年寄りの戯言
そうしてレクスはカークとともに、コーラルとマインの二人を連れて村の中を回る。
鍬を振り下ろして畑の手入れをしている村民や、作物の収穫をしている村民がレクスたちの目には映っていた。
簡素な造りの民家の数々や牛舎や鶏舎をみて回るレクスたちだが、コーラルとマインはそこで飼われている飼っている牛や鶏を興味津々に覗き込む。
「モウ」という牛の野太い鳴き声や「ココココッ」というけたたましい鶏の鳴き声、さらには独特な臭気。
すべてに出会うごとにコーラルとマインは不思議そうな顔をしたり、驚いた反応を見せていた。
そんなコーラルたちを可笑しそうに見つめ、レクスが口を開く。
「アルス村の牛乳や卵は質が良いって評判らしくてよ。偶に王都に出荷してるって聞いたことがあるぞ。」
「そうなのかい?市場で卵や牛乳が売れているのを見たことがあるけど、アルス村のものだったのか。」
関心してじぃっと、牛を見つめるコーラル。
大きさに吃驚したのか、マインはカークの陰に隠れるように、おそるおそる牛舎の中の牛を見つめていた。
「まあ、全部が全部アルス村のもんじゃねぇと思うけどよ。この村の規模じゃ少なすぎるしな。」
にししと笑うレクスに、コーラルは興味深そうに顎に手を置いた。
そして、そうやってコーラルたちを案内していると、一人の村民がレクスを見て、驚いた表情を浮かべながら声を上げる。
「おう!?レクスの坊主じゃねーか!王都に出てたんじゃなかったか?退学にでもなったかよ!?」
レクスが声のした方に目を向ける。
そこに立っていたのは、土で茶色に染まったシャツを着て鍬を担いだ、レクスのよく知っっている禿頭の壮年男性だ。
男性は目を丸くしながらレクスの方へとことこと歩み寄る。
「人聞きわりぃこと言うんじゃねぇよ!バモスのおっちゃん!普通に学園の夏休みだから帰ってきただけだっての。」
軽く口元を上げたレクスは嬉しそうに眦を下げる。
彼の名前はバモス。
レクスがまだ幼い頃からレクスに話しかけてくる、ご近所さんの一人だ。
驚かれるのも当然のことであり、レクスが王都の学園へ行ったということはアルス村の全村民が既に知り得ている。
そんな村民にレクスは笑いながら挨拶を返す様子を、コーラルは少し驚いた様子で目の当たりにしていた。
「なんだよ夏休みかよ!おらぁ坊主が悪ぃことして学園からけぇってきたのかと思ったぞ。リナやカレンのお嬢ちゃんらちはどうした?けぇってねぇのか?」
「あいつらは……。」
バモスの質問に、レクスは少し言い淀む。
そんなレクスを、バモスは不思議そうに見つめていたが、突如何かを思い出したかのようにはっとした顔を浮かべた。
「そうだった。レクスの坊主は……嬢ちゃんたちと《《あの時》》に喧嘩したんだっけか。……ごめんな。言いづれえこと聞いてよう。」
バツの悪そうに目線を背けるバモスに、レクスはふるふると静かに首を振る。
スキル鑑定のときの出来事は、村の中でも大きな話題になっていたらしい。
「……そんなんじゃねぇよ。あいつらは…あいつらの道を行ってるだけだ。……勇者のために頑張るんだって息巻いてよ。」
「そうだったか。でも帰らねぇってのは寂しいもんだな。べっぴんな嬢ちゃんたちの顔を見て、わしらは活気づくんだからな。」
「そりゃバモスさんだけじゃねぇの?」
うんうんと頷くバモスの言葉に苦笑を返すレクス。
バモスもはははっと大きく笑みを溢した。
だがしかし、直後にどこか物憂げな表情をバモスは浮かべる。
「……だが、帰らねぇってのはちょっといけねぇかもしれねぇな。」
バモスはふぅと大きいため息を吐く。
「一心不乱になるのは勝手だがよう。躓いて、見えなかったもんが見えてきたとき、後悔すんのは間違いなく嬢ちゃんたちだからよ。それに、偶には帰って親に顔見せてやりゃ、それだけで親は嬉しいもんだ。」
「バモスのおっちゃん……。」
レクスはバモスの顔をちらりと見やる。
その表情はやはり何処か愁いの籠もったように、唇を締めていた。
バモスには子供がいるのだが、働きに出たまま帰っていないということレクスはをバモスから聞いている。
