第8−1話
8
薄暗い石造りの通路の中で、ハッハッと息を荒くしながら走っている人影があった。
タッタッと反響する足音は一つではない。
人影は短めのローブを着ており、背嚢を背負っている。
フードからは橙色の髪の毛がちらりとはみ出ていた。
ローブの人物は一匹の魔獣に追われていた。
その魔獣とは「赤鬼」という魔獣だ。
身長は大人2人分くらいの魔獣。
二対の真っ直ぐな角が有り、真っ赤な皮膚は血の池に落として染めたかのようだ。
手には大きなメイスを持っている。
力自慢の怪物は、ただ人影を捉えていた。
筋骨隆々の人型魔獣がローブの人影を走って追う。
「あっ…。」
ローブの人影が脚を躓き、バランスを崩す。
赤鬼が追いつき、大きくメイスを振りかぶった。
すると、ローブの人影は足を入れ替えるようにくるりと反転し、赤鬼と相対する。
ローブの人影の口元はニヤリと笑っていた。
その手には魔導具である拳銃が握られ、その銃口は赤鬼の魔核に向いていた。
そのまま”バン”と一発の銃声が通路内に響く。
「ガ…アァ…?」
赤鬼は魔核の部位を寸分違わず撃ち抜かれ、その場で灰となり崩れ落ちた。
持っていたメイスがカランと落ちる。
魔獣の消滅を確認したローブの人物はフードを脱ぐ。
眼が虚ろになったレクスがそこに居た。
レクスは赤鬼の魔核も、メイスも拾わず、ふらふらと通路を歩く。
戦闘で劣化したのかローブの端はすでにズタズタになっていた。
(俺…何でここに居るんだっけ…?)
レクスの精神はすでに擦り切れていた。
いつ何処から魔獣が襲いかかってくる不安感と緊張感が募り、時間感覚が希薄になったレクスは自身の目的さえも薄らいでいた。
ここは一体何処なのか、今は何時なのかすら分からない状況の中、ただ魔獣が出てくれば即座に対応するだけの殺戮マシンと化していたのだ。
ボーっとしながら歩いているようなレクスだが、常に警戒は怠っていない。
レクスがしばらく歩いていると、分岐路に差し掛かる。
そこにレクスが立ち止まった瞬間だった。
「ギャウッ!」
「ギャウッ!」
レクスの背後から魔狼が二匹飛びかかる。
そのままでは食い殺されてしまうだろう。
しかしレクスはその瞬間、くるっと反転した。
右手には剣、左手には銃を持っている。
レクスは何の躊躇いもなく魔導拳銃の引き金を引く。
”バン”という音と共に、一匹の魔狼の頭が吹き飛ぶ。
右側の一匹はまるで自分から吸い込まれるように、剣先に突っ込んだ。
魔狼の肉が裂け、魔核が割れる。
魔狼は二匹とも、一瞬で灰になった。
そのレクスの所業は、まるで魔獣を「処理」しているような早業だ。
レクスは二匹の魔核には目もくれず、またふらふらと歩き出した。
分岐路を流されるかのように右へ行き、目的もないように歩いている。
その姿はまさにゾンビと言い表せる。
ただただふらふらと、レクスは迷宮を彷徨っていた。
魔獣が出てくれば処理し、分岐があればふらりと曲がり、行き止まりがあれば引き返す。
そんな風に歩いてしばらく経った時、変化が訪れた。
「…何だありゃ?」
レクスがそう独り言を呟いてしまう位、その場には異質なものがあった。
巨大な扉が通路の奥に佇んでいた。
レクスはふらふらと何をするでもなく、その方向へと向かう。
その時だった。
地面にわずかな段差があり、レクスはそこに足を取られてしまったのだ。
「…やっべ!」
レクスが気が付いた時にはもう遅かった。
そのまま重力に従い、ストンと転ぶ。
前から転んだレクスは、何とか手をつこうとするが力が入らず床に倒れてしまった。
(何やってるんだっけ…俺。)
倒れた拍子に、ふとレクスはそんなことを思った。
虚ろな目で立ち上がろうとすると、ふとポケットに違和感があることに気が付いた。
(あれ…なんか入れてたっけ…?)
