気に入った場所
マリエナのデートから僅かに日にちが経った或る日。
レクスは朝早くから起きて机に向かい、その上で何かを一心不乱に動かしていた。
その視線の先は全くぶれる事なく、ただ一点をじぃっと凝視しながら繊細な動きでそれを動かす。
レクスにとっては長年やってきたことではあるのだが、これに於いては失敗は許されざることだ。
一箇所の失敗が命取りになる細やかな作業を続け、満足のいくところまで仕上げると、その小物をこんと机の上に優しく置いた。
額に書いた汗を拭うように額を腕で拭うと、「ふぅ」と深いため息をついた。
「……こんなもんでいいか。別に今日渡すもんでもねぇしよ。」
ほぼ完成した机の上の力作をレクスは満足そうにニヤニヤと笑う。
レクスは納得のいったようにうんと頷き、時間を知ろうとしてポケットから魔導時計を取り出す。
時計の蓋をぱかっと開けた直後、レクスは目を見張った。
時計の短針は9時よりもほんの僅かに前で、長針は五十三分前後の場所を指し示している。
時刻を見た瞬間、レクスの頬をたらりと冷や汗が伝った。
「いけねぇ!このままだとカティを怒らせちまう!」
レクスは慌ててその四つの小物を掴み上げると、机の引き出しを開けてしまい込む。
椅子から立ち上がりぐるりと部屋を見渡すが、同室のアランはいない。
どうやら既に出かけていたらしいが、レクスは集中していたあまり気が付かなかったらしい。
レクスは急いで支度をしようとクローゼットに向かう。
そのついでにカーテンを開けると、射し込んでくるのは照りつけるような陽射し。
レクスの瞳に映し出された光景はどこまでも広がる青い空ともくもくと聳えるように立ち浮かんだ白い入道雲。
外出するには絶好の天気模様だ。
暑くも心地よい陽射しに目を細めつつ、レクスは自身のクローゼットをゆっくりと開く。
今日はカルティアとのデートの日。
カルティアが提案したデート先には、この天気はぴったりだった。
◆
「全く……遅いですわよ。レクスさん。淑女を待たせるのは、紳士としていただけませんわね。」
「悪ぃ……。忘れてた訳じゃねぇんだ。」
女子寮の前で待っていたカルティアは少しだけむすっと頬を膨らませ、レクスを出迎える。
その服装は水色で半袖のフリルシャツに、外出するときはいつも着ている薄手のカーディガン。
下は深い紺色のロングスカートが風に波打つ。
レクスが申し訳なさそうに目を逸らしつつ謝罪の言葉を口に出すと、その様子にカルティアはクスリと目を細めて微笑んだ。
「うふふ。冗談ですわ。レクスさんが約束をお忘れになることはないと信じていますもの。」
「……誂わねぇでくれよ、カティ。吃驚しちまうからよ。」
ため息を吐きながら安堵して形を下ろすレクスに、カルティアは自然とレクスの腕をその胸に抱いた。
その豊満なむにゅんとした感触はマリエナには少しだけ劣るものの、レクスを惑わすには十分すぎるほどの凶器だ。
唐突なカルティアの行動に、レクスは頬を染めて眼を見開く。
「いっ……!?カティ?」
「でも、やはり淑女を待たせたのは許されませんわよ?……今日は久しぶりにレクスさんと二人きりですもの。今日は、わたくしだけを見てもらいますわね。」
「……たはは。……敵わねぇな、カティにはよ。」
上品に微笑むカルティアに、レクスは仕方なさそうに軽い笑みを返す。
そうしてレクスはカルティアに腕を抱かれたまま足を前に出し歩き始めた。
石畳の硬い感触に歩きにくくないかとレクスはカルティアにちらりと眼を向けるが、カルティアは全く問題ないようにレクスの腕を微笑んで抱いていた。
カルティアが歩くたびにむにゅむにゅと形を変える女性の膨らみにレクスは顔を赤らめてたじろきながら歩いていた。
校門を抜けると人通りの多い街道に出た二人だが、道行く人々はちろちろとレクスとカルティアに目線を向ける。
二人とも美男美女であり、カルティアがレクスにべったりなのだ。
「わたくしのもの」といわんばかりにレクスの腕を抱え込むカルティアを、道行く人はこの国の第三王女だと思う人は一人もいないだろう。
レクスに向けられた魅力的な優しい微笑みは、「冷淡な王女」のイメージとはかけ離れすぎているからだ。
そんな機嫌の良いカルティアを見て、レクスも小さく微笑みを溢す。
二ヶ月前までは誰も寄せ付けない雰囲気を纏い、何処か寂しそうな背中を見せていた少女が、今はこうして楽しそうに笑っていること。
それがレクスには嬉しかったのだ。
そうやって二人で歩く最中、レクスはふと思い立ち声を上げる。
「……そういやカティ。今日はなんでデートが何もない丘なんだ?もっと行きたいところがあったんじゃねぇのか?」
レクスが尋ねると、カルティアは微笑みながら首を横に振るう。
「いいえ。今日のデートはここに行こうと決めておりましたもの。わたくしは王都なら行きなれているところもありますわ。そうではなく、レクスさんと行きたい場所があったからですわね。」
「……そうなのか?カティが楽しければ俺はそれでいいんだがよ……。」
「ええ。以前、レクスさんはわたくしにお気に入りの場所を教えていただきましたもの。……そのお返しですわね。わたくしの気に入っている場所に、わたくしはレクスさんと一緒に行きたかったのですわ。」
「……そうか。じゃ……俺も楽しみにしとかねぇとな。……道案内は頼むぞ、カティ。」
「わかりましたわ。レクスさんと一緒なら何処でも嬉しいのですけれど、あの場所だけは格別ですもの。……きっと、驚かれると思いますわよ。」
いたずらっぽく笑うカルティアに、レクスもつられて眼を細める。
道行く人の視線などお構い無しに、暑い陽射しが照らす中で、レクスとカルティアの影は一つに重なって伸びていた。
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