珍しい二人
女子会の翌日、傭兵ギルドの修練場において、乾いた木剣のかち合う音が響いていた。
カンカンと乾いた音を出しながら戦うのは、二人の男性。
「らぁっ!」
一人は橙の髪をふわりと揺らしながら、紅い眼で相手を見据えると相手の胴を目掛けて横薙ぎに振り抜く。
しかし、相手の男性もそれを見切っていたかのように短剣を模した木剣をその剣筋に置き、赤い双眸で剣先を見ながら、にぃと口元を上げた。
カンと鳴る乾いた音に合わせ、短剣のような木剣を上に振り抜く。
剣を上に弾いたことを確認すると、黒髪の男性はすぐに脚を振り上げて、橙の髪をした男性の頸を狙った。
橙の髪をした男性は少し苦々しいように一瞬「ちっ」と舌を鳴らすが、その蹴撃に合わせるように脚を振り上げた。
がんと足首がぶつかり合い、痛みに顔を僅かに顰めた橙髪の男性。
すぐに脚を戻すように後ろ宙返りを踏み込み、黒髪の男性から距離を取った。
黒髪の男性も脚を下ろすと短剣を両手に構える。
「……その程度か?来いよ……レクス。」
黒髪の男性……クロウが愉しげに見つめながら呟く。
「……言われなくても行くっての。クロウ師匠。」
橙髪の男性……レクスがぽたりと汗を首に滴らせ、剣先をクロウに向けて両手で木剣を構えた。
レクスにはすでに余裕は無いが、クロウの表情には余裕すら感じられるほどだ。
じりりと動けば制されそうな雰囲気が流れる修練場。
やはり先に動いたのはレクスだ。
ドンと砂地に脚を踏み込むと、その紅の眼でクロウを捉え、そのまま剣を振りかぶる。
風を切る木剣の軌道はクロウの胴に吸い込まれるように、鋭く差し込まれた。
だが、それも。
クロウの短木剣が絡みつくように受け止める。
カンという音とまるで大木を打ったような重さにレクスは一瞬口元を顰めた。
衝撃を受け止めた筈のクロウは受け止めた手の反対から短剣でレクスの首を狙う。
僅かな距離だが、頸を反らした。
皮一枚を挟み、薙いだ風が肌を撫でる。
咄嗟に後ろに飛ぶレクス。
しかし。
「!?」
レクスは目を見開く。
眼前に迫るは、振り上げた短剣を構えたクロウ。
レクスが後ろに下がると同時に、踏み込まれていた。
剣で守ろうにも間に合わない。
間合いに入られているからだ。
そして、ピタリと。
短剣はレクスの頸に押し当てられた。
「……俺の勝ちだ。レクス。」
「……はぁ、やっぱ強ぇよ。クロウ師匠。」
レクスは苦々しく顔を歪めながらも、口元はやりきったように僅かに笑っていた。
◆
二人は武器を仕舞うと、修練場からロビーへと続く階段に並んで歩いていく。
「レクス。さっきの剣は重くていい剣だ。だけど、もう少し動作の切り替えを早くできるようにするのが良いだろうな。」
「……もう少しだと思ったんだけどな……。クロウ師匠、汗一つかいてねぇじゃねぇか。」
「まだレクス相手に負けるわけにはいかないからな。入ったときと比べて、レクスもずっと強くなってる。……俺を越えるのは、当分先だろうけどな。越えさせる気もないが。」
「……クロウ師匠、負けず嫌いすぎるだろ。」
「そうじゃないと傭兵は務まらない。俺が手加減したって、レクスには何の得にもならないだろ?」
「……よく言うけどよ。……クロウ師匠の本気を引き出せねぇのはちょっと悔しいっての。」
はぁと僅かに肩を落とし、ため息を吐きながら歩くレクスを、クロウは満足そうににやけて見つめていた。
二人はゆっくりといつもの螺旋階段に辿りつくと、コンコンと金属音を立てて登り始める。
すると、クロウがレクスにちらりと顔を向けた。
「そういえばレクス。確か、数日間は帰省するんだっけか。……いつからだ?」
「ああ、クロウ師匠。とりあえず明後日を思ってるけどよ。……馬車がつかまらねぇんだ。」
クロウの質問に、レクスは少し俯く。
レクスの故郷であるアルス村に帰るためには徒歩よりも馬車が良いと思っていたのだ。
事実、徒歩だと王立学園の試験にギリギリ間に合うくらいの時間だと父親のレッドにも言われていたのを、レクスは覚えていた。
魔獣が蔓延っている可能性もあり、いちいち相手をしているのも面倒で、時間も食ってしまうことは目に見えている。
「……とりあえず夏には一時でも帰るって言ってたんだけどよ。どうしようかと思ってんだ。」
「なるほどな。……ん?レクス。そういや師匠からレクス宛の指名依頼を預かったってさっき聞いたんだが……?」
「え?そうなのか?……後で婆さんに聞くか。帰省とかち合うかも知んねぇし。」
クロウの言葉を不思議に思い、レクスは首を傾げる。
(指名依頼……?ってえとカティからか?……でもカティが俺に頼むなら俺に先に言ってきそうなもんだけどな……?)
実際レクスは指名依頼を受けているのだが、それはほぼ形骸化した「カルティアの護衛」だけだ。
レクスのハーレムメンバーと自ら豪語するカルティアがレクスに頼み事をするなら、傭兵ギルドを通さず、レクスに直接頼めばいいだけの話なのだから。
そうやって顎に手をあてて考えながらロビーへ戻ると、そこにいたのはカウンターに座るいつものチェリン。
そしてあと二人、レクスにとっては珍しい人物が立っていた。
二人は楽しげに笑みを浮かべ、カウンター越しにチェリンと何やら話しているようだった。
一人は流れるような金髪のツインテールをした、小柄で黒いシスター服を纏った少女。
もう一人は背が高く、紫のくたびれたとんがり帽子を被り、長くウェーブがかった濃い紫色の髪を縦ロールに巻いた美女だ。
その服装は革のベストにへそ出しで、黒いミニスカートはその肉感的な太腿をバッチリと曝け出していた。
チェリンに妖しく微笑むその姿は、”魔女”と形容してもいいだろう。
しかしその背中には、雰囲気とは対照的な折りたたまれた白い鳥のような翼。
超希少種族である天使族の証だ。
シスターの少女はかなり胸が大きいのだが、魔女っぽい女性はさらに二回りは大きく、押さえつける革のベストがパツパツに張っていた。
「あれ……ありゃ、ミーナとミアさんじゃねぇか?」
お読みいただき、ありがとうございます。




