遣り場なき想い
多くの人がこつこつと石畳を歩く雑踏とわやわやと話し声が飛び交う中で、コッコッと石畳にわざと足音を立てているかの如く歩く、軽鎧姿の美少女。
疲れからか僅かにくすんだような赤髪を風に揺らし、紅い瞳を不機嫌そうに揺らしたリナだ。
通りすがったリナの姿を目にする街の人たちは、リナの剣呑な雰囲気に道を開ける始末。
何か癪に障ったかのように、リナの口元は時折ひくひくと動いている。
それほどにリナは、湧き上がる苛立ちを隠し切れていなかったのだ。
(……なによアイツ。……本当にむかつくわね。女なら誰でも良いって訳?)
リナの頭に浮かぶのは、見目麗しい美少女に囲まれた大嫌いな幼馴染の姿。
その姿に、リナはなんともいえない感情が湧き上がっていた。
「はぁ……ほんっと最悪。なんで朝からあいつの姿をみなきゃいけないってのよ。」
荒っぽいため息と同時にほぼ無意識に口から紡がれた言葉。
リナたちは、強さを求めて依頼をこなし、王宮の教導騎士たちにも訓練を申し出る毎日だ。
アルス村に帰れないため、せめて手紙を書こうと三人が思い当たったのがきっかけだった。
そして手紙を書いたは良いが、肝心の届ける手段はあまりない。アルス村への馬車が捕まらないからだ。
だからこそ白羽の矢が立ったのは、三人共に大嫌いで気に入らない、幼馴染のレクスだった。
リナが手紙を幼馴染に預けたのは、ただ単にじゃんけんで負けたからという理由に過ぎない。
カレンとクオンは先に冒険者ギルドへ行かせ、渋々とリナは校門の前で待つことに決め、レクスが通るのを待っていたのだ。
ただ手紙を押し付けてさっさと立ち去れば良いとそんな考えでいたリナの前に現れたのは、多くの女の子に囲まれた幼馴染。
リナはそれを目にした瞬間、咄嗟に隠れてしまった。
喪失感か、孤独感か。
身体に響く不快な心音、行き場のない感情の遣る瀬無さ、鎌首をもたげるどろどろとした思い。
全てが綯い交ぜの嫉妬にも似た感情が逆巻き、苛立ちにも似た何かが抑えきれなくなってしまった。
それでもなんとかレクスに手紙を渡したリナは機嫌が悪いと自ら示すように、顔をしかめながらも歩き続ける。
(あのクズ……カルティア様や他の女の子を手にかけておいて村に連れて帰るなんて……。)
リナは大嫌いなはずの幼馴染のことが、どうしても頭から離れないのだ。
あの顔に懐かしさを覚えるからか、苛立ちを覚えるからか。
道行く人が睨むような顔つきのリナを見て道を開けることにすら気がついていない様子だ。
「……ほんっと……最低な奴。あんなクズなんて……。あいつ……なんて……。」
再び無意識に歯を食いしばり、リナの口から吐き捨てるように漏れ出る言葉。
その言葉がどこかリナ自身に虚しく反響するようで。
纏わりつくような周囲の目線を、リナは振り切るように、どこか逃げるように。
眼の前に聳えるような黒い雨雲に向かい、冒険者ギルドへと歩む脚を速めた。
◆
冒険者ギルドの扉をリナは叩きつけるが如く押し開いて入る。
朝だがむわりとした汗の熱気と臭気がリナを包み込む。
バンと冒険者ギルドに鳴り響いた音に、ギルド内の冒険者は一斉にリナに視線を向けた。
朝の依頼を取るために冒険者が多く集う時間帯でありその視線の数は多い。
そんな視線を気にせず、リナは仏頂面ですたすたと待たせている仲間の元へ向かう。
リナの雰囲気に押されたのか、美人なはずのリナの周りには男性ですら寄ってこない。
冒険者ギルドで「勇者」のお手付きという認識が強い部分もあるのだろう。
だが、眉を潜めて苛ついた雰囲気は、「寄るな」と言わんばかりであった。
苛立ったようなリナは大量の依頼が貼り付けられたクエストボードの前で依頼を探し眺める、青いローブの背丈ほどの杖を抱えた少女と、弓を背負ったぴょこんと立ったツーサイドアップをした少女のもとに歩み寄る。
リナが近寄ったことに気が付いたのか、二人はくるりと振り返ってリナを見た。
「……待たせたわね、カレン、クオン。アイツに渡しといたわよ。」
面倒くさそうにため息をついたリナのとげとげしい言葉の真意を察してか、カレンとクオンの二人も眉を潜めた。
「……リナ、ごめんなさい。あの無能に手紙のお使いを頼んでしまって。」
「いいのよ。あたしがじゃんけんに負けたからだもの。……いつ会っても虫唾が走るわね、アイツ。」
「リナお姉ちゃん、お疲れ様なのです。……あの男はどう言っていたのですか?」
「「しっかり責任持って渡す」って言ってたわ。……女の子に囲まれて、鼻の下伸ばして言ってた奴のことだから全然信用できないわね。」
「そうですか。相変わらずのおめでたい頭の無能ですね。」
「そうなのです。あんな野郎の何処が良いのか全くわからないのです。」
リナの言葉に同調するように頷くカレンとため息を吐きながら顔を顰めたクオン。
だが、その言葉はどこか空虚に響く。
三人共にわかっているのだ。
学園の襲撃騒動で目の当たりにした、レクスの魔獣に立ち向かう姿は、三人の目を嫌でも灼いたのだから。
ただ、心の中に靄がかかったかのように、認めたくないと思ってしまうのだ。
何故かレクスのことを考えるとどこからか憎悪が湧き上がり、まるで害虫を扱うかのごとく拒んでしまう。
まるでそれが自然であるかのように、三人はそれを疑うこともない。
ただ、その明確な実力に、三人とも打ち据えられたのは明白な事実として刻まれていた。
そんな空気感を打ち壊すが如く、リナが顔を上げ、ぽつりと言葉を口にする。
「そういえば……リュウジは?」
リナがカレンの方を向くと、カレンは少し寂しげにため息を吐いた。
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