陽射しとともに
ぎぃと診療所の扉が音を立てて開く。
女子たちの紹介を終えて一段落ついたレクスは、コーラルとマインを連れて診療所の外に出ていた。
なぜなら、マオとシルフィから「カルティアたちと詳しく女性同士のお話がしたい」ということで体よく追い出されてしまったのだ。
自室で待っているという選択肢もあったのだが、レクスはある用事を思い出し、外へ出ることを決めた。
それは、幼馴染たちからの手紙。
そのついでに村を軽く案内するために、コーラルとマインも連れ出したのだった。
頬をひゅるりと撫でる風は涼しく、汗ばんだ肌を優しく冷ます。
しかし朝とはいえ、照りつける陽は夏相応の熱気だ。
レクスは手のひらを団扇代わりと言わんばかりに顔を扇いだ。
「……暑ぃな。悪ぃな、二人とも。連れ出しちまってよ。」
レクスが振り返りコーラルとマインを見やる。
コーラルもマインも、ゆっくりと揃って首を振るった。
「いや、そんなことはないよ。僕たちもあそこにいたままじゃ肩身が狭いからね。」
「そうですわ!わたしもずっとおうちの中では退屈してしまいますの!ねー、ラビ。」
マインは自身が抱えている黄色いウサギの人形に声をかける。
マインが揺らしたせいか、マインの声に応じたかのようにコテンと首が垂れた。
そんな可愛らしいマインに、レクスも思わず笑みが溢れる。
「マインっていったっけか。……少しお転婆さんか?」
レクスがちらりとコーラルに視線を移すとコーラルはあははと苦笑いを浮かべた。
「うん。僕と違ってだいぶお転婆さ。僕は本をよく読むけど、マインはよくうちの庭で駆け回って遊んでるよ。」
「へぇ……思ったより似てねぇのか。俺は血の繋がった兄妹はいねぇからよ。そんなもんなのか?」
「どうだろうね…?僕は兄妹はマインだけだから。父さんも母さんも、マインのお転婆さには手を焼いてるんだ。」
「ははっ。でも元気でいいことじゃねぇか。」
コーラルの苦笑に、レクス自身も苦笑いで返す。
そんな渦中のマインは、初めて見るアルス村の光景をキョロキョロと興味津々な様子で眺め回していた。
「すごいですの……ちっちゃい家の周りにはどこも土が盛られてお野菜が生えていますの。」
そう言ってマインは、診療所の隣に茶色い土が盛られた区間を見据えてしゃがむ。
「ああ、そりゃ畑だ。」
「はたけ……?これが?」
レクスの発した「畑」という言葉に、マインはレクスを見てきょとんとする。
マインにとって、「畑」は初めて見るものだったからだ。
そんなマインに近寄り、レクスは腰を下ろしてその土から生えている植物に手をかけてしげしげと眺める。
「この辺はだいたい野菜はみんな作ってるからよ。うちはキュウリとかだな。よく採れるから、周りの家でできた野菜と物々交換すんだよ。あっちのサイさんとこはトマトだし、そこのベンさんとこはピーマンだ。」
レクスが指し示した方向にある家の畑には、確かにレクスの言う通りの赤くみずみずしいトマトとつやつやとした緑色のピーマンが実っている。
その光景に、マインは目を丸くしていた。
「これが……お野菜……。こうしてできるものなんですのね……。わたし、初めて知りましたの。」
目を丸くしているマインにレクスはにこやかに口元を上げた。
「そうだ。こうやってみんな野菜を作って生活してる。……年貢も現物で納めてる家もあるぐれぇだ。うちとかは狭いけど、もっと広い畑持ってる人もいるしよ。ありゃ面倒みるのが大変だ。害虫や病気、果ては動物や魔獣で駄目になることもあるけどな。でも、皆一生懸命に作ってんだ。作る人は王都や他の村に出してお金を稼いでるなんて人もいる。」
「……そう、なのですね。今まで気にしたこともありませんでしたわ。」
まじまじと野菜を見つめるマイン。
「ああ。だからこそ大切に食わなくちゃならねぇ。……マインは嫌いなものとかあんのか?」
「……わたし……ピーマンさんが苦手ですの。」
「そうか。誰にも苦手なもんはあるしな。俺にもあるしよ。でも、覚えておいてほしいのは、皆誰かの汗で作られてるってことだ。……それは何でも変わんねぇ。食いもんじゃなくてもな。」