だいぶ朦朧とした意識の中、レクスは立ち上がるのを止め、その場に座り込んだ。
それから右手でポケットの中をまさぐる。
そして、掴んだ物を取り出し、顔の前で手を開いた。
「これは…。」
レクスの手の中にあった物。
それは指輪だった。
金や銀の指輪ではない。
少々ゴツゴツしたような、木製の指輪だった。
それも3つだ。
指の甲側には紋章が彫られている。
3個とも別々でそれぞれ、鳥、花、星のマークが刻まれていた。
今までレクスが戦闘などで激しく動き回ったはずだが、指輪は3つとも割れていなかった。
「何だったっけ…これ?」
レクスは3つの指輪を右手でもて遊ぶ。
すると、頭の中に声が流れてきた。
『リナお姉ちゃんとカレンお姉ちゃんだけずるいです!私にも作って下さい!』
「…クオン?」
レクスの頭の中には、義妹のクオンの声が響いていた。
続けて声が別の人物に変わる。
『レクスさん。その、私の指のサイズが合わなくなってしまって。少々直して欲しいのです。あ、具体的には左手の薬指のサイズに合わせて欲しいんです。お願いしますね?』
「…カレン?」
頭に響いた声は、カレンのものだった。
続けてまた、声が変わる。
『あ、あのね。レクスに作ってもらった指輪、ちょっと小さくなっちゃって。調整して欲しいの。…ふ、太ってなんか無いわよ?ひ…左手の薬指に合わせてほしいの。』
「…リナ?」
カレンに続いてリナの声が響く。
そして、レクスの記憶がだんだんと色づいていく。
当時の三人の顔が、ありありと浮かんでくる。
迷宮の中で荒んだ心に光が灯ったようだった。
「そうだったな。何で忘れてんだよ。」
この指輪は、レクス自身が作ったものだ。
木彫り細工を趣味にしていたレクスが、昨年のリナとカレンにそれぞれの誕生日のプレゼントとしてあげた指輪だった。
そしてクオンにもせがまれた為、クオンの指輪も造りかけていた。
リナとカレンの二人の指輪は、二人とも左手の薬指に合わせて欲しいという事でレクスが一旦預かっていたのだ。
その理由はレクスにはてんで見当もつかなかった。
クオンの指輪も幼馴染2人に合わせ、左手の薬指で採寸し、作っていた。
その時の何故か少し照れたクオンの表情をレクスは覚えている。
レクスはこの指輪をスキル鑑定の後、三人にそれぞれ手渡そうと考えていた。
指輪は3人それぞれのイメージを考えて、エンブレムを彫っていた。
リナのエンブレムは小鳥。
リナが勝ち気で元気よく活発なイメージで彫ったものだ。
カレンのエンブレムは花。
カレンはよく花を部屋に飾っており、カレン自身にも可憐なイメージがあったからだ。
クオンのエンブレムは星。
クオンは夜空を見上げるのが好きだった。流れ星を見つけるとよく興奮していたのをレクスは覚えている。
レクスはそんな3つの指輪を手のひらで転がしていると、それまでの4人でいた記憶がありありと思い出せた。
笑った記憶。泣いた記憶。怒られた記憶。嬉しかった記憶。その他いつも共にいた記憶がレクスの中に流れ込む。
そして、ポツポツとレクスのローブが少しずつ濡れていく。
レクスの知らぬうちに、涙が落ちてきていた。
「ああ、やっべ。どうして忘れてんだよ俺…。」
レクスはごしごしと自身の涙を拭う。
そして手の中の指輪を優しく握った。
「ああ、そうか。結局そうなんだな。俺は。」
どれほどあの3人に嫌われていても。
それでも鮮明に記憶が、想い出がレクスの中にあふれるのだ。
