そよ風に撫でられて
レクスとレインが揃って目を向けた先には、他と変わらない墓標がひっそりと佇んでいた。
レクスは墓標の前に立ち、丁寧に一礼をすると持っていた花束を静かに置いて手向ける。
墓標に顔を上げると、そこにはただ「サニー」と「クラウディア」とだけ名前が刻まれていた。
「……この二人が、レインの親父と母さんの名前か。」
レクスがぽつりと声に出すと、レインはコクンと頭を振った。
「……はいです。とっても優しくて、いつも笑ってたです。パパも、ママも。」
「そっか。……レインと、そっくりじゃねぇか。」
「……ふぇ?」
唐突なレクスの言葉に、レインは口を開けたまま呆気に取られる。
そんなレインに顔を向けながら、レクスは柔らかくほほ笑んだ。
「だってそうだろ?いつもレインは笑ってて、楽しそうで……優しいじゃねぇか。」
そう言ったレクスの脳裏に映るのは、メギドナを膝枕して歌うレインの姿。
その表情が、とても優しげに見えたことはとても印象深く、レクスの脳裏に刻まれていた。
いまだに呆けているようなレインにレクスは言葉を重ねていく。
「俺はまだレインのことをよく知らねぇ。本当にこの前知り合ったばっかりだ。でも、レインは俺を好きって言ってくれる。なら、俺はレインのことをもっと知らなきゃならねぇって思うんだ。……だから、ありがとうな。俺をここに連れて来てくれてよ。」
言葉を終えると、レクスは墓標に向き直り、静かに手を合わせる。
そして、眼を伏せた。
(……レインの親父さん、レインの母さん。レインはしっかりした良い女の子だ。俺にゃもったいねぇぐらいによ。でも、レインが俺を「好き」って言ってくれてんだ。……俺も、レインを悲しませたくはねぇし、傷つけんのだってもっての他だ。だから、安心しててくれ。俺が、レインの笑顔を守るからよ。)
さわさわとゆるい風が吹き抜け、少しの間静寂が満ちる。
レインは静かに手を合わせるレクスを、ただじぃっと見つめていた。
そして、ふぅと静かに息を吐くと、レインも墓標に向き直り、眼を伏せつつ手を合わせた。
(パパ、ママ。最近はお参り出来なくてごめんなさいです。学園でも色々あったですけど、あちしは元気です。あちしは、このレクス様に助けられたです。レクス様はとても素敵な方です。真っ黒に塗り潰されたあちしの「心」を取り戻してくれた、「王子様」です。だから……あちしは、レクス様をお慕いしてるです。だって、今日もあちしの為に、ここに来てくれたですから。)
レインも心の中で、両親へと言葉を紡ぐ。
その時だった。
ふわりと、一瞬の突風が二人の間を通り抜ける。
それは優しく、まるで誰かに頬を撫でられたかのようだ。
レインは思わずぱっと眼を開く。
しかし、目の前には誰もいない。
ただその懐かしい感触は、レインには覚えがあった。
「……パパ、ママ……?」
「ん?どうしたんだ、レイン?」
レインの呟きに気がついたのか、レクスが眼を開けレインに振り向く。
レクスの方は、特に何も感じていないようだった。
そんなレクスに、レインは眼を細め、静かに首を振るう。
「……なんでもないです。あちしこそ、ありがとうです。でも、レクス様がここに来たいなんて、意外だったです。」
「俺は、レインの主人なんだろ?このぐらいは当然のこった。それに、レインの両親にとっちゃ、レインは宝物だろ。……こうしとかねぇと、俺の気がすまねぇっての。」
少し寂しげに、しかし感謝を口にするレインに、レクスは軽く微笑みながら言葉を返した。
レクス自身、「やっておかねばならない」と、そう思っていたからだ。
すると、レインがにぱっと笑みを浮かべ、レクスに手を差しだす。
「まだ、デートは終わってないです。レクス様、あちし、広場に行きたいです!」
そう言ったレインの顔には、既に寂しさなど浮かんでいないようにレクスには映る。
そんなレインにレクスも笑みを返しながら、差し出された手を握った。
「ああ。お安い御用だ。……行くか、レイン!」
「はいです!」
レクスが手を取ると、レインは足早に、しかし楽しげに歩き出す。
レクスもにこやかに歯を出しながら、踵を返し来た道を戻る。
その時だった。
”とん”と。
レクスは誰かに肩を優しく叩かれたような感覚を覚える。
ふっと振り向くが、そこには誰の姿も見当たらない。
レクスは少し口元を上げた。
「……ああ。大切にするっての。」
「レクス様?」
不思議そうにレインが見上げるが、レクスは微かに首を振った。
「気のせいだった。……さ、このままだと日が暮れちまう。少し急ぐか。」
「はい、わかりましたです!」
二人は少し駆け足気味に、来た道を下っていく。
そんな彼らが駆ける道の側で、まるで満足げに笑うかのように、草花がそよ風に揺れていた。
◆
二人が広場まで戻って来たときには、既に陽が傾きかけており、人も少しずつ減ってきている時間帯になっていた。
親子連れの人はもうあまり見えず、大道芸人なども既に撤収している。
露店は営業しているが、人もまばらに動いているような時間帯。
しかし、レクスとレインにはあまり関係はない。
人通りの少ない時間帯は、二人で露店を回るには動き回りやすい時間帯だ。
広場に着いた瞬間から、レインの眼はうきうきと輝いていたのがレクスにはわかっていた。
そんなレインをレクスは嬉しそうに見つめ、声をかける。
「さ、行こうか。レイン。楽しもうぜ。」
「はいです!レクス様!」
レクスの声に、レインは元気に笑いながら頷いた。
二人は手を繋いで露店を回り始める。
その二人は何処の露店を回っても、露店の店主に声をかけられていた。
何処の店主も口を揃えて「お人形さんみたいで可愛い」とレインに声をかける。
事実、今のレインは「絵本から飛び出てきた」と言われてもおかしくない容姿をしており、広場の注目をレインが一身に集めていた。
レインもまんざらではなさそうに照れた顔をしつつ、嬉しそうにはにかんでいた。
レインの隣にいるレクスも、ついでとばかりに店主たちにからかわれて苦笑いを浮かべる。
特に、万華鏡の店の店主のゲンジには鋭い目で「命が幾つあっても足りんぞ。」と言われ、レクスは引きつった苦笑いで誤魔化す他なかった。
そんな中、立ち寄ったある店で、レクスは気になるものを目にする。
(……こりゃ、レインに似合うんじゃねぇか?)
ちらりと隣を見ると、レインはその店主の奥さんと話をして、顔を染めていた。
視線を戻し、その商品を見つめる。
そして、決めたようにコクンと頷くと、商品を手に取った。
それを店主に見せ、こっそりと尋ねる。
「すまねぇ、聞きてぇんだが……幾らだ?」
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