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まどろみの陽の下で

「ああ、さっき言ってたな。……ってカティが作ったのか!?」


 カルティアが料理を作っていたということに気づき、目を丸くしているレクスにカルティアはクスリと微笑みを浮かべた。


 バスケットを開いたその中に入っていたのは、耳を取って薄く切った柔らかいブレッドに、色とりどりの野菜と肉厚なパティが挟まった一品。


 ハンバーガーとサンドイッチを合わせたような、そんな料理だった。


 カルティアの料理を目にした瞬間に、レクスから「ぐぅ」と腹の虫が鳴く。


 そんな音が可笑しく思ったのか、カルティアはクスリと微笑み、レクスは恥ずかしさから顔を染めて目を背けた。


「あらあら、レクスさんもお腹が空いていたのですわね。嬉しいですわ。」


「……カティ、恥ずかしいから言わねぇでくれ。」


「うふふ。またレクスさんの新しい一面が見られましたわね。」


 口に手を当ててにこやかな表情を浮かべたカルティアは、バスケットからサンドイッチ風な料理を取り出すとレクスに手渡す。


「どうぞ、レクスさん。」


「あ、ああ。……ありがとな、カティ。」


 機嫌の良いカルティアから料理を受け取ると、レクスはすぐにパクリとかぶりついた。


 噛んだ瞬間にレタスのシャキシャキとした感触とトマトの甘酸っぱさ、パティの塩味と旨味、ドレッシングの辛さが口の中で調和する。


 レクスは目を少し見開きながら、咀嚼してゴクリと飲み込んだ。


「……うめぇ。」


 レクスの口から無意識に言葉が漏れ出る。


 その言葉を耳にしたカルティアは嬉しそうに眦を下げた。


「レクスさんに気に入っていただけてなによりですわ。」


「カティ……うめぇよこれ。カティって料理が出来たのか。」


「ええ。お母様に教えて貰いましたもの。お母様は言っておられましたわ。「料理をするときは、食べてくれる人の顔を浮かべて愛情を込めなさい」と。レクスさんの顔を思い浮かべて作りましたわ。」


「……ありがとう。嬉しいよ、カティ。」


 少し頬を染めて話すカルティアに、レクスも気恥ずかしくなり頬を染める。


 紛らわすようにもう一口齧る。


 偶然か、はたまた必然か。


 その味はレクスには非常にちょうどよい味付けだった。


 食べ進める手を止めないレクスを嬉しそうに見つめながらカルティアもサンドイッチ風の料理を手に取ると、ぱくっと小さく齧る。


「……今日もうまくできましたわね。」


「本当に美味ぇよ。頑張ったな、カティ。」


「別に凝ったものを作った訳ではありませんわ。……でも、レクスさんに褒められるのは嬉しいですわね。」


 うふふと玉を転がすような表情がやはりレクスの琴線に触れ、頬の熱を涼風に当てるように空を仰ぐ。


 すると、レクスの肩にさらりとした感触とずんとした重さがかかった。


 ふと横目を向ければ、カルティアが頭をレクスの肩にこてんと乗せ、気持ち良さそうに笑みを溢している。


「風が心地いいですわね……。」


「……そうだな。……カティ、俺の匂いとか良いのか?割と汗とかかいてるんだけどよ……?」


「全然問題ありませんわ。……すごく安心できて、気持ちの良い香りですわよ。こうしていると……落ち着きますわね。」


「そっか。……なら、仕方ねぇか。」


「ええ。仕方がありませんわ。」


 頬を緩めて苦笑するレクスに口元をほころばせるカルティア。


 波打つように揺れ動く草花からほのかに青い匂いが漂い、じんわりと照りつける陽射しは二人の頬を何処か紅く映し出す。


 静かに流れ行く時間の中で二人はゆっくりと口を動かしながら、食事を楽しんでいた。


 ◆


「ごちそうさまでした。……本当に美味かった。ありがとうな、カティ。」


「お粗末さまですわ。お口に合わなかったらどうしようかと思いましたもの。」


 目を細めて満足したようなカルティアを横目にレクスはごろりと後ろに寝転がる。


 気持ち良い薫風がレクスの頬を撫でるように吹き抜けると、つられたようにレクスはふああと大口を開けて欠伸をした。


(……最近遅くまで起きて作業やってたからな……眠ぃ……な……。)