(やっぱり、あいつらが居ないと、寂しいんだ。いくら、あんな酷いこと言われて嫌われようとな。)
レクスはすっと立ち上がり、そびえ立つ扉の方を向いた。
その目の涙は、既に乾いている。
レクスは改めてポケットに指輪をしまった。
「また助けられちまったな。あいつらに。」
レクスは今までどんなことがあっても、あの3人と一緒にいたからこそ頑張ってきたことが多くある。
シルフィから戦い方を習ったのも、あの3人を守りたかったことに他ならない。
レクスにとって、リナ、カレン、クオンの3人はある意味「指標」でもあったのだ。
そんな3人にレクスは感謝することはあれど、恨むことなど到底出来ない。
だから、嫌われていようとも。
「例えあいつらが選んだ道でも、悲しんでいる顔なんざ見たくねぇ。傷ついてるところも見たかねぇ。死んでるなんてのもまっぴら御免だ。」
レクスはひとりごちる。
幼馴染が、義妹が苦しむ姿も。
誰かが泣いている所すらも。
レクスは見たくなかった。
「出来る範囲にいるなら。俺の手の届くところにいるなら。」
レクスは一歩づつ歩き始める。
もうその脚にふらつきは無い。
ただじっと熱の籠もった瞳で前を見ている。
「守るなんて大層なことはあの勇者がするだろうな。それでも、あいつらにかかる火の粉位は俺が払い除ける。そんくらいならいいだろ。」
泣いている人を助け、あの3人の露払いをする。さらにはレクス自身が守るべきものが増えるかも知れない。
ただ、それがレクスの決めた道。
例えそれが茨の道であろうと、進むとレクスは決めたのだ。
「なら、さっさとここから出ないとな。お誂え向きにも出口みたいな扉があるじゃねぇか。」
目の前に静かに佇む、巨大な扉を睨みつける。
レクスは警戒しつつも一歩一歩、その扉に近づいて行った。
近づけば近づくほどに、その扉の巨大さが鮮明になる。
その扉の高さはレクスの何倍もあり、金の留め具がつけられた赤色のものだった。
レクスから見る分には、錠前はない。
レクスは扉の前に立ち、上を見上げる。
自身の何倍もある扉に、身が竦むような思いがする。
いかにも何か大きなものがいると言わんばかりの扉だった。
「…何が来てもおかしかねぇ。絶対に生きてここから出てやる。」
レクスは腰の魔導拳銃と剣に手をかけ、深呼吸をする。
「…行くか。」
剣と拳銃から手を離すと、大きな扉に手をかけ、ぐいと押し開けた。
扉を開くと、そこから吹く生暖かい空気がレクスを出迎える。
中の部屋は円形をしており、地面がすり鉢状の構造になっていた。
草も生えておらず露地で、明かりは部屋の中心に煌々と明かっている。
そこは「闘技場」だった。
レクスが中を見渡すが、魔獣の姿は見えない。
警戒しながら部屋の中に入っていくと、すぐに”バタン”という音と共に扉が閉じる。
「お出ましか。もう驚かねぇよ。」
レクスは一瞬だけ自身の後ろをちらりと見て、扉が閉まるのを確認すると前を向き直す。
前を向いたレクスはおもむろに背嚢を外すと軽く壁の方に投げた。
すると部屋の壁から光の粒子のようなものが湧き出し、中心に集まっていく。
その光景はレクスにも見覚えがあった。
鎧騎士と戦った時の部屋の様子に酷似していたのだ。
それを見たレクスは左手に魔導拳銃を持ち、左手に剣を構えると、光の集まる先を睨んだ。
光の粒子は人の形を作るように集まる。
しかしその大きさは人間大の大きさではなかった。6m位はあるだろう。
