つたえたいから
「ええ、わかりましたわ。……リナさんたちのことですわね。」
カルティアの言葉に、レクスは首をゆっくりと縦に振る。
カルティアの手のほのかな熱を感じながら、レクスはぽつりぽつりと言葉を口に出した。
「ああ。リナとカレン、クオンのことだ。……俺は、あいつらと一緒に育った。幼い頃から何をするにもずっと一緒だったよ。……初恋も、な。」
「はい。知っていますわ。……少し、嫉妬してしまいますわね。」
口元を僅かに歪ませ苦笑するカルティアに、レクスは”はぁ”とため息を溢し、言葉を続けた。
「だから、嫌われた時はすげぇ落ち込んだよ。俺が何をしたって思った。俺のことをそんなに嫌いなら、なんでもっと早く言わねぇんだ……なんで、俺なんかと一緒にいたんだってよ。……もう、あいつらとは関わりたくねぇって思った瞬間すらあった。」
レクスの言葉にだんだんと力が籠もる。
カルティアはそんなレクスの言葉を、目を伏せてただただ静かに頷きながら聞いていた。
すると、レクスはふっと一呼吸をはさみ、空を仰いだ。
気持ちの良いほど蒼く澄んだ空には、ぷかりぷかりと小さな雲が泳いでいる。
その空は、アルス村で見たものと同じだと。
何処で見上げようとその青さは変わらないように、レクスには思えた。
「でも……いろいろ考えてはみたけど、俺はどうやっても、あいつらを憎むことも、恨むことも、嫌いになることもできねぇんだ。だから、俺はあいつらと話がしてぇ。……リュウジの野郎が心を操ってるって言うなら、それを解いて、真正面から伝えてぇと思ってることがあんだ。」
「……愛の告白……ですの?」
おそるおそると言ったように言葉を口にしたカルティアは、僅かに怯えたように瞳を震わせながらレクスを見つめ返す。
しかしカルティアの予想とは異なり、レクスは首を横に振った。
予想と異なる反応に、カルティアは「えっ……?」と目を少し見開く。
「いいや……あいつらに伝えるのは、”感謝”だ。俺は、あいつらに助けられたことが沢山あるんだ。……俺なんかについててくれて、ありがとうってよ。…もちろん、今も好きな気持ちはあるし、それも伝えるけどよ。結局、あいつらが幸せならそれでいいんだ。あいつらにかかる火の粉は取り去った上で、感謝を伝えること。……それが俺自身のけりの付け方だ。」
レクスはカルティアの方に頭を動かすと、真紅の瞳にカルティアの眼を映す。
レクスの髪がわずかに風に揺れ動くが、その眼差しは全くぶれていない。
そんなレクスに、カルティアはふぅと小さく鼻でため息を吐きながら、クスリと笑みを溢した。
「……変わりませんわね。レクスさんは。……そんな愚直なレクスさんだからこそ、わたくしはお慕いしているのですけれど。」
「愚直って……馬鹿にしてるように聞こえんだけど……。」
「いいえ。……それが魅力ですもの。いい意味ですわよ?」
ぱちりとウィンクを挟んで眦を下げたカルティアの一言に、レクスはわずかにそっぽを向くように視線を彷徨わせ、顔を染める。
やはりレクスは異性から好意をストレートに言われることに慣れていないのだ。
そんなレクスを目の当たりにして、カルティアは一瞬可笑しそうに目を細めるが、すぐに何処か憂いを含んだ眼差しをレクスに向けた。
「……レクスさん。わたくしは、あなたに伝えておかないとならないことがありますわ。……リナさんたちのことです。」
「……リナたちの?……ああ。聞かせてくれ。」
カルティアの見せた表情に、レクスはコクンと黙って頷く。
「……リナさんたちは、間違いなく心を操られていましたわ。……リュウジへの好意が、”空っぽ”でしたもの。」
その言葉に、レクスはカルティアがリナたちに「読心」を使ったのだと思い至る。
だがレクスは批難もすることなく、黙ってカルティアの言葉を待った。
「……解く方法は、一切わかりませんわ。そもそもが個人の「スキル」ですもの。おそらく、あの方が解こうと思わない限りは解けませんわね……。」
「……そうかよ。どのみち難しい道なもんだ。一筋縄じゃいかねぇってことは、カティから聞いた時点でわかってたことだしよ。」
はぁと難しい顔をしながら目を伏せ肩を竦めるレクスに、カルティアも力なく目を伏せた。
「レクスさんは、それでもあの方たちを救いたいと思いますの?」
カルティアがぽつんと尋ねた言葉。
レクスは考える時間すらもなく「ああ」と頷いた。
レクスの頭の中には、あの三人が幸せそうに笑っていたときの光景が浮かんでいるから。
「あいつらが操られてるならどうにか解きてぇ。あいつらが泣いているところも、苦しんでるところも、俺は見たかねぇ。……俺が本当に嫌われてても、あいつら自身が自分の意思で決めた道を行って欲しいって思ってんだ。」
レクス自身、幼馴染と義妹の歩む道を阻むつもりは毛頭ない。
小さく口元を上げ、レクスはカルティアに微笑む。
そんなレクスにカルティアは一瞬目を点にするも、すぐに柔らかく目元を下げた。
「……それでも、変わりませんのね。」
「ああ。カティや他の皆に幻滅されようと、それだけは俺なりのけじめだ。だから……。」
「ええ、わかっていますわよ。皆さん。……そういうレクスさんを、わたくしたちは好きになったのですから。……まっすぐで、どんなことにも手を伸ばせるのがあなたというお人ですもの。」
「……カティ。迷惑かけてすまねぇな。」
「謝罪はいりませんわ。わたくしたちの想いを受け止めて欲しいだけですもの。……希望を見せた責任は重いんですのよ?」
「……やっぱりカティに敵う気がしねぇな。……ありがとな、カティ。」
小さく笑うカルティアに、レクスも微笑みながら頭を下げると、再び羊雲が泳ぐ気持ちの良い空を見上げる。
群れた羊たちがゆったりとした歩みで空を闊歩している光景に、レクスはどことなく時間を忘れそうになっていた。
その横で、カルティアはおもむろにバスケットを持ち上げて膝の上に置く。
「レクスさん。お昼にしましょう。わたくしが料理を用意しましたの。」
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