祖父
レクスたちが広場へと着くと、広場はいつも通り老若男女が絶え間なく行き交う大賑わいな様相を見せていた。
露店の店主たちが威勢のいい大声を上げ、熱い陽射しの下で客寄せをしている。
道行く人々も露店に立ち寄ったり、値切りの交渉の声が聞こえたりと活気だつその傍ら。
邪魔にならないようにしているのか、中心の噴水から少しばかり離れた建物の側に、一台の黒い馬車が停まっていた。
ツヤツヤとした塗装の車体に、かなり大きい車輪を四輪。
大きく張り出した車輪のフェンダーはレクスも見たことがない。
加えてその大きさはレクスが村のスキル鑑定で見たものと比べてとても大きく、馬体のいい馬が四頭立てで繋がれている。
そんな豪華な馬車を目の当たりにして、レクスは眼を丸くしながらぽかんと口を開けていた。
レクスだけではない。
アオイとレインもその仰々しい車体に驚きを隠せていなかった。
眼をぱちぱちと瞬かせ、信じられないというように眼を向けている。
「…すごく大きい。…みんな乗れる?」
「あちしもこのくらい大きな馬車は初めて見たです。……何処に行くつもりです?」
「……俺の故郷に帰るだけのはずなんだがなぁ……。」
唖然とする三人に対し、カルティアとマリエナは至極当たり前のようにその馬車を眺めていた。
「大人数で移動するのであれば、この大きさは適切ですわね。わたくしも利用したことはないのですけれど、貴族の方はたまに持っておられますわよね?マリエナさん。」
「うん。わたしの家はおかあさんがおとうさんたちと移動するのによく使うのを見たことがあるよ。わたしも乗ってみたいと思ってたの。……でも、いいのかな?わたしたちもレクスくんの依頼に同行する形になるけど……?」
カルティアの言葉に頷きつつも、マリエナは少し心配げに首を傾げる。
「……一応依頼主の家には昨日行って話はつけたけどよ……。」
レクスが口を開くと、マリエナはきょとんとしたようにレクスを見つめた。
「そうなの?レクスくんのよく知ってる人なんだね。」
「まあ……知り合いって言うには濃いかもしれねぇがよ。」
よくわかっていなさそうなマリエナにレクスは苦笑しつつ、馬車のキャビンに向けて歩を進める。
すると馬車のドアが開き、一人の男性が姿を現した。
その男性はレクスたちを目の当たりにすると、しっかりとした足つきで背中をピンと張りながら、レクスの元へと歩み寄る。
顔に刻まれた皺は深いが、その赤い瞳はまっすぐレクスを見つめ、嬉しそうに眼を細め、口元を歪ませる。
男性はレクスの眼の前まで来ると、笑みを口元から見せながら、レクスに手を差し出した。
「レクス。こんなときに頼んで悪いとは思うが、よろしく頼むぞ。」
「ああ、こちらこそだ。ブラック爺ちゃん。丁度村に帰んねぇといけねぇって思ってたところだしよ。」
皺一つないスーツをぴしりと着用した年配の男性の手を、レクスも微笑みを返しながら握る。
男性の名はブラック・ヴェルサーレ。
ヴェルサーレ家という貴族の前当主であり、現在は隠居している男性である。
ブラックはコーラルを通じて出会った、レクスの祖父になる人物だ。
ぎゅっと握った手からは祖父の暖かみを感じ、レクスも少し強めに握り返す。
そんなレクスとブラックを、女子たちはそれぞれ異なった反応を見せていた。
「…レクスのおじいちゃん?…確かに似てる。」
この国の貴族に疎いアオイはブラックを見てレクスの面影を感じていた。
一方で、マリエナとレインの二人は目から鱗を出したように驚いた顔を見せる。
「レクスくん……貴族の血筋だっていうのは本当だったんだ……!」
「レクス様は……貴族だったです!?……へ、平民だったはずでは……?」
驚きで眼を丸くしている二人に、横からカルティアが口を挟む。
「……レクスさんは平民ですわよ?あくまで貴族の血筋というだけですわね。……それでも結婚相手なら誰にも文句を言われない程度の格式をお持ちですわ。」
含みを持たせたカルティアは、クスリと口元を上げてレクスに向き直る。
そんなブラックはレクスの手を握りながらも、ちらりとレクスの周囲にいる女子たちを一瞥し、面白がるように歯を出してにやけた。
「……彼女たちがレクスの同行者かな?」
「ああ。……すまねぇ。迷惑だったか?」
「いいや、構わんさ。……それにしても、随分と面白いお嬢さんたちだと思ってな。……誰に似たやら。」
ククッと溢すブラックの言葉にレクスが皆を紹介しようとした瞬間。
カルティアたちはずいっとレクスの傍に寄る。
「お初にお目にかかりますわね。わたくし、《《カティア》》と申しますわ。ブラック様、この度はよろしくお願いいたしますわね?」
カルティアを目にしたブラックは目を点にしていたが、カルティアの自己紹介によりコホンと咳払いをして、カルティアを見直す。
「……なるほど。何処か似ているとは思いましたが、他人の空似でしたか。……あくまで他人という訳ですな?カティア様。」
「ええ。思っていらっしゃる方とは、「他人の空似」ですわね。あと、様はいりませんわ。道中はそのようにお願いしますわね。」
「うむ、わかりましたぞ。カティアさん。」
にこりと意味深に微笑むカルティアに、ブラックは深く頷く。
「……ただの女友達ではないとは思っておったが、皆、レクスのいい人のようだな。まったく……。これは、騒ぎになるな。」
「……ああ。みんな、俺にゃ勿体ねぇぐらいだ。」
レクスは苦笑しながらも、はっきりとした声をブラックに返す。
そんなレクスの態度に、ブラックは全てわかっているように、顔をくしゃりとして笑った。
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