


 レクスも手を返し、剣を受け止めていた。


 レクスは気がついていないが、レクスの傭兵の師匠であるクロウは、王都で最強と名高いエヴィークよりも抜け出た実力者だ。


 そんな師やその妻たち、ガダリスなど他の傭兵やエヴィークにも認められたレクスの実力。


 さらにそんな傭兵たちの戦い方や技法は、レクスにしっかりと訓練の中で継承されていた。


 傭兵の中ではまだひよっこと言われるレクスは、冒険者に置き換えれば相応のレベルを持つ少年となる。


「裂旋」の二つ名は、それを如実に証明していた。


「なるほど…!これがお前の強さか!」


 シルフィは素早く手首を返し、身体を捻らせ、踏み込みながら剣を振るう。


 踊るようなその連撃を、全てレクスは冷静にいなしていた。


 かぁんかぁんと鳴り渡る音が、戦闘の激しさを示している。


 逆手に持った剣で受け止め、流し、再び当てる。


 レクスの感覚は、既に研ぎ澄まされていた。


 まるで盗賊のようにも見える逆手持ちだが、その大元はアオイのクナイとクロウのナイフだ。


 その持ち方を応用し、レクスは己の戦い方をさらに高めていた。


 まるで叩きつける暴風のようなシルフィの連撃。


 レクスは確実に一つ一つの斬撃を潰していく。


(……シルフィ母さんの斬撃が、嘘みてぇにわかる。)


 シルフィの一つ一つの斬撃は疾く、鋭く放たれる。


 しかし、レクスにはその疾さは遅く感じた。


 なぜなら。


(……クロウ師匠や、アイカさん、何ならアオイの方が疾ぇ。これなら……俺は!)


 レクスはシルフィが放つ次の一太刀を見据えた。


「はぁっ!」


 振り下ろされた木剣。


 僅かにシルフィの息が上がったのか、ほんの少し剣先がブレた。


 そしてそれを見逃すレクスではない。


 かぁんと響く音と同時に、レクスは剣を擦り合わせるように振り抜く。


 そのままとんと、大地を蹴る。


 レクスは後ろに、宙返りで飛んだのだ。


「な……に……!?」


 突発的にも見える行動に、シルフィは目を見開く。


 少しばかりの距離を取ると、砂の滑りを殺すように腰を落とす。


 シルフィもレクスを追うように、大きく踏み込む。


 剣を大きく振りかぶった。


 瞬間。


 レクスは剣を逆手から戻すと、剣先を左腰に引く。


 その太刀筋から、目をそらさず。


「はぁっ!」


 掛け声とともに、剣を振り抜いた。


 それは、大和の国で伝わる「居合」。


 傭兵でクロウの妻であるアイカがよく使う一手だ。


 鍛え上げられ、磨き抜かれたアイカに比べれば拙い太刀筋。


 しかし、今。


 この局面においては十分だった。


 かぁん!というひときわ硬い音が響く。


 シルフィは、ゴクリと息を飲み込んだ。


 その美しい太刀筋に、呑まれたように目を拡げる。


 からんと音を立て、シルフィから離れた場所に木剣が落ちた。


「……とったぜ。シルフィ母さん。」


 にぃっと口元を上げて、僅かに得意げに微笑んだレクス。


 シルフィの持っていた木剣は、レクスの居合によって弾き飛ばされていた。


「……なるほど。……私の負けだ。」


 肩を竦めるシルフィ。


 しかしその口元は悦びが抑えきれないように上がっていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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