第9−1話
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皇暦1405年の3の月27分目
少し雲がかかった晴れた空の昼下がり。
王都へと向かう馬車がガラガラと音を立て、舗装もされていない道を走っていた。
馬車を引く二頭の馬は蹄の音を立てながら、軽快に進んでおり、調子も良い。
馬車の御者席には二人の人間が座っていた。
橙髪の少年は陽の光りを遮るように、額に手をあてて遠くを見ている。
隣の白髪の老人は少年を微笑ましく横目でみながら、馬を駆っていた。
レクスとクルジャだ。
「おおっ!?レクスさん。見えてきましたぞ。」
馬の手綱を引いているクルジャが隣のレクスに声をかける。
「へぇ、あれが!?でけぇな…。」
レクスはクルジャの言う、道の先の光景に圧倒されていた。
レクスたちの乗った馬車が進む、その道の先には、巨大な白い城壁がそびえ立つ。
「あの城壁が街を囲んで守っているんですぞ。」
「すげぇな。初めて見た。…。」
王都の城壁は王都をぐるりと一周囲む形で建設されている。
白亜の大壁は外界と王都を遮る境界線のようにも見えた。
この城壁があることで今まで王都は魔獣の侵入や侵攻を許していなかった。
レクスたちが進む道の先に、これまた大きな門があり、両脇に兵が一人づつ立っている。
門の大きさはレクスが迷い込んだ迷宮の主である牛頭鬼がいた部屋の入り口よりも大きかった。
現在門は開け放たれ、その先にちらりと見える街の様子は非常に活気付いている。
馬車や人が門から出るのも入るのも多い。
門から出入りする人が着ているものも重装の鎧や軽装の鎧、身動きしやすそうな服や多くの荷物を背負う人などがたくさんいた。
レクスは人を見ていくように、視線をきょろきょろと彷徨わせる。
アルス村では感じたことのない人の活気の多さをレクスは新鮮に感じていたのだ。
門から出る人が多い中、レクスは意外と剣や槍などの装備品を着けた人が多い事に気が付く。
「武器持ってる奴多いなぁ…。まあ王都の外出りゃ魔獣が出るから当然か。」
「ホッホッホ。行商人はあまり武器を持ちませんぞ。目立つように武器を持っておるのはほとんどが冒険者ですじゃ。」
レクスの言葉に、クルジャは笑いながら応える。
クルジャに言われたレクスは、武器を持ってすれ違う人物を少しだけ観察する。
確かに武器を持っている人物は馬車に付き従うように歩いていたり、荷物をあまり持っていないようにレクスは感じた。
「へぇ…。あれが冒険者って奴か…。」
「まあ全部が全部そうとは限りませんがの。兵隊の方や傭兵の方もいますじゃ。…レクスさんは冒険者をご存じないんですかの?」
「ん…まあ、アルス村では冒険者が来た覚えがなくって。俺とか俺より強い村の人たちで魔獣の対処とかやってたもんで…。」
「ホホホッ。それは凄い事ですな。確かにレクスさんの腕なら、冒険者に頼むより安上がりでしょうの。」
レクスが魔獣の対処で思い描くのは義母であるシルフィの姿だ。
それに比べればレクスがやっていたことは狩残しを討伐することだけだったので、レクスは自信を持って自分が討伐していたとは言いづらかった。
そんなレクスを見てクルジャはさらに笑っていた。
事実、クルジャの馬車に乗ってからもレクスは道中に出てくる魔獣の対処をしていたのだ。
クルジャに対し、せめて自分に出来ることは何か考えた結果が道中の魔獣を討伐することだった。
それでも道中はあまり魔獣は出てこず、レクスはあまり活躍したような気がしていないのだが、クルジャにとってはレクスの活躍は目覚ましいものだった。