 気持ちの良い天気とそよぐ風、食後の満腹感でレクスに眠気がやってきてしまっていた。


 昨日までの作業もあり、寝不足気味だったことも原因の一つになってしまったのもあるだろう。


 落ち行く瞼にレクスは再び欠伸を漏らし、眠気に目を閉じようとした時だった。


「あら、レクスさん。お疲れでしたの?」


「……疲れてる訳じゃねぇけどよ。ちょっと最近作業してて寝不足気味で。……悪ぃな。今日はせっかくのデートなのによ。」


 カルティアの声にレクスはぱっと目を開けると、寝転んだレクスを覗き込むように、カルティアは微笑みを落としていた。


「……カティ?」


「寝不足はいけませんわよ。……でも、レクスさんはいつも頑張っているのですもの。少しはお休みになるといいですわね。……そうですわ。」


 何かを思いついたようなカルティアは足を組み直すと、足を揃えて座り直す。


 いわゆる”正座”の姿勢になったカルティアはぽんぽんと自身の太腿を軽く叩いた。


「レクスさん。わたくしのお膝を貸しますわ。」


「い、いや、いいっての。……恥ずかしいしよ。」


 カルティアの提案にレクスは頬を染めてそっぽを向くが、次の瞬間。


 レクスの頭が持ち上げられ、ぽよんとした感触にレクスの頭が包み込まれた。


 カルティアがレクスの頭を、太腿の上に乗せたのだ。


「か、カティ……!?」


 レクスが目を開けると、カルティアの顔は見えない。


 カルティアの立派な双丘が、レクスの視界を遮り、ふにゅんとした柔らかい感触をレクスの頭に伝えていた。


 その事実にレクスは顔を完全に染める。


 しかし、一方のカルティアはレクスの頭を愛おしく眺め、頭を撫でさすっていた。


「うふふ。レクスさん。ゆっくりとお休みなさいな。……お疲れなのを無理していることは、身体に毒ですわよ。」


 大切なものを扱うようにレクスの頭を撫でさするカルティアのさらさらとした手の感触を、レクスはとても心地よく感じていた。


 それと同時に抗っていた眠気が、再びレクスに寄りかかる。


 全てが心地よく、レクスは抗えなかった。


「……本当に……悪ぃな、カティ。……少し、眠らせ……てくれ……。」


「ええ、お休みなさい。……レクスさん。」


 どうにかレクスが搾り出した言葉に、カルティアは天使のような優しい微笑みを返す。


 その一瞬あとには、すぅすぅと規則正しい寝息がカルティアの耳に聞こえてきていた。


 そんなレクスを愛おしく眺めながら、満足そうにカルティアはレクスの頭を撫で続ける。


「……相当、お疲れでしたのね。……こうしてよくみると、可愛らしい顔をしていますわね。ふふふ。」


 自身の胸の先から覗くレクスの顔に、カルティアはころころと笑みを溢した。


 そこにあったのは、年相応の少年の寝顔。


 カルティアが襲われた時や、この前の学園への襲撃など、いつも頼りになるレクスだが、このときばかりは普段の喧騒や戦闘からはかけ離れた、普通の男の子だとカルティアには思えてしまった。


「……いつも、ありがとうございますわ。……わたくしたちに必死に向き合ってくれて。わかっていますのよ、わたくしも。」


 レクスがカルティアやアオイ、マリエナやレインのことをいつも考え、向き合おうとしていることはカルティアには全てわかっていた。


 レクスの心は読めなくても、しっかりと伝わっていたのだ。


 ハーレムを作ると、男性が舞い上がってしまうことはよくあるものだとカルティアはそう思っていた。


 しかし、レクスは全員と向き合おうと努力しているのはアオイやマリエナ、レインの話でカルティアにはしっかりと伝わっている。


 胡座をかかず、自分なりにも精一杯なレクスの姿勢は、カルティアの選択を「間違っていない」と思わせるには十分だった。


 カルティアにとってレクスはかけがえのない、大切な愛しいひとであることに間違いはないのだから。

 だからせめて、今だけは。


 他のことを全て忘れ、自分だけに身を任せてほしいという傲慢な思い。


 抱きしめて欲しい、愛を囁いて欲しい、……隣にいて欲しいと。


 その思いはレクスにしか抱くことはないと、カルティアは自覚していた。


「……本当に、わたくしがここまで惚れ込むことはありませんのよ?……わたくし自身、吃驚しているのですけれど。」


 カルティアの思いをよそに、レクスは幸せそうな寝顔をカルティアに向けていた。


 そんなレクスを愛おしく、幸せそうに見つめるカルティア。


「……カティ……ぜってぇ……離さねぇ……。」


 レクスがもぞりと身じろぎしながら放った寝言に、カルティアはドキリとして頬を染める。


 仕方なさそうに眉を下げ、しかし幸せそうにカルティアは笑みを溢した。


「どんな夢を見ているのか気になりますわね……わたくしも、あなたを離しませんわ。」


 穏やかに風に靡く草の音だけが、カルティアの言葉を聞いていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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