かたくなに誓って
「カティも?」
カルティアの呟いた意外な答えに、レクスは目を少し拡げた。
そんなレクスに、カルティアは小さく頷く。
「ええ。わたくしが見えていた世界は、ずっと白黒の世界でしたわ。何が嘘で、何が本当か。ただ、それだけを見ていましたもの。」
「カティ……。」
「わたくし自身、わたくしを恨めしく思ったことすらありましたわ。どうしてこんなスキルを持ったのか、どうしてわたくしだけこんなに辛い思いをしなければならないのか……と。……本当に、世界を恨んでいたと言っても良いかもしれませんわね。」
カルティアのスキルは「読心」。
その手が触れた人物の心、関連する記憶を読むスキル。
その能力の苦悩はレクスもカルティアから聞いており、なぜかそのスキルはレクスには効かないということもカルティアの口から明かされていた。
そんなカルティアは少し辛そうに苦笑するも、レクスの目をまっすぐに見つめて、声を重ねた。
「でも……最近は事情が変わりましたわ。毎日が楽しいと思うようになりましたの。まるで、日々に鮮やかな色がついたみたいに。……今まで、こんなふうに思ったことはありませんでしたのよ?」
カルティアはころころと玉のように微笑み、頬を染める。
そんなカルティアに対し、レクスは優しげにため息をついて首を横に振った。
「……前も言ったけどよ。そりゃカティが頑張った結果だ。皆がカティを受け入れてくれたってことだろ。」
「そうではありませんわ。わたくしが今、そう感じられることは、全てレクスさんのおかげですもの。あなたがわたくしの心も、わたくしの命も救ってくださったのです。……ですから、レクスさんがわたくしの世界に色をつけたのですわ。」
「買いかぶりすぎだっての。俺は…「いいえ。」……え?」
レクスの言葉は首を即座に横に降ったカルティアによって否定される。
カルティアは母親のような優しい目線をレクスに向けていた。
しかしそのアイスブルーの瞳の奥には、熱いものがレクスには見えた気がしていた。
「レクスさんを買いかぶっているわけではありませんわ。だって……わたくしが買いかぶっているだけなら、アオイさんやマリエナさん、レインさんもレクスさんに愛されたいと願う筈がありませんもの。」
「そうなのか?カティの言う事を疑う訳じゃねぇけどよ。……俺は、不安なんだ。」
レクスがぽつりと溢した言葉に、カルティアは少し目を丸くしてレクスを見つめる。
レクスの表情は僅かに暗く、カルティアを見つめ返しながら、「ふぅ」とため息をついた。
ざわざわと擦れる草花の音が一瞬の静寂のなかではっきりと存在感を示している。
少し溜めたのち、レクスは口を開いた。
「……皆が俺のことを好きって言ってくれてるのは嬉しいし、だからこそ俺が守らなきゃいけねぇって思ってる。……でもよ。だからこそ不安なんだ。皆が俺のことを見限っちまうなんてことが無いかってよ。……あいつらみたいにな。」
レクスの脳裏にあるのは、二人の幼馴染と義妹に散々罵られ、嫌われたという経験。
その記憶はだいぶ瘉えたといえど、レクスに深く刺さり込んでいることには変わりない。
カルティアやアオイ、マリエナにレインと深く関わるたびに、その不安は少しではあるが首をもたげてくるのだ。
カルティアはレクスの話を、俯きながら聞いていた。
「軟弱と笑われるかもしれねぇ。でも、いつもその思いは俺の中にあんだ。……皆に離れられたら、俺も立ち直れねぇかもしれねぇから……。」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください!」
「……カティ?」
声を荒げたカルティアに、レクスは目を見開く。
カルティアがレクスに向かって顔を上げると、そこにあったのは真剣な眼差し。
その眦には、僅かに涙が溜まっているようにも見えた。
「……それは、当然のことですわ。誰かが自分から離れて行くかもしれないという恐怖心は、わたくし自身、痛いほどわかりますもの。だから、レクスさんのその思いはごくごく当たり前の思いですわ。軟弱なんて、言える訳もありません。」
「カティ……。」
カルティアの真剣な眼差しにレクスははっと思い出したようにカルティアの目線を受け止めた。
カルティアも、同じなのだと。同じだったのだと。
はっとしたレクスに、カルティアは柔らかく笑みを浮かべる。
「わたくしもずっとそう怖がって生きてきましたもの。……「読心」を持つわたくしを怖がって、去っていく人はどうしようもありませんわ。それに……わたくしは、そんなあなたに救われたのです。完璧でない、普通の人間であるレクスさんに。それは、アオイさんも、マリエナさんも、レインさんも同じですわ。」
「……でも、こんな俺からは皆離れてくんじゃねぇかって……」
「いいではありませんの。不安のない人なんていませんわよ。わたくしたちは、レクスさんが「強いから」ハーレムを作った訳ではありませんわ。……レクスさんに救われて、「愛したい」と思ったからですの。それは、皆同じですわよ。だから……わたくしたちの誓いはちょっとやそっとでは揺らぎませんわ。」
力強い言葉で頷くカルティアのプラチナブロンドが、涼風にふわりと靡く。
その言葉を聞いて。その目を見て。
レクスは一度目を瞑り、ふぅと小さく息を吐く。
(……不安のねぇ奴なんていねぇ……か。)
目を開けたレクスは、力強く視線を返して、口元を上げた。
「……ありがとうな、カティ。目が覚めた。怖がったってしょうがねぇよな。」
「当然のことをしたまでですわ。旦那様を立ち直らせるのも、妻の役目ですもの。」
自信を持ち直した表情を浮かべたレクスに、カルティアはふんすと息を吐くと、艶っぽい眼でレクスを見つめた。
そんなカルティアの言葉にレクスは頬を染め、人差し指で照れくさそうに掻く。
「まだ……そうなるとは決まった訳じゃねぇだろ。」
「あら?レクスさんですもの。ほぼ答えは決まっていらっしゃると思いますけれど?」
「……カティ、やっぱり俺の心読んでねぇか?」
「いいえ、読めませんわよ?……レクスさんがわかりやすいだけですわ。うふふ。」
ころころと目を細めて笑うカルティアに、レクスはバツの悪い表情をしながらも、やはり頬は染まっている。
レクスの答えなど、既に決まりきっているからだ。
熱くなった頬を撫でるそよ風を心地よく感じつつ、レクスはぽつりと呟く。
「……カティ、あいつらのことなんだがよ。少し、聞いてくれねぇか?」
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