任せてみたい
少女たちの真摯な想いを汲み取ったように、マオはうんと頷く。
いつもは糸目をしているマオだが、この時は少女たちをじっくりと見るように、その透き通るような橙色の瞳を少女たちに曝していた。
マオはにこにこと機嫌よさそうに口を開く。
「あなたたちの想いは伝わったわー。みんなすごく真摯で真っ直ぐなのねー。若い頃の私を思い出すわー。」
ぽわぽわしているマオの雰囲気に仕方のないように腕を組みながら苦笑いを浮かべるシルフィ。
「そうだな。……全く、レクスは何をどうすればこんなに女の子に慕われるんだか。……まあ、当然といえば当然かも知れんがな。」
「みんながいい子そうでよかったわー。もしも危ないような子だったら、私のスキルを使ったかもしれないわねー。」
「…お義母さんのスキル?…それは何?」
ふと言われたその言葉にきょとんとするアオイ。
その表情に微笑みつつ、足を組んだシルフィが口を挟む。
「……マオのスキルは凄まじいぞ。怒らせたら誰も手がつけられん程にな。」
「ちょっとシルフィー?そんなことはないわよー。少しみんながびっくりするだけじゃないのー。」
にぃと口元を上げたシルフィに、少しだけ不満なようにマオは頬を膨らませた。
「いやいや」とシルフィは首を振る。
「ちょっとびっくりどころじゃないだろう。……マオのスキルは「威圧」だ。見た相手を言葉通りに「威圧」するんだ。ある程度の強さがなければ弾けん。鍛えていないものや小さな魔獣であればすぐに失神してしまうくらいには凄まじいからな。私ですら竦むというのに。……村の皆もマオだけは怒らせないように気をつける程だというのにな。」
はははと笑みを浮かべるシルフィに、四人はゴクリと息を呑む。
スキルの詳細はわからないがそんなものを使われたら、この場で卒倒してしまうのは眼に見えているからだ。
事実、レクスたちがまだ小さい頃にマオがスキルを使ったその光景をシルフィはきっちりと覚えている。
「威圧」を魔獣相手に使い、村に入った魔獣を退散させたことがあったのだ。
その際にシルフィが匿っていたリナたちは泣きじゃくり、その場に足をぺたんとついて動けなくなり、地面を濡らしてしまった程だ。
「シルフィー。みんなが怖がってるじゃないのー。だめよー、怖いおかあさんだと思われちゃうじゃないのー。」
「済まないな、マオ。だが伝えておいた方がいいだろう。」
「そうだけどー。……それに、たまに全く効かない人もいるわー。レクスがそうじゃないのー。」
不満そうに口を尖らせ、マオが諌めるように呟く。
その一言を聞いた時、僅かにカルティアは目を拡げた。
他の三人は気がついていないが、カルティアには少しマオの言葉が引っかかっているようだった。
カルティアの表情に気が付いたのか、マオはカルティアの顔を心配するように覗きこむ。
「……大丈夫よー?私はカルティアちゃんに威圧を使うつもりはないわー。」
「いいえ。大丈夫ですわ。ちょっと考えることがあっただけですの。気を使わせてしまいましたわね。」
マオの声にカルティアは慌てて顔を上げると首を振る。
「そうー?……でも、本当によかったわー。レクスがこの村を出る前はかなり落ち込んでいたものー。本当にいい娘たちねー。だから……。」
マオは糸目を大きく見開き、カルティアたちをその朝焼けに似た瞳に映す。
うんと頷くと、改めて口を開いた。
「……レクスをよろしくお願いするわねー。あの子は少し頑張りすぎちゃう面があるのー。あなたたちだったら、レクスを任せられるわー。」
優しく微笑ながら頭を下げたマオ。
その顔はカルティアたちをすでに信頼しているようだった。
マオの隣では困ったようにシルフィもため息を溢す。
「……レクスは私とは血が繋がっていない。だが、あいつは私のれっきとした義息子であり、私の家族だ。……レクスが酷いことをしたら言えばいい。すぐに私が駆けつけて叱り飛ばしてやるさ。」
クククと口元を上げてにやけるシルフィも何処か満足そうな表情を浮かべていた。
そんなマオとシルフィを四人は真剣に見つめ頭を垂れる。
「ええ。他ならぬお義母様たちの頼みですもの。任されましたわ。」
「…わかった。…他ならぬお義母さんたちの頼み。…うちはやる。」
「わかりました。レクスくんはわたしにとっても既にかけがえのない人ですから。」
「レクス様は危ないことに向かって行く方です。だからあちしがしっかりとお世話するです。」
四人の言葉を聞き終えるたマオは、心底嬉しそうに眉を下げた。
「ふふふー。みんなの言葉、確かに伝わったわー。これからよろしくねー。カルティアちゃんにアオイちゃん。マリエナちゃんにレインちゃんねー。本当、娘が一気に増えたみたいだわー。」
「全くだな。レクスの嫁となるならば私の娘にも等しい。王女だろうとサキュバスだろうと関係ないさ。エルフの情は厚い。お前たちも私の家族だ。」
にぃっと口元を上げて眦を下げるシルフィ。
足を組み、満足したかと思うとテーブルの上にあったカップを少し呷った。
すると、マオはおもむろに椅子から立ち上がる。
「さてー食事の用意をするから手伝ってほしいわー。今日はレクスが帰って来てくれたからレクスの好物を作るつもりなのー。みんなもレクスの好きな物、知りたいでしょうー?」
マオが柔らかい笑みを浮かべながらかけた言葉に、四人は一斉に首肯するように即座に頭を振った。
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