まごころを込めて
首を傾げつつも、レクスはコーラルとマイン、カークとともに家に上がる。
そんなレクスたちをマオはいつも通りににこにこと見つめながら、ちょいちょいと手招きをしていた。
「お料理は出来てるわー。レクスは吃驚するかもしれないわねー。」
「どういうことだよ母さん。話が見えて来ねぇんだけど…?」
レクスが問いかけてもマオは「見てのお楽しみよー」とはぐらかす。
そうしてレクスがダイニングに足を入れた時だった。
「おかえりなさいですわ。レクスさん。」
「…おかえり。…レクス。…うち、頑張った。」
「おかえり、レクスくん!」「ビッ!」
「おかえりなさいです、レクス様。昼食のご用意が出来てるです。」
「お、おう。ただいま……。その格好……。」
踏み入った瞬間にレクスはカルティアたちの姿を目にする。
その姿にレクスは目を丸くしていた。
彼女たちの姿は服の上にエプロン、三角巾を頭に巻いた姿だったからだ。
レインに至っては黒いメイド服に着替えを済ませているほど。
彼女たちはどこかやりきったように、にこやかな笑みを浮かべながらレクスを見ていた。
「……みんな、一体どうしたんだ?」
状況の理解が追いつかないレクスに、マオが普段と変わらない笑顔で語りかけた。
「みんな、レクスのためにお料理頑張ってくれたのよー。レクスのために、私と一緒に一生懸命に作ってくれたんだからー。」
マオの言葉に、カルティアたちは一斉にこくんと頷いた。
よく見ると、マリエナの指には絆創膏がペタペタと貼られているのにレクスは気づく。
「おい、マリエナ……その絆創膏は……?」
「え!?だ、大丈夫だよ!?大きな怪我はしてないからね!?」
レクスに絆創膏を気づかれたマリエナは慌てたように手を後ろに隠す。
この中では唯一料理に慣れていなかったのだろう。
恥ずかしさ故か、その頬は朱に染まっていた。
「……俺のために、ありがとうな。みんな。」
レクスはそんなみんなの頑張りがひしひしと伝わる。
少し照れくさいように、はにかみながら呟いた。
すると、マオが何かに気が付いたようにパンと手を叩く。
「そうだわー。お客さんが多いから倉庫から椅子を出さないといけないわねー。レクスー手伝ってちょうだーい。」
「……ああ。そうだな、母さん。」
レクスは振り返り、マオの言葉にこくんと頷く。
賑やかになりそうな昼食にレクスは少し、心を弾ませていた。
◆
「いただきます!」
診療所のダイニングには、大勢の声が一斉に響く。
総勢十三人。
一同が囲むテーブルは普段は十分に大きいのだが、今この場においては窮屈なほどに皿が置かれている。
大所帯も良いところだが、その雰囲気は和やかだ。
そんな中で、レクスの目の前の皿には深い茶色をした料理が置かれていた。
レクスの鼻に入ってくるのは、芳醇なワインで煮込まれた野菜の香気。
レクスの好物のビーフシチューだ。
スプーンで掬い上げて牛肉を口にソースと流し込むと、牛肉はほろりと崩れて旨味が口いっぱいに拡がる。
「……美味ぇ。」
無意識に出てきた言葉に、隣に座っていたマオがにこやかに微笑んだ。
「レクスの好物だったでしょー。せっかくレクスが帰ったんだからレクスの好きなものを作ってあげようと思ってー。」
「ああ。すごく美味ぇよ。……母さんがみんなと作ったんだろ?」
「ええそうよー。みんなに手伝ってもらったのー。」
「ねー。」とマオがカルティアたちに顔を向けるとカルティアたちはほっとしたように顔を緩めた。
「ええ。レクスさんのことを思ってお手伝いをいたしましたわ。」
「…料理は愛情。…かかさまが言ってた。」
柔らかい笑みを口元に浮かべ、目を細めるカルティアと無表情気味ながらじぃっとレクスを見つめるアオイ。
「よかったー。レクスくんがそう言ってくれて一安心だよ。」
「あちしもお手伝いさせてもらったです。メイドにとって料理は基本です。」
にへらと安心したように笑うマリエナに、どこか胸を張ったように誇らしげなレイン。
四人の声と仕草がその頑張りを物語っていることがレクスにもはっきりとわかった。
「ああ。ありがとうな。……みんなの手作りだからかいつもより美味ぇよ。」