レクスの魔獣を斃す手腕は異常なほどに速かったとクルジャは感じていたのだ。
そんなクルジャの思いをつゆ知らず、レクスはははっと苦笑気味に笑っていた。
そうして馬車が城壁の門の前にたどり着くと、門番をしていた兵が馬車を停めさせる。
「身分証のご提示を願えますか?もし無ければ少し時間を頂いて確認することになりますので少々お時間を頂きます。」
門番をしていた兵は、ささっとクルジャの元へ近寄り声を掛ける。
「おお。そうじゃな。…何処にしまったかのう。」
クルジャは自身の服を探る。
すると、「おお。これじゃこれじゃ。」とポケットから金属製のカードを取り出し、門番の兵に渡す。
商業ギルドのメンバーカードだ。
カードを受け取った門番の兵は、ジロジロとカードとクルジャ、レクスを見比べていた。
「商業ギルド所属。クルジャ・ヘイマン殿ですね。…隣の方は?」
門番の兵はカードをクルジャに返しながらレクスを見る。
「この人はレクスさんという方じゃ。アルス村から出てきたらしくての。王都へ向かう時に道に迷ったそうで一緒に連れて来たんじゃ。素行は問題ない人じゃよ。学園に行くということはこれから身分証を取るのかの?」
クルジャがレクスを見る。
レクスはコクリと頷いた。
「なるほど」と門番の兵は頷いていた。
「クルジャ殿と一緒という事で今は許可します。…あとで必ず、証明を取るように。」
「ああ。気をつけるよ。」とレクスは頷く。
「しかし、アルス村ですか。勇者殿についておられた方々もアルス村だったと聞きました。今年の学園生は将来有望でしょう。頑張って下さい。」
門番の兵がレクスに笑いかける。
レクスは門番の兵の言葉で、あの三人がもう王都に来ているということを知った。
(みんなはもう来てるのか。…でもまあ、あんな態度だ。みんなからすりゃ、俺は会いたくないって言うだろ。どうしたもんかね…。)
レクスの頭に、あの3人から最後に受けた言葉がよみがえる。
レクスはどう考えても、あの3人から歓迎されるとは思えず、むしろ毛嫌いされているところしか思い浮かばない。
(ま、どうにかなるだろ。…それでもやるって決めたからにはよ。)
幼馴染と義妹にかかる火の粉は払う。それが迷宮でレクスが決めたことの一つだ。
「それでは、お気をつけて。」
「ありがとうございますですじゃ。」
レクスが考えている合間にも、馬車は進み始めた。
城壁の門を潜ると、レクスには見慣れない光景が広がっていた。
人の多さや建物の多さ、さらに高い建物や露店など、アルス村にはないものが数多く見受けられた。
「すっげ…。これが王都…。」
レクスは初めて見る王都の光景に圧倒されていた。
見渡す場所には老若男女問わず多くの人が通り、活気ある商売の声が響く。
見るもの全てがレクスには新鮮だった。
そんな眼をキラキラさせたレクスを、クルジャはホホホと笑って見ていた。
馬車は王都の中を進み、噴水のある広場に停まる。
噴水の周りでも色々な人が思い思いに動いていた。
「それではレクスさん。ここでお別れかのう。」
「本当に助かった。ありがとう。門から入る時もクルジャさんいなけりゃもう少し時間かかってるだろうしな…。何も渡せるものが無くてすまねぇ。」
「ホホホ。お礼はこちらこそじゃ。レクスさんがいなければ魔獣の討伐にも時間がかかっておろうしの。若い人が気にするでないよ。」
クルジャはそう言って笑っていたが、レクスは何かお礼を渡すことが出来ないかと考えていた。
(なんか渡せるもんねぇかな…?さすがにこの魔導具を渡すわけにゃいかねぇしよ…。ん?これは…?)