そしてある程度光の粒子が集まったとき、光はパンとはじけた。
「ぐっ…。」
あまりの眩しさにレクスは目を閉じる。
その時だった。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
豚とも牛ともつかない強大な咆哮が、部屋の中に響き渡る。
レクスが目を開けると、その声の主が立ち上がり、レクスを睨んでいた。
「牛の頭…?」
レクスの口から言葉がこぼれる。
レクスが見てきた魔獣の中でも、異質な存在。
魔獣の体長は6m位だろうか。レクスを悠々と見下ろしている。
その頭部は巨大な牛の頭だ。金の鼻輪がつき、角は天を向いている。
身体は人間の男性のようであったが、体色は漆黒だ。
筋骨隆々とした身体であり、特に腕は太く、筋肉がパンパンに膨れていた。
腰には股間を隠すためだろうか。濃緑の布が腰に巻かれている。
その魔獣の右腕にはまるで巨大な鉈のような刃物が握られていた。
刃物の長さは刀身部分だけで有に2mはありそうな、肉厚で幅が広く、刃物というには歪だった。
レクスがこれを一回でも食らってしまえば良くて大怪我、悪くて即死だ。
そんな魔獣を見て、レクスは目を見開き、少し額から汗が滴り落ちる。
(おいおい、見たことねえぞこんな魔獣!しかも見るからに力が強そうじゃねぇか。…あの鉈と俺の剣で打ち合うのは厳しいか…。)
レクスはその魔獣の名前を知らないが、その魔物の名前は「牛頭鬼」という魔物であった。
牛頭鬼はレクスを眼中に収めるとまるで獲物を見つけたような目をし、レクスを睨む。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
牛頭鬼はレクスに対し、鉈を大きく振りかぶってドスドスという足音と共に突進を仕掛ける。
牛頭鬼の脚は見かけによらず速い。
もちろんレクスも黙って見ている訳がなかった。
手に持った魔導拳銃の歯車を親指で素速く回し、引き金を引く。
すると魔導拳銃の発射口の先からレクスがトリガーを引くのと同時に、光弾が3発同事に発射される。
バースト機能だ。レクスはそれを迷宮を彷徨っている時に知り得ていた。
同時に牛頭鬼の鉈が大きく振り上げられる。
3発の光弾は僅かにズレ、牛頭鬼の肩をかすめた。
(ちいっ!外したか!)
レクスは弾が外れることを確認するやいなや、横に跳ぶ。
一瞬遅れてレクスのいた場所に”ズドン”という音と衝撃が響く。牛頭鬼のナタが勢いよく振り下ろされたのだ。
もしもレクスに当たっていたら大怪我どころではない。
レクスは”ジャリリ”と脚で着地し、冷や汗をかく。
(一発も当たるわけにゃいかねぇってか…。)
そのまま左手を伸ばし、頭を狙って拳銃の引き金を引く。
「ブモオッ!?」
放たれた3発の光弾は牛頭鬼の肩に命中し、牛頭鬼は僅かに仰け反る。
しかし明確な傷は与えられず、牛頭鬼はすぐに怒った目をレクスの方に向け、鉈を横薙ぎに振るう。
「くそっ!」
レクスは鉈の動きをギリギリ読み切り、宙返りで跳び避ける。
背中スレスレを鉈が撫でた。
迷宮内で彷徨った経験が、無意識にレクスの戦闘センスを鍛えていたのだ。
これまでの戦闘でレクスは見切り、躱す動きを多用し、大きな怪我を一切負っていなかった。
避けている間も、レクスは思考を続ける。
不思議なことに、レクスの頭の中は冷静だった。
(やっぱ近寄らねぇと思った場所に当たらねぇ。近寄るしかないか…!?)