レクスは四人に向けてにぃっと笑うと、カルティアたちもまんざらではないように微笑みを返した。
「……よく考えたら、王女様の手作りなんだよね。レクス君。ある意味凄くありがたいもののような気がしてきたよ。」
「ああ。カティの手作りだしな。ありがてぇよ。」
「……そういうことじゃないんだけどなぁ……。」
呆れたように苦笑するレクスの隣のコーラルも、シチューを口に運ぶ。
コーラルからフィリーナを挟んだ先に、カークとマインが並んで座っていた。
「カークくん。食べさせてあげますわ。」
「い、いやいいよ……。おれが食べられるから……。」
ずいずいと迫るマインに、カークはたじたじになっていた。
実はカークが自己紹介をした時にマインの方が年上とわかったのだが、それから何故かマインはカークに年上っぽく振る舞おうとしていたのだ。
たじたじなカークはレクスを助けを求めるようにちらちらと見るが、レクスは苦笑を返すしかできない。
カークが本気で嫌がっている様子ではないからだ。
そんなカークとマインを見たフィリーナは、ちらりと無表情にコーラルを見る。
「……コーラル様も食べさせてほしいですか?」
「フィ、フィリーナ?何を言っているんだ!?」
コーラルはフィリーナの急な言葉に目を白黒させる。
「違うのですか?私や婚約者のカローラ様に好きだと言う度胸もない、意気地なしのコーラル様ですから。てっきり私にそうしてほしいのかと。」
「そ、そんなことはしなくていいから!」
慌てて否定するコーラル。
フィリーナは少しむすっとしたような表情を浮かべながら、スプーンで掬い上げたシチューを口にしていた。
そんなテーブルを眺めて面白そうに口元を上げているのはブラックとシアンだ。
「……このような場に皆で集まれるとはな。しかもレクスのガールフレンドまで一緒とは。……バーミリオンも連れてくればよかったか。この面子をみれば腰を抜かしそうだな。」
ブラックの言葉にシアンは静かに頷く。
「ええ、あなた。またここには来れます。あの子の驚く顔が楽しみだわ。レッドがこんな立派な診療所を開いてるんですもの。」
「そんな立派なものじゃないよ……、母さん。」
シアンに目を向けられたレッドは苦笑しながらも首を横に振った。
「いいえ。あなたのやっていることはとても大事なことよ。胸を張ればいいと思うわ。」
「うむ。そうだぞレッド。……嫁を取り子を育て、他人の健康を気遣う仕事をしているのだ。……立派になりおって。」
「父さん……。」
「何か困ったことがあれば、儂に早馬を出せ。ヴェルサーレ家としては支援できんが、儂個人で力添えできることもあるだろう。遠慮なく申し付けろ。」
「……ああ。わかったよ父さん。なるべく頼らないことにするよ。」
「はははは。お前も言うようになったな。レッド。」
レッドの答えに、ブラックはにやりとして眦を下げた。
レッドもつられるように口元を上げてにやける。
長い間のわだかまりは、既にすっかり取り除かれたようだった。
「しかしまあ……よくこんなに集まったものだ。……まったく、レクスは加減というものを知らないらしいな。ふふっ。」
レッドの隣では、テーブルに集まった面々を見回しながら、シルフィが可笑しそうに呟く。
「凄いわよねー。みんなレクスと知り合いなんだものー。やっぱりやれば出来る子なのよー。」
スプーンを持ちながら頷くマオ。
シルフィも「確かにな。」と首肯していた。
すると、レクスがシルフィの方に目を向けた。
気が付いたシルフィも視線を返す。
「どうしたんだレクス?」
「……シルフィ母さん。……この後、裏で頼む。」
レクスの呟きに、シルフィは「なるほど」と目を伏せた。
レクスののその言葉は、シルフィにとっての合図だ。
シルフィは視線を起こすとレクスに返す。
「……いいだろう。……手を抜くなよ?」
シルフィがにやりと獰猛な笑みを見せると、レクスは息を呑み、こくんと首を縦に振った。
そうやって食事の時は、賑やかに過ぎ去っていく。
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