動き出す馬車
カルティアの自己紹介の後、じっと見つめるような視線を向けながらアオイはブラックに近づく。
「…レクスのおじいちゃん?…うちはアオイ。…よろしく。」
淡々と言葉を言った後、アオイはぺこりと頭を下げた。
続けてマリエナとレインがおずおずと前に並ぶ。
「わ、わたし、マリエナ・クライツベルンです!あ、この子はビッくんって言います。レ、レクスくんにはいろいろとお世話になっています!」
「ビッ!」
少し緊張したように頬を染めお辞儀をするマリエナの腕の中で、ビッくんもお辞儀をする。
「あ、あちしはレインというです!レクス様のメイドをやらせて貰っているです!」
レインも慣れないのか、声が少し緊張していた。
姦しい女子たちの自己紹介をブラックは静かに聴き終えると「うむ」と頷き、レクスに視線を戻した。
「「王女様」によく似た方に大和の方、「女帝」の娘に平民の娘とは……本当に面白い組み合わせだ。レクスよ。……さて立ち話も良いが、家内が待っている。続きは馬車の中で話すとしようか。」
「……ああ、そうすっか。ブラックの爺ちゃん。依頼の件もあるしよ。」
「肩ひじなぞ張らずともよい。レクスは儂の孫だ。話し相手も依頼に含んでいるからな。……レクスの話が、儂は聞きたいのだよ。」
「わかった。……よろしくな。爺ちゃん。」
レクスが少しの笑みを浮かべて会釈すると、ブラックもにやけるように口の端を上げ、馬車へと歩きだす。
レクスもその様子を見て、四人に目配せをする。
四人はこくんと頷き、レクスとともに馬車に乗り込むように向かった。
レクスたちはブラックに合わせ、馬車に乗り込む。
馬車のキャビンは木製で、艶だった木目が天井を彩っていた。
黒い牛革であしらわれた長い座席は、金縁で装飾された窓から射し込む陽の光を反射している。
バネが仕込んであるのか、レクスがキャビンに踏み込んだ途端、車体が下がった。
(……おいおい、これは……俺の知ってる「馬車」じゃねぇぞ……?)
明らかに「作りのいい」馬車だ。
自身の知り得る感覚との違いに、レクスは傷をつけてはいけないと思い、僅かに冷や汗を垂らす。
そんなレクスを現実に引き戻すかのように、レクスのよく知る人物の声がレクスの耳に届いた。
「おはよう。レクス君。今日からよろしくお願いするよ。」
「あぁ、おはよう。……コーラルも行くのか。」
「あはは……僕も行ってこいって父上に言われちゃって。」
肩をすくめ、苦笑するコーラルの隣にはちょこんと女の子が一人ぶらぶらと脚を揺らして座っている。
背丈はクオンやレインより低く、十にも満たないほどだろうか。
椿色の長い髪を揺らす少女は、何処かコーラルに似ている美少女だ。
俯いていた少女は声に気が付いたのか、ぱっとその顔を上げて臙脂色に染まった瞳でレクスを見る。
「まあ!あなたが御兄様の御学友なのですわね!」
少女はレクスの顔を見た瞬間、キラキラと瞬く星のような輝きの眼差しを向けた。
その眼差しと勢いに、レクスは僅かに気圧されるようにたじろぐと、コーラルに目を向けた。
「コーラル、この女の子は……?」
戸惑うようなレクスに再びあははと苦笑するコーラル。
「僕の妹だよ。名前は……」
「わたし、マインといいます!以後、お見知り置きを!」
コーラルが紹介する前にさっと立ち上がるとマインはスカートをひらりとカーテシーで上げて一礼する。
その所作は丁寧ながら、声は元気いっぱいの年相応と言った具合だ。
「お、おう。俺はレクス。アルス村のレクスだ。よろしくな、マイン。」
レクスは少し驚くが、膝を曲げてマインの目線を合わせ、にぃと歯を出した。