両足で着地した後、レクスは牛頭鬼に向かい、駆ける。
走りながら魔導拳銃の引き金を引いた。
銃口から放たれた光弾は、走りながら撃ったせいか、3つとも意図しない方向にばらけた。
「ブモッ…!」
一発の光弾が腹部に命中し、牛頭鬼は仰け反る。やはり致命傷にはほど遠いものだった。
牛頭鬼はレクスを忌々しく見据える。
(なら…頭か胸の中央か!)
そう思いレクスは牛頭鬼の頭部に銃口を向ける。
しかし牛頭鬼も黙ってはいない。
駆け寄るレクスに対し、脚を振り上げた。
「ブモオ!」
牛頭鬼は勢いよく、レクスに向け脚を振り下ろす。
ストンプだ。
「やべっ…!」
レクスは銃口を下ろし、地面を蹴る。
直前まで立っていたところに、”ズドン”と牛頭鬼の脚が振り下ろされた。
直撃すればレクスはひとたまりもない。
その衝撃で舞った、微小な石の破片がレクスの頬をかすめる。
かすめた頬からは血が滲んでいた。
(近いと鉈や足の餌食か…。)
レクスはそのまま後ろに宙返りし、着地する。
そのまま左腕を構え、頭部を狙い引き金を引く。
”ドドドン”と銃声が響き、光弾が牛頭鬼に向かう。
「ブルッ!」
しかし牛頭鬼が少し動いたせいか僅かに逸れ、牛頭鬼の肩をかすめただけだ。
レクスは眉を顰める。
撃たれた方向をすぐに牛頭鬼は見返す。
牛頭鬼は光弾を撃ったレクスを目に捉えると、勢いよく突進しながら鉈を”ブゥン”と横に薙いだ。
「うおおおっ!?」
レクスは叫びながらも、何とか後ろに跳びまたもスレスレで避ける。
牛頭鬼は巨体であるが意外にも動作が俊敏だった。
(遠いと外すし、向かってきやがる…!くっそ!確実な方法が思いつかねぇ!)
レクスは動き回りながら牛頭鬼の鉈を躱し、攻略方法を模索していた。
絶え間なく振り回される鉈を、レクスは動き回ることで躱し続けていた。
その合間を縫って光弾を放つレクスだが、移動している為、上手く狙えない。
放たれる光弾は牛頭鬼を掠めるのみに留まっていた。
その間にも牛頭鬼はレクス目掛け突進し、鉈を振るう。
鉈を躱し続けるのにも限界があった。
(このままじゃ永遠に終わらないどころか、俺が潰されて終わりだ。何とかしねぇと…!)
ギリリと歯を食いしばるレクス。
しかし牛頭鬼は一向に疲れる気配もなく、猛攻を続ける一方だ。
大きな鉈を軽々と振るい、頑強な牛頭鬼に、レクスは決め手を欠いていた。
「ブモオオオオ!」
「ぐうっ…間に合え!」
牛頭鬼の鉈が縦一文字に振り下ろされるも、レクスはごろりと横に転がり何とか避ける。
転がってから体勢を直すレクスだが、既にレクスは自身の限界が近いことがわかっていた。
「ハァ…ハァ…ハァ…どうにかするしかねぇよな。」
レクスは呟き、牛頭鬼を見据えるが、未だ対抗策は思いついていなかった。
「ハァ…行ってみるか!」
気合を入れるように声を荒げたレクスは、牛頭鬼へ真っ直ぐ駆ける。
牛頭鬼はそんなレクスを見て、待っていたと言わんばかりに鉈を横に振り抜いた。
(だろうと思ったよ!)
レクスはその横薙ぎを読み切り、踏み込んで跳び上がった。
牛頭鬼の鉈はレクスの足スレスレを通過する。
その勢いのまま、レクスは牛頭鬼の足元へ潜り込んだ。
「これで…!」
レクスは右手に持っていた剣で、勢いよく牛頭鬼の脚を切り裂こうと剣を振るう。
しかし、剣の刃は脚の筋肉に受け止められ、阻まれた。
(硬ってぇ!嘘だろおいおい…!)
