想うは誰も同じ
状況が飲み込めず頭に疑問符を浮かべるレクスは、おずおずと口を開く。
「……いや、何の話だ?……もしかして……スキル鑑定のときのことか?」
レクスの言葉に、カイナはこくんと頷いた。
「……そうだ。僕たちは娘のスキルの結果に浮かれて、君のことを何一つ考えていなかった。……言い訳をすることはない。娘も、僕たちも悪かった。」
「うちもよ。……娘が酷いことをしたって、あとから他の村の人に聞いたわ。……ごめんなさい。」
カイナに続き、リィンも仰々しく頭を下げる。
そんな二人にレクスは目を伏せ、はぁとため息を吐いて頭を振った。
「別に気にしちゃいねぇよ。確かにあの時はショックだったけどな。……でも村長が謝ることは何もねぇだろ。村長やリィンおばさんが悪いわけでもねぇ。……謝られたって、俺もどうしていいかわかんねぇからよ。」
レクスの戸惑い混じりの声に、カイナとリィンは頭を上げてレクスを見る。
レクスはばつが悪そうに、視線を落とした。
「まぁ……俺も「スキルがない」って他人が言われてんのを見たら、あの時の俺がどう反応するかはわかんねぇ。でも、今はスキルが無くても特に困ってもねぇんだ。……俺にとっちゃ、なんか言われた方が困るんだよ…。」
その言葉に、カイナもリィンも目を丸くしてレクスを見ていた。
そんな二人を見つめ直し、レクスはコホンと咳払いをする。
「それに、俺はカイナ村長に話があって来たんだ。……こいつを届けによ。リィンおばさんも居るならちょうどよかったぜ。」
レクスはズボンのポケットに入っていた封筒を二枚取り出すと、机の真ん中に優しく置いた。
カイナとリィンは机の上に置かれた封筒をまじまじと眺める。
「レクスくん、これは……?」
「リナとカレンからの預かりもんだ。……あいつらは忙しくてアルス村に帰れねぇってよ。」
レクスの言葉に、二人は慌てたようにして封筒を裏返す。
封筒にはしっかりとカレンとリナの筆で名前が書かれていた。
その記名を見つめながら、二人はなんとも言えない目で手紙を見つめている。
「……手紙はまた後で読ませてもらうよ。……レクスくん。うちの娘は、学園ではどうしているんだい?少しでも様子がわかるなら教えてくれないか?」
カイナの言葉に、リィンもこくんと同調するように頷く。
やはりどちらも心配なのだという心が、レクスにはひしひしと伝わってきていた。
「あいつらは……いつも勇者と一緒にいたってことぐらいしかわかんねぇ。……だけど、よく冒険者の依頼に出てるみてぇだ。詳しいことは俺も知らねぇけどよ。」
「冒険者の依頼!?あの子たちは魔獣と戦っているのか!?」
レクスの言葉に、カイナとリィンは慄れたように顔を引き攣らせた。
直後にパリンと何かが割れたような音が響く。
ちらりとレクスが目をやると、キッチンの奥でルエナがコップを落として割ってしまったようだ。
ルエナもショックを受けてしまったらしいことは、レクスには容易に想像できた。
レクスも無言で首を縦に振る。
カイナは俯き、ぎぎっと歯を食いしめた。
「なんてことだ……。あの娘が魔獣と戦うのは、せめて学園を卒業してからだと思っていたのに……。」
カイナはぽつりと言葉を漏らす。
「王都に行くときは、魔獣との戦いをするなんてお役人様から聞いていないのに……そんな……。」
頭を抱えるカイナを目にして、レクスははぁと力なくため息を吐く。
事実、王都の役人からは冒険者のステータスカードは取ると聞いていたのだが、依頼を受けることは聞いていなかったからだ。
「……なんて……ことだ。」
「……あいつらも勇者に追いつきたいって気持ちもあるだろうよ。……あいつらの気持ちは、俺には止められねぇからよ。」
「レクス君のせいじゃない。……あの子自身が決めたことだろう。……誰にも、文句は言えないさ。」
肩を落とすレクスに対し、力なく首を振るカイナ。
それは隣のリィンも同じだったようで、萎びたように肩を竦めていた。
「リナたちは……怪我とかしてないのかしら?」
リィンの縋るような声に、レクスは頭を縦に振る。
「あいつらは無事だとは思う。少なくとも俺が帰ってくる前に見かけた時には、目立つ傷なんてなかったからよ。」
レクスの言葉に目の前の二人はほっと安堵したような表情を浮かべた。
「魔獣と戦うなんて……想像できないわねぇ。」
「ああ。僕もだ。……娘がシルフィさんのようなことをしているのは、とても信じられるものではないよ。」
「スキルがあるし、あいつらも鍛えてるらしいからな。リナも、カレンも、クオンも。「勇者の力になろうと頑張ってるから帰れねぇ」って伝えといてくれ……ってさ。……まあ、その他のことは俺にはわからねぇ。基本、勇者と一緒らしいけどよ。」
「……そうか。ありがとう、レクスくん。」
「……うちの娘もなのね。……わかったわ。主人にはそう伝えておく。ありがとう、レクスくん。」
礼を言う二人に、レクスは苦々しい気持ちでいっぱいになっていた。
王都から出る時の彼女たちの表情がとても苦しそうに見えて。
何も手出しができない状態がとても歯痒かったのだから。
大切そうに封筒を眺めるカイナとリィンに、レクスの方が申し訳なくなり、気づかれないようにぎりりと歯を食いしばった。
そんなレクスの耳に、コップ同士の当たる音が耳に入る。
レクスが顔を上げると、ルエナが新しく出したコップにお茶を注いで持ってきていた。
「どうぞ、レクスくん。お二人も。」
「ありがとな、おばさん。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうですの。」
ルエナはレクスとコーラル、マインの前にコトンとお茶を置き、続けてカイナの前にお茶を置く。
そのままルエナは元々いた座席に座りなおすと、やはり気まずいのかレクスから少し目を逸らしていた。
「そういえば……レクスくん。そこの二人とはどういう関係なんだ?何処かのお貴族様のようだけど……?」
カイナは不思議がるようにコーラルとマインを見やる。
コーラルは少し苦笑いを浮かべ、マインは気にしていないようにカップのお茶にふぅふぅと息を吹きかけていた。
「ああ、二人は……俺の従兄弟だ。」
「は?」
少し言いづらそうなレクスの言葉に、三人は目を強張らせた。
「レクス君の……従兄弟だって?」
「ああ。一緒に帰って来たんだ。」
「一緒に帰って来たって……レクス君は王都に従兄弟がいたのかい?いや、そもそもレッド先生が……?どう見ても貴族様のような服を着ているけれど……?」
レクスの言葉に、三人は頭がこんがらがったように首を捻る。
そんな様子に、レクスとコーラルは困ったように苦笑を浮かべた。
(……そりゃ、信じられねぇだろうけどなぁ。)
レクス自身、王都で意外な繋がりがあったことは今でも信じられない程なのだから。
「……話せば、少し長くなるけどな。」
レクスは、マオやシルフィにも話したように王都での経験を語る。
その経験の破天荒ぶりに、眼前の三人はあんぐりと口を開けることしかできなかった。
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