月のみぞ知る
目線を彷徨わせ、指をいじいじと触りながら放ったマリエナの言葉に、その場の空気が凍りついた。
表情はにこやかなカルティアの額にはうっすらと青筋が浮き、アオイの目からは眼のハイライトが消えて俯く。
一方、その事実を知っているレインははぁと仕方なさそうにため息をついて、ジトッとした目をマリエナに向けていた。
わなわなとカップを掴む手を震わせたカルティアは、威圧感のある笑顔で口を開く。
「……どういうことですの?マリエナさん。わたくし、気が動転してしまいましたわ。」
「…マリエナの泥棒猫。…うちも口づけまでなのに。」
カルティアの威圧するような声に続き、アオイの静かだが怒気のこもった声。
そんな二人にぶんぶんと頭をふるいながらマリエナは言葉を返した。
「ち……違うよ!……その……「キス」だけだよ。……わたしが我慢できなくなっちゃって。……ね?レインちゃん?」
マリエナは涙目で助けを求めるように、レインに顔を向ける。
「……確かに、マリエナかいちょーはキスだけで吸精したと言ってたです。アーミア様もそうだと言ってましたです。……でも。」
「レ……レインちゃん?」
「レクス様とのキスを生徒会室でしたことは怒ってるです。……マリエナかいちょー、反省してほしいです。」
「……はい。ごめんなさい、レインちゃん。」
「あと……あちしもレクス様と劇場に連れて行ってほしいです。あの時、すごく羨ましいと思ったです。」
しょんぼりとした表情で俯くマリエナだが、そのときのキスを思い出したのか、マリエナの頬は紅く染まっていた。
「……まあ、「一日一回」のキスの制限はこのためですもの。……レクスさんは何もなかったのですわね?」
カルティアはため息を込めるように問いかけると、マリエナはこくんと頷く。
事実、このルールはマリエナの為にあるようなものとして、この女子会で決めたことだからだ。
「一日にレクスとキスしていいのは一人一回まで」としっかり明言し、カルティアたちはそれを守っているのだ。
アオイもカルティアもほっとしたように一息をついて胸を撫で下ろす中で、ぽつりとマリエナが呟く。
「わたし、吸精のあとに気持ちよくて気を失っちゃって。……あと、レクスくんって底なしだっておかあさんも言ってたし……。」
「ま、マリエナかいちょー…。そのお話は二人にしないほうがいいです。」
慌ててレインが声をかけるが、それを聞いていたカルティアとアオイの二人はよくわからないとばかりに首を傾げていた。
「レクスさんが……底なし?……どういうことかわかりませんわね。……魔力のことでしょうか……?」
「…レクスが底なしって……何が?…カルティアのいうように魔力のこと?」
不思議そうに首を捻る二人に、マリエナとレインは目を点にする。
二人がその言葉の真意を知らないことは、マリエナとレインにとって、火を見るより明らかだった。
「た、多分魔力のことだと思うよ。うん。」
「そ、そうです。アーミア様はその点を見ていると思うです。」
「……そうなのですね。レクスさんも魔力が多いからこそ、マリエナさんのお相手になれるということは理にかなっていますわね。」
「…そうなんだ。…やっぱりレクスって特別。」
納得したように頷く二人に、マリエナとレインはほっと一息を吐く。
事実、レクスの魔力も格段に多いため間違いではないのだが、アーミアが言う実際は「夜の生活」のことなのだとマリエナとレインは気がついていた。
すると、カルティアは優しく微笑みながらレインに目を向ける。
「レインさんはいかがでしたの?」
「あ、あちしは……すごく、楽しかったです。レクス様がお墓に一緒に参ってくれて……。お墓のパパとママにも挨拶してもらったです。……やっぱり、あちしもレクス様の隣にいたいと思ったです。」
レインは少し頬を染めながら、照れくさそうに顔を俯かせる。
そんなレインを目の当たりにして、三人の口元がほころんだ。
「…レクスならそうする。…うちも両親に会ってもらいたい。」
「わたくしもですわね。……今は少し難しいのですけれど。」
アオイとカルティアの二人がぽつんと声を揃えるように呟く。
アオイの両親は大和におり、おいそれと帰れるものでは無い。
カルティアにいたっては相手が国王だ。
すると、マリエナが「あれ……?」と首を傾げた。
「レクスくんって……実家に戻るのかな?学園生で遠くから来てる子は夏季休業中によく戻るんだけど。」
何気に口から出たマリエナの疑問。
はっとしたように一瞬の静寂が部屋を包む。
「一回は帰ると言ってたです。……あ、あちしはレクス様のお父様に会わせてくれるって約束があるです。一緒について行くです。」
静寂を破ったのはレインの淡々とした一言。
だが、その声からは何処か楽しみにしている雰囲気がにじみ出ているようだった。
「…なら、うちもついて行く。…大和は遠いから帰ろうにも帰れない。…お義父様とお義母様にご挨拶しないと。」
「わたしもおかあさんから「ご家族に会ってきなさい」とは言われてるし……。わたしもいけるかな……?」
「……わたくしも日程を調整してみますわ。「外遊」ということにできればいいですわね。」
レインの言葉を聞いた三人はぶつぶつと小さな声を出して少し真剣な表情で考え始める。
レクスの両親に会い、認められればハーレムのなかでも正妻に近づけるということは、全員の共通認識だったからだ。
レクスの帰郷に注意が向くなかでふと、レインが口を開く。
「……そういえば、カルティア様のデートはどうだったのです?」
「わたくしですか?……わたくしは…。」
カルティアは少し考えるような素振りをすると、「その時」のことを思い出し、頬を染めながらも少しにやけ顔を隠せないように微笑む。
「わたくしは……言質を取りましたわ。わたくしを「絶対離さない」と、そうおっしゃってくださいましたもの。」
惚気るようなカルティアに、その場のカルティア以外の全員にピシっと衝撃が走る。
「…どういうこと?…もっと話して。」
「カルティアちゃん!?ど、どういうことかな!?」
「……さすがカルティア様です。レクス様にそう言わせるなんて……策士です。」
三者三様の眼がカルティアに向けられる中、カルティアもニヤリと不敵に口元を上げる。
「……ええ。ふふふ……十分に話して差し上げますわ。」
カルティアを見つめる三人は、コクンと頷く。
その後、女子会は夜遅くまで続き、最終的には全員とデートした際のレクスの自慢と惚気合いになったことは、夜空に浮かぶ月だけが知っていた。
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