レクスがポケットを探っていると、魔導時計や指輪以外に硬いものに手が当たった。
レクスはその硬いものを掴み、手をポケットから引き抜く。
手の中には割れた魔核があった。
牛頭鬼のものだ。
「クルジャさんは魔核を替えられるところって知ってるのか?」
「魔核…というと魔獣の核の事ですな。冒険者ギルドや商業ギルドでおそらく換金が出来るはずですじゃ。」
レクスはクルジャが言うや否や、クルジャに牛頭鬼の魔核を差し出した。
「すまねぇ。魔導時計とかは渡せねぇけど、これを貰ってくれ。俺はクルジャさんたちに助けられたようなもんだ。何か渡さなきゃ俺の気がすまねぇ。」
「いいのじゃよレクスさん。ワシらも助け合いで来ちょる。貰うわけにはいかぬよ。」
クルジャがそう言い断るが、レクスの決意は硬かった。
すると、馬車の中にいた高齢の女性が降りてくる。
クルジャの妻だ。
「お爺さん。レクスさんがそこまで言うんだ。貰ってあげればいいさ。」
「婆さん…。」
「レクスさんの誠意さ。こうなったら止まらんさ。」
そう言ってレクスに向かい、ニコリと微笑む。
クルジャははぁと溜め息をついた。
「婆さんが言うなら仕方ないのう。…ありがとう。レクスさん。」
クルジャはレクスの手から、割れた魔核を受け取る。
そうしてレクスはクルジャに頭を下げた。
「ありがとう。クルジャさん。あんたは俺の恩人だ。」
「良いんですじゃ。レクスさんも達者での。また機会があれば会うこともあろう。そのときは話でも聞かせておくれ。」
クルジャはレクスに右手を差し出した。
それに気が付いたレクスは顔をあげ、すぐさまクルジャの手を握った。
そうしてレクスは自然と手を離すと、クルジャたちに背を向け、手をあげる。
「じゃあな。クルジャさん。」
振り向いて顔をニッと笑い、レクスは人混みの中に消え去っていった。
その光景をクルジャたちも手を振って見つめていた。
「ホッホッホ。やはり、そっくりですのう。婆さん。」
「ええ。あの人も元気でしょうかねぇ。あとで会いに行きましょ。お爺さん。」
そう言ってクルジャたちは再び馬車に乗り込む。
馬車はまた、王都の中を走り出した。
クルジャと別れたレクスは、レッドに渡された地図を元に目指す建物を探していた。
混み合う街中で、人混みを抜けてレクスが探す建物。
それは「冒険者ギルド」の建屋だ。
「確か王国内の目立つところにあるって親父が言ってたな…。」
レクスはキョロキョロと辺りを見渡し、冒険者ギルドを探していた。
街中を歩いて探しているレクスに、一際大きく佇んでいる建物が目に入った。
(…あれか?やっぱ大きいよなぁ。見た目も綺麗に整ってるみたいだし。)
レクスは見つけた建物に歩いて向かう。
その建物の近くまで来ると、確かに「冒険者ギルド」とでかでかと書かれた看板が架かっていた。
レクスは建物を見上げる。
建物は4階建ての建物で、金色の装飾も多い、白い建物だ。
屋根は下からではよく見えないが、遠目から見ると真っ赤で、よく目立っていたのをレクスは覚えていた。
街道に面したところには窓が設けられ、レクスからは職員がバタバタと駆け回っているところが見えていた。
レクスは内部の様子を知ろうと、街道に面した窓から中を覗く。
(げっ…居るのかよあいつら…。)
レクスが見た先には、軽装備の勇者リュウジとスカート鎧を着たリナとクオン、ローブを着たカレンの三人がおり、ワイワイと話している光景が見えた。
勇者の傍に控えているワンピースを着た薄黒い肌の少女も勇者の仲間だろうとレクスは考える。
レクスは最後に別れたときのリナたちの言葉を思い出すが、少し顔を顰めるだけに留めた。
(王都に来てすぐに会うのかよ…。…気まずいな。でも、みんな元気そうじゃねぇか。よかった。)
四人を見て気まずいレクスだが、内心では元気そうな幼馴染たちにレクスは安心していた。
レクスはボロボロになっても着続けていたローブのフードを目深に被る。
リュウジたちにバレないようにするためだ。
レクスはそのまま、扉を開けて冒険者ギルドへと脚を踏み入れる。
入り口から向かって左手に受付のカウンターが並んでいた。
