似たもの同士
「……ああ。あの二人は今日から四ヶ月ほどの長期依頼だ。……昨日の夜はちょっと疲れた。」
レクスの呟いた言葉に、クロウはコクンと頷く。
その顔はほんの僅かに疲れたような苦笑も浮かぶようだ。
すると、話していた女性たちの瞳が二人に気がついたのか一斉にクロウとレクスに注がれる。
クロウとレクスはそんな女性陣に向けて木の床をコンコンと音を立てて歩み寄った。
「お疲れ様。丁度これから出かける二人と話してたとこよ。」
チェリンが桜色の瞳をクロウとレクスに向ける。
するとシスター服の少女……ミーナが自身の青い海のような瞳を元気いっぱいといったふうに二人に向けた。
一方の魔女のような肉感的な女性……ミアリエルはその暗く黄色い虎目石のような瞳で妖しく二人を見つめ微笑んでいる。
もちろん二人ともクロウの妻だ。
「クロウおにーさん!レクスさん!わたしたちはこれから例の依頼に行ってくるのですよ!」
ミーナがにぱっと微笑み、元気よく右手を上げる。
たたたっとクロウに駆け寄り、そのまま勢いよくクロウに抱き着いた。
「うおっ!?ミーナ!?」
衝撃に声を上げるクロウとその勢いに目を丸くするレクス。ミーナは満面の笑みで、クロウの胸板にツインテールをぶんぶんと振りながら頭をこすりつける。
そんなミーナを、隣のミアリエルは仕方なさそうに苦笑し、目を細くしていた。
「あらあら、ミーナったら……クロウと四ヶ月会えないからって情熱的ねぇ。昨日散々愛を確かめ合ったじゃないの。」
「いいのですよ!クロウおにーさんと四ヶ月会えないのは年若き乙女にとって致命的なのですよ!たっぷり今のうちにクロウおにーさん成分を補給しておくんです。」
「まあ、気持ちはわからないこともないのだけどねぇ。……あら、レクスちゃんも顔が赤いわよ?」
「……ミアさんのせいじゃねぇか。あと、ちゃんづけはやめてくれよ……。恥ずかしいしよ…。」
レクスはばつが悪そうに少し染まった頬をミアから背ける。
「愛を確かめ合った」という言葉でほんの少し想像してしまったのは健全な男子たる所以だった。
そんなレクスに構わず、ミアリエルはクスクスと笑みを溢す。
「いいじゃない。わたしも「レクスちゃん」で呼び慣れているもの。レクスちゃんもカルティアちゃんやアオイちゃんと愛を確かめてあげるといいわよ?きっと喜んでくれるわ。」
「……まだ、そんな関係じゃねぇっての。誂わねぇでくれよ……ミアさん。」
頬を真っ赤に染めるレクスを面白いように見つめるミアリエル。
その右眦には妖艶な泣きぼくろが覗いていた。
「そこまでにしといやれよ、ミア。レクスが真っ赤だろうが。」
ミアリエルに対しクロウが嘆息を漏らしながら呟くと、ミアリエルはクロウへくるりと顔を向けた。
「うふふ。だってレクスちゃん、誂うと面白いんだもの。ごめんなさいね、レクスちゃん。」
二人に向けて、ミアリエルはぱちんと右眼でウィンクを決める。
その愉しそうな表情に毒気を抜かれ、クロウとレクスは揃ってため息を吐く場面を、ミアリエルは可笑しそうに眺めていた。
「そういや、そんな長期間の依頼なんて珍しいけどよ、ミーナとミアさんは何処へ行くんだ?」
首を上げて口を開くレクスに合わせ、ミーナはぴょんとクロウから離れ、レクスを向く。
「ミーナの故郷に行くのですよ!そこでちょっとだけ滞在したあと、戻ってくるのです!」
「ミーナの故郷?そんな遠いのか?」
首を傾げ不思議な顔をするレクスに、ミアリエルが口を挟む。
「ええ。グランドキングダムじゃないもの。隣の国ね。」
「グランドキングダムじゃねぇのか?隣ってぇと……?」
「アルカナ教国。そこがミーナの故郷だ。」
頭に思い浮かばない国名を補足するように、クロウが静かに口を重ねる。
アルカナ教国。
そこはグランドキングダムの隣に位置する国家であり、「女神ファノア」を祀神とする宗教の本拠地だ。
だが、レクスには特にピンときていない様子だった。
にこにこといつもレクスが見かけるように嬉しそうな笑みを浮かべるミーナ。
しかし、クロウの表情は笑っておらず、何処か神妙な様子でミーナとミアリエルを見つめている。
そこには、何か口を挟んではいけないような雰囲気があるように、レクスには思えてならなかった。
「……大丈夫よ、クロウ。ミーナだけじゃ不安だからわたしがついて行くのよ。」
「そうなのです!ミアがいれば大丈夫なのですよ!」
そんな神妙な眼に、ミアリエルは優しく微笑み、ミーナはにこにこと歯を出して笑う。