レクスの言葉を聞いたマインは、きょとんとしながらもこくんと頷く。
マインは再び、その畑に実るキュウリをその赤い瞳にじっと留めていた。
ふぅとレクスが息を吐いて立ち上がる。
さわさわと吹き抜ける朝の風はやはり心地よい涼しさを運んで来ていた。
「そういえば、ここはレクス君以外に同年代はいないのかい?友達とか。」
コーラルの言葉にレクスは首を横に振った。
「いいや?俺以外だとあいつらしかいねぇよ。後はだいたい年が結構離れてる。子供も少ねぇからよ。」
「そうなんだね。……王都とは違う長閑な景色で、僕はこの光景を知らなかったよ。……いやはや、父さんに言われたから来たけど、これが普通なのか。」
「ああ。ここいらの家の屋根の上で昼寝すると気持ちいいんだよ、これが。」
「……それをするのはレクス君だけじゃないのかい?」
レクスの声に、コーラルは苦笑混じりに声を返す。
「ま、そうだけどな。……よくリナやクオンに叱られたもんだ。「危ないから」ってよ。」
レクスもコーラルの顔に気づき、苦笑いを返した。
「……さて、村の案内の前にちょっとやることがあってよ。先に済ませるがいいかよ?」
「うん。良いけど……時間がかかるのかい?」
「それ自体はすぐに済むことだけどな……。」
そうコーラルに声をかけ、レクスは舗装されていない草が刈られただけの裸地を歩き始めた。
コーラルとマインもレクスと離れまいとレクスに着いて行くように歩き始める。
診療所の前を通る道は少し凸凹としており、ジャリジャリと小石が靴の裏を擦れる。
中でもマインは慣れない道と靴で歩きづらそうにしており、少しふらついていた。
「大丈夫か二人とも?歩きにくそうだけどよ。」
レクスが振り返り、マインを心配するように見つめて声をかける。
「だ、大丈夫ですの…。わたしは立派なレディになるのです。このくらい……。」
マインは強がったように首を振るが、側のコーラルがマインの手を取った。
「駄目だよ、マイン。転びそうじゃないか。……そういうことは強がらずちゃんと言わなきゃ。」
「……わかりましたの。ごめんなさい、御兄様。」
コーラルの声にしゅんと肩を落とすマイン。
そんな二人を見たレクスの脳裏にふと声がよぎる。
それは幼いレクスとクオンの声。
『ごめんなさいなのです。兄さん。』
『いいんだって。俺は、クオンの兄さんだからな。』
砂利道に足を取られたクオンが転んで、足を擦りむいた時。
しょぼくれるクオンにレクスはそう声をかけ、クオンをおぶって診療所まで帰った記憶がありありと頭に浮かんできていた。
(……そんなこともあったっけか。……時間が経つのは早ぇもんだな。)
あの時、クオンはレクスの背中に身を預け、気持ちよかったのかすぅすぅとすぐに寝息が聞こえてきたほどだ。
それが今や近寄ることすら難しい現実に、レクスは無意識に寂しさを含んだため息がこぼれた。
レクスは手を繋いだコーラルとマインに歩み寄る。
「俺のほうこそごめんな。少し速く歩きすぎたかもしれねぇ。」
申し訳なさそうなレクスに、コーラルはゆっくり首を横に振るう。
「そんなことはないよ。レクス君は歩き慣れてるから仕方ないさ。」
「悪ぃな。俺がもっと気をつければよかった。」
そうレクスが声をかけた時だった。
「あれ?レッド先生のとこのレクス君じゃないか。」
「レクス兄ちゃん?帰ったの?」
後ろから聞こえた男性の声。
それはレクスが聞き慣れた声であり、丁度向かおうとしていた人物の声だ。
レクスはくるりと振り向き、その男性を眼に映す。
「……おはよう、カイナ村長。カーク。丁度今日帰って来たところだ。」
ひゅるりと吹き抜ける風に靡く、紺色の短い髪。
大人の男性は肩に大きな鍬を担いでいる。
麻の服を纏い、手を繋いだ親子は目を丸くしてレクスたちを見ていた。
男性の名前はカイナ。
アルス村の村長であり、カレンの父親である男性が、カークとともに立っていた。
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