武器を持った人がそこで受付の人と話し込んでいるのがレクスには見える。
また、入り口から右手には沢山の紙が貼ってあるボードがあった。依頼を貼り付けるクエストボードだ。
どうやら依頼は多いらしく、ところ狭しと紙が貼られている。
クエストボードの前で勇者たち5人が騒いでいたため、レクスは視線を中央に移す。
中央に真っ直ぐ行った先には冒険者たちが魔核を金品と交換している光景があった。
依頼で手に入れたものを金品と交換する買い取り所だとレクスは察した。
(ってなると、多分冒険者の受付はカウンターの方か。さて、あいつらにバレなきゃいいけどな…。)
レクスはささっと受付カウンターの方へ歩く。
「リュウジとクエストに行くのはあたしよ!ほら、リュウジもあたしも剣を使うから連携しないと!」
「それならば私の方が適任ですよね?リュウジ様が前衛で私が後衛をすれば、バランスが良いと思いますよ?」
「それなら私でも良いのです!私の弓でリュウジを守るです!」
「いやーみんなで行けばいいんだけど、過剰になっちゃうよねぇ。たかが「小鬼」なんて魔物、僕たちならあっという間だよ。ねえ、ノア?」
「うん。リュウジなら問題ないと思うよ。」
レクスが奥のカウンターに向かう最中にも、リュウジたちの声がレクスに届く。
(みんな元気そうだよな…くそ。やっぱまだ辛ぇな。)
レクスは無意識に奥歯を噛み締める。
(そういや「小鬼」ってあの通路で結構倒したな。数は覚えてねぇけど。…あいつらあれを楽に倒せるようになってるのか…俺は毎回死ぬ気で倒してるのによ。まだまだ追いつけねぇのか。情けねえ。)
レクスははぁと暗い顔で溜め息をついた。
すると、丁度レクスの前で受付カウンターに座っていた男性が席を離れた。
「お次の方どうぞ~。」
受付に座っていた女性の声がすると、レクスはその女性が座っているカウンターに座った。
受付の女性はにこにことしており、茶髪で赤色の瞳をした女性だった。
「あの、冒険者の登録ってここか?初めてでよ。」
「冒険者登録の方ですね!少々お待ち下さい。」
受付嬢はカウンターの下から紙を何枚か取り出す。
そしてその後、”ゴトン”という音とともに大きな水晶玉がカウンターに置かれた。
レクスはその水晶玉を見て顔を顰める。
(げっ…鑑定水晶じゃねぇかこれ…。)
レクスの思った通り、眼の前の水晶玉は鑑定水晶だった。
「それでは登録前に、鑑定を行いますね。この水晶玉に手を置いていただけますか?」
受付嬢は手を水晶の方へ向ける。
受付嬢のにこにこした笑顔に対し、レクスの顔は引きつっていた。
(俺、鑑定結果が出ないんだけど大丈夫か?)
そう思いつつ、レクスは口を開く。
「鑑定水晶で登録するのか?初めてなもんで分からなくてな…。」
「はい。鑑定水晶に出たスキルや魔術をステータスカードに登録するので必要なんです。しかもこの鑑定水晶は鑑定した能力を数字として表せる冒険者ギルド特製の優れものなんですよ。ステータスカードにその数値も記載するので、皆様に行っていただいているんです。」
「へ…へぇ。そりゃすごいもんだな。」
レクスは受付嬢の説明を聞きながら内心焦っていた。
つまりこれは「鑑定水晶」の測定が出来て初めて冒険者ギルドの登録が出来るという事に他ならない。
レクスはその事に勘づき、冷や汗を垂らしていたのだ。
(これじゃ俺、登録出来ないじゃねぇか!?…どうしよ。親父に入学に必要って言われたんだけどな…。…ええいどうにでもなれ!)
レクスは意を決し、鑑定水晶に手を乗せた。
受付嬢はその結果に驚いた様子だ。
「こ…これは…何も出ませんね。」
(知ってるよ。また駄目か…。)
さすがにレクスは二度目の鑑定なので、ショックは全く無かった。
はぁと溜め息をつき、レクスは鑑定水晶から手を離す。
「こういったことは初めてですね。…申し訳ないのですが、規則で決まっていますので冒険者の登録は残念ながらすることが出来ません。申し訳ございません。」
「…わかった。ありがとうな。」
謝る受付嬢にそうお礼を言ってレクスは席を立つ。
さてどうしようかとレクスが考えた時だった。
「あっれぇ?そこにいるのはいつぞやの無能君じゃないかぁ。」