剣が阻まれたレクスが動揺していると、牛頭鬼はそのまま脚を振るい、レクスを蹴り上げた。
「…がっはぁ!」
レクスの身体に車がぶつかったような、大きな衝撃が走る。
激痛と共に、レクスはボールの様に宙に跳ね上げられた。
そのまま地面に落ち、ゴロゴロと転がる。
「痛っ…つぅ…ぐぁ…」
痛みに悶え、口の端と額から血を流してはいたが、何とかレクスは痛みに耐えて立ち上がる。
しかしそんなレクスの目の前に牛頭鬼が鉈を振り上げ立っていた。
「あっ…。」
レクスは目を見開く。
そのまま牛頭鬼は力強く鉈を振り下ろす。
牛頭鬼のまるで勝誇ったような顔がレクスには一瞬見えた。
”ドスン”と鉈が地面を穿ち、土煙が舞う。
土煙の中に、キラリと黒光りが反射した。
「…ようやく近づいたか。クソ牛頭。」
土煙の中からレクスの声と共に、”ドドドン”と三発の光弾が飛び出し、一発が牛頭鬼の左眼に命中した。
「ガウッ…!?」
光弾が直撃した牛頭鬼は痛みで鉈を離し、後ろに倒れ込む。
そして鉈が突き刺さった僅か一寸隣に、左手で拳銃を構え、鋭く睨みつけるレクスの姿があった。
その額からはポタポタと血が滴り落ちている。
「よくもやってくれやがったな。…借りは返すぞ!」
そのままレクスは倒れ込む牛頭鬼を目掛け駆ける。
レクスは今しか機会はないと言わんばかりの鬼気迫る表情だった。
立ち上がろうとする牛頭鬼に対し、レクスは前に跳躍して魔導拳銃を構える。
その一瞬、レクスは周囲の光景がゆっくりになるような感覚を覚えた。
そしてレクスは牛頭鬼の頭部に狙いを定める。
(こんなに近けりゃ…外す訳がねぇよな!)
何の躊躇いもなく、レクスは引き金を引いた。
反動なく放たれる3発の光弾は、寸分のズレもなく。
牛頭鬼の頭部に炸裂した。
「ブゴブゥ!?」
立ち上がろうとしていた牛頭鬼はその光弾により、また地面に倒れ込む。
そしてレクスは牛頭鬼の頭部を確認することなく、牛頭鬼の胸部に着地した。
「これでくたばりやがれ!クソ牛頭!」
そう叫び、右手に持っていた剣を勢いよく深々と突き立てた。
剣が牛頭鬼の胸を穿つと、何か硬いものに先が当たる。
魔核だと確信したレクスは思い切り力を剣に込めた。
「あああああああああああああああああああぁ!」
そのレクスの叫びと共に。
パキリと音がして、剣がさらに奥へ突き立った。
さながら噴水のように緑の牛頭鬼の血液が勢いよく溢れ出て、レクスと地面を濡らしていく。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
緑の血に塗れることに厭わず、疲れたレクスが肩でゆっくりと息をする。
すると緑の血と牛頭鬼の肉体は一瞬で灰のように崩れ去った。
「うおっと!?」
牛頭鬼の上に乗っていたレクスは牛頭鬼が消えた事で、ドスンと尻もちを着く。
「痛ったあああああああああああああ!」
その衝撃がレクスの身体に響き、怪我の部分が痛みだす。
レクスは思わず部屋中に響く大声をあげた。
呻くレクスは自身の腹部を押さえ、悶える。
しかし、その目線の先にあったものを見て、喜びで顔は笑っていた。
なぜならそこには割れた核と、いつの間にか現れた装飾の入った箱、そして新しい扉が現れていたのだから。
お読みいただきありがとうございます。