難しい表情を浮かべながら、口元を下げるレクス。
するとバモスはそんな顔のレクスを見てか、一転してニコッと笑みを浮かべレクスの目を見据えた。
「ま、年寄りの戯言だと思ってくんな!わしゃレクスの坊主の顔が見れただけでひと安心だ。……だから、草刈りをレクスが帰ってる間に手伝ってくれんか?」
にやりとしたバモスの口元を見たレクスは、仕方なさそうにふぅとため息を吐く。
「最初からそれが目的じゃねぇのか?……まったく、腰痛めてるんだから無理すんじゃねぇよバモスさん。……午後からでいいか?」
「おお、ありがてえ!いやぁ、すまねえな。レクスの坊主。王都に帰るときは声かけてくれよう。美味い野菜を持たせちゃる。」
「ありがとな、バモスのおっちゃん。」
そう言うと、機嫌よさそうにバモスは踵を返してレクスたちとは別の方向へ歩いていく。
バモスが手を振っていたので、レクスも合わせて返すように手を小さく振った。
すると、目を点にしていたコーラルがレクスに囁く。
「さっきの人は……?」
「ああ、バモスのおっちゃんだよ。うちのご近所さんだ。変わってねぇな、おっちゃん。」
事もなげに微笑みながら語るレクスに、コーラルは戸惑ったように、しばらくレクスを見つめていた。
◆
そうこうしてレクスたちは一通り村を歩き回り、診療所へと足を進めている最中。
既に陽の光はレクスたちの影を丸く映している時間帯に差し掛かっていた。
ジャリジャリと靴が道の砂を踏みしめる音の中、ぽつりとコーラルが溢した言葉にレクスは振り向く。
「……すごいな、レクス君は。」
「どうしたよコーラル?特に俺は何もしてねぇが……?」
きょとんとするレクスの表情に、コーラルは「いやいや」と付け加えた。
「村の人たちがレクス君を見ると挨拶してくるじゃないか。レクス君も村の人たちの名前をちゃんと返している。王都ではなかなかないと思って。」
そんなコーラルの言葉に、レクスは笑いながら首を振る。
「そんな訳ねぇだろ。村の人たちは皆馴染みある顔だからよ。もうすっかり皆の名前も覚えちまってるってだけだ。この村で知らねぇ顔はあまりいねぇよ。」
「そうなのかい?……てっきりレクス君が村の人気者だと思ってしまったよ。」
「違ぇよ。……まぁ、顔はしっかり覚えられてるからな。こんぐらいは村では当たり前だ。」
「そうなのか……。王都とは違うことが多いんだね。この村って。」
「王都が特別なだけだと思うぞ。……俺も王都に初めて着いた時は吃驚しっぱなしだったからよ。」
歩きながら関心したようにレクスの言葉に頷くコーラルを横目に、レクスは少し不思議な気持ちだった。
(王都から見りゃ、ここも別世界みたいなもんか……。)
レクスからすれば、ごくごくありふれた当たり前の光景。
それをまじまじと目にするコーラルは、レクスにとって新鮮だった。
そんなレクスたちの後ろでは、カークにぴったりとマインがくっついている。
どうやらカークを相当気に入ったらしく、にこにことした表情を浮かべながら、何処か弾むように歩を進めていた。
そんなマインをどう扱って良いのか分からず、カークはおどおどした様子で、レクスに助けを求めるかのように視線を送る。
レクスもその視線には気がついてはいるのだが、マインはにこにことした様子でいるのであまり口をはさみづらいのだ。
(……カーク、気に入られてんなぁ。)
横目で見てにやりと笑いつつ、レクスたちは村の広場を通りかかる。
出し物や祭りなどない今は、ただただ円形に草が刈られただけの何もない殺風景な場所だ。
唯一あるものといえば、レクスたちが生まれた頃からある大木が隅に植えられていることぐらいだろうか。
レクスはふとその広場に視線を流す。
アルス村の広場は、レクスにとっても思い出深い場所だからだ。
想い出のある場所。スキルの鑑定が行われた場所。
カークに寄りかかるマインを見て、レクスは幼馴染たちとの記憶がふとまたよぎっていた。
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