闇雲に標なし
「リュウジ様は……今日も修練だそうです。何でも教導騎士の方と、長時間の修練だとか。」
「リュウジ様は他の有力な冒険者の方とも頻繁に交流しているのです。「黄金百合」の方やミルラさんも修練をすると言ってたのです。」
二人は何処か寂しさを紛らわすかのようにぼそりと呟く。
事実、リナたちはリュウジが来てくれれば心強いと思っていたが、ここ最近は断られてばかりだ。
リュウジとも鍛えられれば、今の自分たちの実力を確認できると三人は思っているのだが、リュウジは「時間がない」とリナたちと依頼を受けていないのだ。
冒険者として依頼を受けるよりも今は専ら、教導騎士やミルラ、他の冒険者たちとノアも加えて修練を積んでいることが多くなっていた。
「そう……。リュウジも頑張っているなら、あたしたちもおいてかれちゃうわね。……頑張らないと……!」
カレンの口から聞いたリュウジの現状に、リナは歯を食い締めながら拳を握り込む。
そんなリナの様子に、カレンもクオンも神妙な顔でコクリと頷いた。
置いていかれそうな感覚への焦りは、三人とも同じだったからだ。
特に大嫌いな幼馴染を意識すると、自分たちがどこか惨めにも感じられることが何処か屈辱に思えたこともあるのかもしれない。
そんな三人に近寄る、銀髪で肌の浅黒い、若い男性冒険者の姿があった。
彼はまだリナたちのことをあまり知らないようで、軽薄な笑みを浮かべながら歩み寄る。
手を上げながらニヤリと口元を上げ、口を開いた。
「ねぇ、君たちも冒険者?よかったら俺と……。」
見え透いた軟派目的の声。
男性冒険者は自身が顔立ちも整っている自覚があるように優しげに笑みを浮かべた。
明らかにリナたちの身体を舐め回すように眺める瞳が、その情欲を物語っている。
して、その瞬間。
「ひぃ……っ!?」
ぞくり、と。
男は眼を見開き、蛇に睨まれた蛙のように顔を引き攣らせた。
リナたちの眼を見た男が感じたそれは、殺意。
まるで「触れてくれるな」と睨みつける三人の視線は、軽薄な男の欲望よりも命の危機を感じさせるようなそれ。
苛立った眼光は、男を慄かせるのには十分だった。
「……なによ。あたしたちに用?」
リナのとげとげしい低めの声に、男はじりりと無意識に後ずさる。
その男は威圧感で竦んでしまったように呼吸が荒くなっていた。
「わ……悪い。人違いだった……。」
「そ。……ならさっさとどっか行って。」
「あ……はい…。」
リナの冷たくあしらうような声に、男はすぐに踵を返すと、逃げるように足早にリナたちから離れていく。
そんな男に対して、冒険者ギルドにいた冒険者たちは呆れたような視線を男に向けていた。
リナたち三人は冒険者ギルドでも実力者と言われるほどにランクを駆け上がる速度が早いこと、勇者の仲間に手を出せば何をされるかわからないこと。
それを知らない冒険者の男は、冒険者ギルドにはほぼいない。
加えて連日のように何かに焦り、苛立っている始末だ。
そんなリナたちを舐めて声をかけようという者は、ほぼいなかった。
明らかに手痛い目に遭うことが目に見えているからだ。
ふんと鼻を鳴らすようにリナは息を吐く。
「何だったのかしら。さっきの奴。」
「どうせ私たちの身体目当ての冒険者でしょう。……反吐が出ますね。」
「そうなのです。私たちの身体に触って良いのはリュウジ様だけなのです。」
リナの呟きに、カレンとクオンも呆れながら言葉を溢す。
そんな相手と付き合う道理もなければ、時間もないのだ。
向き直るリナに、カレンは一枚の紙を取り出してリナの前にかざした。
「今日は、この依頼を受けようと思います。リナはどうですか?」
その紙は先程までクエストボードに貼ってあった依頼書。
書かれていたのは「赤鬼五体の討伐」の依頼だった。
「赤鬼」は力が強い魔獣としてよく知られており、動きもわりかし俊敏な赤い人型の魔獣だ。
その強さは一体ならばBランクで容易であるが、複数体であれば話が変わる。
Aランクパーティですら気が抜けないレベルに早変わりするのだ。
そんな依頼を、カレンは提案してきていた。
リナたちはBランクであり、決して適正ではない。
しかしその依頼を一瞥したリナは一切迷う素振りも見せず、首を縦に振った。
「……そうね。これがいいわ。……行くわよ。」
リナの言葉に、カレンもクオンも同調する。
その張り詰めた空気感のままで、依頼書を持ったカレンとともに、リナとクオンはカウンターへと進む。
そのカウンターの先では、リナたちの馴染みの受付嬢がハラハラとした心配そうな目つきでリナたち三人を見つめていた。
だが、そんな視線もかくやと木の床はカツカツと三人の足音を響かせる。
その姿は、何処か行き場を無くしているようで。
受付嬢にはぴりぴりとした目つきをしたリナたちがそう見えていた。
三人は受付嬢のいるカウンターの前に立つと、先頭にいたカレンが依頼書を差し出す。
「この依頼をお願いします。」
差し出された依頼書に受付嬢は目を通すと、力なくため息を溢す。
「……わかったわ。無理、しないでちょうだいね。」
それが眉を下げた受付嬢が三人にかけられる、精一杯の言葉だった。
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