そんなレクスの動きに、マインはさらに目を輝かせると、驚いたように口を開いた。
「レクスさんというのですね!王子様みたいですわぁ!」
「そうか?まあ悪い気はしねぇけどよ……。」
照れくさそうにはにかむレクス。
すると、コーラルとマインはレクスの後ろから乗ってきたカルティアたちを目の当たりにする。
その姿に、マインは目を奪われているようだった。
「すごく、きれいな方々ですわ……!」
「レクス君……カルティア様にマリエナ会長もかい?……アオイさんと……もう一人はわからないけれど。彼女たちはレクス君と一緒に依頼を受けたのかな?」
カルティアたちに見惚れているマインをよそに、コーラルがこっそりとレクスに耳打ちをする。
そんなコーラルにレクスが返す言葉は一つだった。
「ああ……俺に着いて来てくれた、大事なひとたちだ。親父たちに紹介しねぇといけねぇ。……驚く顔が眼に浮かぶけどよ。」
「……なるほど。もう将来を誓ったのかな?」
「……それに近ぇな。……一歩手前だ。」
レクスの呟きに、コーラルは目を見開く。
そんなコーラルとは対照的に、マインはカルティアたちを憧れるような目で見ていた。
マインの隣では、ブラックと共に赤い髪の優しげな老婦人がにこやかな表情を浮かべながらレクスたちを見ている。
レクスはゆっくりと腰を上げ、ブラックの前の座席に腰掛ける。
すると、老婦人が優しげに口を開いた。
「あなたがレクスちゃんね。……主人から聞いたわ。本当、あの子にそっくり。」
「……悪ぃ。失礼かもしんねぇけど……あんたは?」
「わたしはシアンよ。シアン・ヴェルサーレ。レクスちゃんから見ると、お祖母ちゃんになるわね。会えて嬉しいわ。」
「ああ。俺もだ。……よろしくな、シアン祖母ちゃん。」
微笑むシアンにレクスが手を差し出すと、シアンはレクスの手を優しく握る。
皺だらけの手だが、レクスは何処か暖かみを感じ取っていた。
カルティアたちもわいのわいのと会話を挟みながら、レクスの周囲の座席に腰を下ろす。
どうやらじゃんけんをしていたようで、両隣は得意げなアオイと、にこにこしたマリエナが勝ち誇ったように座る。
「……じゃんけんなんて……嫌いですわ。」
「…カルティアが弱いだけ。…意外。」
直ぐ傍ではカルティアがぼそりと拗ねたように、唇を尖らせ恨み節を漏らしていた。
聞こえたレクスは何処か可笑しさを思ってくすりと笑みを溢す。
レクスたちが座ったことを確認したブラックは、ちらりと御者席に目線を向けた。
「……出発してくれ。」
「かしこまりました。大旦那様。」
レクスに聞こえたのはコーラルのメイドであるフィリーナの声。
それと同時に「はいよー!」という声が響き、ゆっくりと馬車が動き始める。
馬車の動きに合わせ、流れていく王都の光景をレクスはぼんやりと見つめていた。
ガラガラと音をたてながら動く馬車に合わせ、流れていく王都の光景をレクスはぼんやりと見つめている。
その最中、王都の門で見知った三人の姿を見つけた。
(……あいつら。)
過ぎ去る馬車の中から何気なく眺めた、幼馴染たちの表情。
彼女たちはレクスに気づくことなく、焦ったような険しい表情を浮かべながら歩いていた。
(……何でそんなに、辛そうな顔してんだよ……!)
そう思いつつも、レクスが馬車を止めさせる訳にもいかない。
ずんずんと遠ざかり、見えなくなっていく幼馴染たちの姿に、レクスは何事もないように祈るしかなかった。
馬車はレクスたちを乗せ、アルス村へと運んでいく。
皇暦1405年 7の月 25分目のことだった。
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