荘厳な劇場
劇場に足を踏み入れたレクスは、己が目を疑う程に劇場の中の光景に目を見開いた。
「……すげぇ。」
その光景は、学園のホールに近い。
だがそれに輪をかけるように豪奢な装飾が舞台全体を彩っていた。
階段状になった座席の区画は変わらないが、学園のホールと比べてさらに多い。
ステージも広く、大きな金の刺繍が施された赤幕や暗幕など、ところ狭しと意匠が施された舞台。
そして天井には巨大なシャンデリアを模した魔導灯がきらびやかに輝いている。
レクスが想像した以上に豪盛な空間がそこにはあった。
そんなレクスの顔をマリエナがきょとんと覗き込む。
「もしかして……レクスくん、劇場って初めてなの?」
「……ああ。すげぇな。てっきり学園のホールみたいなとこだと思ってたけどよ。」
「似てるのは当然だよ。学園のホールは、この劇場を参考にして作られてるの。……カルティア様やアオイちゃんたちと一緒に来たことがあるんじゃないの?」
「……カティやアオイとは来たことねぇな。そもそもドレスコードなんて言葉、初めて聞いたしよ。」
レクスはアオイはともかくとして、カルティアとも劇場に来たことはなかった。
時間がなかったということもあるのだが、特にカルティアからも提案されず、レクスとともに傭兵ギルドや広場に行くことがほとんどだからだ。
そんなレクスにマリエナはにへらと笑う。
「そーなんだ。じゃあ、わたしが「はじめて」なんだね。……レクスくんの「はじめて」……はわわ……」
マリエナは何気なく言った「はじめて」という言葉に再び顔を真っ赤にし、レクスをちらちらと見ては悶えているようだった。
レクスは一体何のことか分からず首を傾げる。
「おーい……マリエナ?」
「……はっ!?……い、いやなんでもないよ!だ、大丈夫……。」
「そ、そうか?」
赤い顔のままでぶんぶんと慌てたように首を横に振るマリエナ。
少し変だとは思いつつも、レクスは手元のチケットをちらりと確認すると、手近な座席の番号と見比べた。
座席の番号を確認するためだ。
(10−17と18ってことは……真ん中の辺りか。)
席を確認したレクスはマリエナに笑いかける。
「席は真ん中の方らしいからよ。行くか、マリエナ。」
「う、うん……。」
レクスの顔を見て赤く照れたようなマリエナがコクリと頷くと、マリエナを連れ立って席へ向かう。
腕に伝わる体温と女性の柔らかさ、特に二つの立派に実った山の包み込む感触にレクスは僅かにドギマギしつつ、マリエナとともに席の前に立つ。
マリエナを先に丁寧に座らせると、レクスも自分の席にゆっくりともたれかかった。
ほんのり染まった頬でマリエナがレクスを横目で見つめる中、座ったレクスの膝の上に、ちょこんとビッくんが座る。
「……レクスくん、手慣れてない?」
何処か僅かに嫉妬しているようなマリエナに、レクスは「違ぇっての」と笑いながら首を振る。
「気のせいだ。……俺もこんなところ来たことねぇからよ。村の広場でやってた演劇を見たぐらいだ。地べたに座ってよ。」
レクスはアルス村での演劇の光景を思い浮かべる。
王都の広場よりずっと小さい広場で行われた演劇は、よく幼馴染や義妹と見に行っていたのだ。
小さく微笑みを浮かべ、僅かに遠い目をするレクスにマリエナは何処か見惚れたように覗き込んだ。
「そ、そうなんだね。レクスくん、女性の扱いが上手いもん……。やっぱり、アオイちゃんのいうように女たらしなの?」
「……アオイからそう言われると否定できないんだけどよ……。てかいつ聞いたんだ?」
「昨日の女子会で聞いたよ?定期的にカルティアちゃんの部屋で開いてるの。」
「そ、そうなのかよ……。皆で何話してるんだ?」
「それは秘密だよ。レクスくんには教えられないの。」
いたずらっぽく笑うマリエナの発言に、レクスは少し戸惑うように苦笑いを浮かべる。
実際レクスのハーレムメンバーがカルティアの部屋にて行われる女子会は割と頻繁に行われており、その内容がほぼお茶会と化していることをレクスは知らないのだが。
すると、レクスたちの隣に誰かが座る。
「おーここが劇場かー!」
「こ、声がおっきいよ……。もう少し静かに……。」
「ふ、二人とも。あ、足元に気をつけて……。」
元気な女子の声に、気弱そうな女子の声、二人を心配する男性の声がレクスの耳に入る。
何処かで聞いたことのあるような声だと思い、レクスは何気なくマリエナとは反対を向いた。
そこには。
「……アラン、デートは今日だったのかよ。」
「え!?レクスくん!?なんでここにいるんだい?」
少し呆れたようなレクスの声に目を見開いたのは、燕尾服をバッチリと着こなしたアランだった。
アランの声に反応したのか、アランの奥の二人もレクスの方に目を向けた。
カリーナとエミリーだ。
二人とも華美なドレスを纏い、普段とは異なる姿を見せていた。
カリーナは身体の線を出すような薄い黄色の少し短いマーメイドドレスを着用していた。
もう一方のエミリーは髪を下ろし、炎のような紅色のイブニングドレス姿だ。
カリーナはは燕尾服のレクスと、隣に座るドレス姿のマリエナを見て目を点にしていた。
エミリーに至ってはたまたま友達にあったと言わんばかりにニコニコとした明るい笑みを向けている。
「レ……レクスがいる!?ま、マリエナ会長も……?え?え?二人ってそういう関係だったの……!?」
「あははー!二人ともこんにちはなのだー!」
両者異なるカリーナとエミリーの反応に、レクスは何処か可笑しさを覚え、クスリと笑みが溢れた。
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