開演
「え?マリエナ会長はこの演劇の元になった絵本が好きだったんですか!?」
カリーナは目を丸くしてレクスとアランを挟んでマリエナを見つめる。
マリエナはわくわくとした笑顔でこくんと頷いた。
「うん。そうなの。今日の公演をすごく楽しみにしてたんだから!」
「あははー!そーなのかー!エミリーは全く知らないのだ。」
「エミリーちゃんも気に入ると思うよ。王子様がね、すごくかっこいいの!」
マリエナとエミリー、カリーナの三人はきゃいきゃいと姦しく話す一方、その光景を苦笑い混じりで座りながら聞いているのは、レクスとアランの二人だ。
少し気まずそうにしているアランに、レクスは静かに声をかける。
「……悪ぃな。なんか邪魔したみたいになってよ。」
「……別にレクスくんのせいではないさ。まあ、少し恥ずかしさはあるけどね。……それにしても。」
アランはちらりとレクス越しに話しているマリエナに目を向けると、すぐにレクスに目を戻した。
「クライツベルン会長とレクスくんがそんな仲とはね。……いつからだい?」
「まあ入学の後からマリエナには世話にはなってるけどよ……。出かけるようになったのは先月からだ。……それに、まだマリエナと俺は恋人じゃねぇよ。」
「……!?そうなのかい?……そうか、サキュバスの魔眼があるから……。」
一人納得したようなアランに、レクスは静かに首を振った。
「いいや。魔眼は関係ねぇ。俺は何故か魔眼が効かねぇらしいしよ。……恋人じゃねぇのは、俺自身の問題だ。やらなきゃいけねぇことが……あるからよ。」
レクスはいまだに幼馴染たちときちんと話すことができていない。
どうにかしなければならないと思っているのだが、リュウジの「スキル」のこともあり、なかなかきっかけを掴めないでいたのだから。
それを解決しなければ、レクスは四人の好意を受け入れることができないと思っていた。
自虐するように遠い目をするレクスに、アランは困ったように微笑む。
「……レクスくん。君はすごいな。いつも僕の想像を超えてくる。」
「……何だよアラン。嫌味か?」
ジトッとした目を横目に向けるレクスに、アランは肩を竦めて首を横に振る。
「いいや。褒めてるのさ。……カルティア様と友人になったと思えば王都の奴隷事件を解決、さらには学園の襲撃も抑え込んで、挙句の果てには魔眼まで効かない。……僕は本当に、すごい人と友人になったものだと思ってね。」
「俺としちゃ、やれることをやっただけだ。カティは寂しそうだったからだし、他は俺がしなきゃならねぇことだっただけだ。……魔眼のことはよくわかんねぇがよ。」
「それができることがすごいのさ。僕は貴族でも異端な方だから、いろいろ見て育ってきたけど、君は規格外といえるだろうね。君のやったことを同じようにできる人間はそうそういない。……いてたまるかとも思うけどね。そんな君が友人で、僕は誇りに思うよ。」
そう言ってアランはフッと笑う。
アランの言葉にふぅとため息を吐くと、レクスも小さく笑みを返した。
「俺としちゃ、アランに礼が言いてぇくらいだがよ。」
「……僕にかい?」
きょとんとした顔のアランに、レクスはぽつりと言葉を重ねた。
「アランと友達になってなけりゃ、俺はあのクラスの中で一人だったかもしれねぇ。……それに世間知らずな俺にマナーまで教えてくれたんだ。感謝しかねぇよ。」
「……レクスくん。フッ、君にそこまで言われるとはね。……君がやらなきゃいけないこと……か。あれだけのことをやってる君が言うんだ。相当のことなんだろうね。」
「……そんな大それたことじゃねぇよ。ただ……。」
「ただ?」
「俺にとっちゃ大切なこった。……どうしてもな。」
レクスは再び遠い目を浮かべ、舞台に目を向ける。
レクスを見ていたアランは仕方なさそうに口元を上げると舞台に目をやった。
そんな二人に対し、少し嫉妬をしている目を向けるのはマリエナとカリーナとエミリーだ。
「せっかくのわたしとデートなのに……。」
「……レクスとばっか話してる。アランのバカ。」
「エミリーもなんかちょっとむっとするのだ。エミリーもアランと話したいのだ。」
親友という気兼ねない関係で話していたレクスとアランに、三人は少し不機嫌になっていたのだ。
マリエナはレクスを少し不機嫌そうな眼で、頬を僅かに膨らませながら見ている。
レクスは少々マリエナからの痛い視線に気がついていたが、膝の上のビッくんを撫でながら気まずそうに舞台の中央に目をやっていた。
レクスの手が気持ち良いのか、ビッくんはゆらゆらと弾むように身体を揺らし、目を細めている。
そんな中でキンコンとベルの音が鳴るや否や、会場のざわめきがしんと瞬時に収まった。
(……これから始まるってことか。)
レクスは横目でアランとマリエナを確認すると、どちらも真剣に舞台へ目をやっていた。
レクスも合わせて前の舞台に注視する。
すると、幕の前に黒い燕尾服を着た小太りの男性がコツコツと革靴の音を響かせ歩いて壇上に立った。
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私は劇団の団長を務めておりますブリングと申します。これより、舞台「お姫様と黒い龍」の初日公演を開始させていただきます。皆様、どうかごゆっくりとお楽しみくださいませ。」
男性がぺこりと礼をした後、スルスルと舞台の幕が上がっていく。
開演だ。
舞台の上には大きなドラゴンを模した像。
演出なのか魔法なのか、像の下では燃え盛る街並みの光景が浮かび上がっていた。
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