そんな二人の表情に、クロウはつられたのか仕方なさそうに口元を上げた。
「……そうだな。……ミーナの面倒を見てやってくれよ、ミア。とびきり煩いだろうけどな。」
「ええ、わかってるわ。いつものことだもの。」
「あー!いいましたね、クロウおにーさん!ミーナがうるさいって!……いーです!ミアとクロウおにーさんの悪口いっぱい言ってやりますからね!」
ぷくっと頬を膨らませ、少し拗ねたように顔を背けるミーナに、クロウとミアリエルはくすりと小さく微笑みを浮かべていた。
そんな会話の後、ミアリエルとミーナは並び立つと、くるりと踵を返してドアへと向かう。
ドアの前に立つと、二人は顔だけをクロウに向けて口を開いた。
「クロウおにーさん、ミーナがいないからってハメを外しすぎないでくださいね!大きな怪我しちゃダメですよ!レクスさんも!」
「行ってくるわ、クロウ。お守りは任せてね。……帰ったら、ミーナとたっぷり愛してもらうから。レクスちゃんも、帰ったらいっぱい誂ったげる。ふふふ。」
「ああ、気をつけてな。ミーナもミアも。」
「ミーナ、ミアさんも気をつけて!……俺が誂われんのは確定かよ。」
二人に手を振り返すと、ミーナとミアリエルはにこやかに微笑みを浮かべながら手を振ってドアから出ていく。
がちゃんとドアが閉まる音と同時に、レクスはクロウに顔を向けた。
「……クロウ師匠。ミーナに何があったんだ?」
クロウの中に見えた一瞬のただならぬ雰囲気。
レクスはそれが気になっていたのだ。
「……ミーナは、ああ見えて誰よりも寂しがり屋で、誰よりも優しいってことだ。……それより良いのか?師匠が依頼あるって言ってたのを聞くんじゃなかったのか?」
「いっけね。……話してて忘れるとこだった。チェリンさん!上に婆さんはいるか?」
「ええ。おばあちゃんならギルドマスターの部屋よ。いってらっしゃい。」
クロウに促され、レクスがチェリンに尋ねると、チェリンはこくんと笑顔で頷いた。
その仕草を見て、レクスはクロウへと向き直り、声をかけた。
「クロウ師匠。俺は婆さんのとこ行ってくる。」
「ああ。師匠もレクスと話したがってたし、丁度いいだろ。行ってきな。」
クロウが親指で螺旋階段を指し示すと、レクスは駆け足で螺旋階段へと向かっていく。
硬い木の音から螺旋階段の金属音へと移り変わり、レクスはカンカンと勢いよく音を立てて登る姿を、クロウは胸をなで下ろしながら見つめていた。
レクスをはぐらかすようにクロウが話題を変えたことに、レクスは気がついていなかったのだ。
そんなクロウを、カウンターの奥からチェリンがにっと笑みを浮かべながら見つめる。
「……クロウ、あんた心配しすぎよ。……レクスには教えてもいいんじゃないの?ミーナのこと。」
「チェリン。……別にレクスを信用してない訳じゃない。ただ、どう言えばいいのか迷ってるんだ。歪なスキルを持つミーナを、俺は守るって決めたんだからな。」
そう言い放つクロウを見て、手を口に当てながらチェリンはクスクスと声を漏らす。
そんなチェリンを少しむっとした様子でクロウは視線を返した。
「……何が可笑しいんだよ、チェリン。」
「別にぃ。ただ、弟子とそっくりって思っただけよ。心配症なとこも含めてね。」
「……悪いかよ。」
「悪くはないわよ。むしろあんたの魅力よ。……この前、学園の襲撃があったときもクロウはアタシをすごく心配してくれてたものね。……離さないってくらいだったじゃない。あんた。」
してやったりというような表情のチェリンに、クロウの顔はかぁっと紅く染まる。
事実、学園の襲撃から帰ったチェリンを、クロウは「無事でよかった」と呟きながら、しばらく紅い顔でじたばたともがくチェリンを抱きしめて、離さなかったということがあったのだから。
クロウはそのときのことを思い出したのか、ばつが悪そうにそっぽを向いて、ぽりぽりと頬を掻く。
その仕草がレクスにそっくりに見えたのか、チェリンは再びくすりと口角を上げた。
「……そんなに心配なら、今日はアタシをたっぷり愛しなさいよね。昨日はあの二人に譲ってあげたんだから。いいわね?ご主人様。」
「……ああ、わかった。……今日も寝れねえかな。」
頬を染め、機嫌良さそうに眼を細めるチェリン。
クロウは苦々しく苦笑しながらも、コクリと頷いた。
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