人形の涙
レクスとレインの二人は紅い顔のまま腕を組み、広場へと向かって歩いていた。
道行く人は物珍しげにレクスとレインの姿を物珍しそうにしげしげと見る。
レクスも顔立ちが整っており、レインも美少女であることに加え、レインの衣装は人形のような白いロリータ衣装なのだ。
ちらちらと見られるのは当然と言えるだろう。
中にはレインに見惚れて立ち止まる人もいるほどだ。
人々の注目を集めつつ、頬を染めながら歩くその道すがら、「ぐぅ」とどこからか音が鳴ったのをレクスは耳にする。
(……何の音だ?)
そう思い、レクスは音が鳴ったレインの方をちらりと見やる。
そこには。
「は、はわわ……。」
恥ずかしそうに顔を赤らめ、お腹を押さえたレインがレクスの瞳に映り込んだ。
(……なるほど。そういえば今は昼下がりか。)
レインのお腹が鳴ったと考えるのは、レクスの想像に難くなかった。
「……とりあえず、飯にすっか。俺も腹が減ったしよ。」
「は、はいです。……うう、恥ずかしいです。レクス様に聞かれるなんて……。」
ぶつぶつと呟きながら、真っ赤に染まった林檎のような顔でレインは頷く。
しかしレクスはそうは言ったものの、飲食店に心当たりはあまりなかった。
(……あそこにすっか。何時も通りになっちまうけどよ。)
そう思ったレクスは広場に向かう道を外れ、思い当たった飲食店へとレインを連れて足を進めた。
◆
レクスの思い当たった飲食店は通りから少し外れた場所に建ち、何時も通り人通りも少ない。
店の前にはいつも見かける、熊が蜂蜜を掬い取って舐めるイラストが書かれた看板が風にゆらゆらと揺れている。
店の前に立った瞬間に、バターの華やかで香ばしい香りが二人を包み込んだ。
「ここは……。」
「ごめんな、レイン。もっと俺が知ってりゃよかったんだけどよ……。」
レクスは目元を下げてすまなそうに苦笑しながらレインの顔を見る。
しかしレインは看板を目の当たりにした途端、ぱぁっと顔を輝かせていた。
「は、ハニベアです!来てみたかったです!」
「そ、そうなのか?」
「はい!店は知ってたですけど、あちしから入ったことはなくて……。さぁさぁ、早く行くです!」
「お……おう。」
テンションが急に上がったレインに少したじろぐレクス。
しかしレインは気にすることなくレクスを引っ張るようにして、店のドアに向かう。
レインが勢いよくドアを開け、カランカランとドアベルが鳴った。
レインと共にレクスが足を踏み入ると、ウェイトレス姿の店員が駆け寄る。
看板娘のシャミィだ。
シャミィはレクスとレインを見て、いつも通りのにこやかで元気な笑顔を向けた。
「いらっしゃいませー!あ、レクスさんでしたか!お席は空いてますから、お好きなところへどうぞ!そちらの方は……すごくお可愛い方ですね!お人形さんみたいですごく可愛いです!もしかして……今日はデートですか!」
「あ、ああ。そうなんだよ。これから昼飯を取ろうと思ってよ……。」
「そうなんですね!わかりましたぁ!腕によりをかけて作りますね……お父さんが!……お父さん!御新規2名様です!」
元気な声で厨房に駆け戻るシャミィに、少しばかりレクスとレインは気圧されていた。
「す、すごく元気な店員さんです……。」
「シャミィだからな……。とりあえず座ろうぜ、レイン。」
「そうするです。」
気圧されたレインに、レクスは少し苦笑いで顔を向けると、レインはコクンと首を縦に頷いた。
レクスはレインの手を引き、入り口の直ぐ側にあるテーブルに着く。
するとすぐさまシャミィがグラスに注いだ水を運び、レクスたちの元へ訪れた。
透き通ったグラスをテーブルに置きながら、シャミィがこれまた元気そうに口を開く。
「御二人ともご注文はお決まりですか?」
「俺はいつものおすすめを頼む。……レインはどうする?」
「あ、あちしは……レクス様と同じでお願いするです。」
顔を向けるレクスに、おどおどとしながら答えるレイン。
レインには少し不慣れな店であったのか、少し挙動不審気味だが、シャミィはそんなレインを見てにこやかに微笑む。
「わかりましたぁ!おすすめ二つですね!少々お待ちくださぁい!」
注文取り終わると、シャミィはたたたっと駆け足で厨房へ戻っていく。
そんなシャミィをレインは少し呆然としたように見送っていた。
「ほ、本当に元気な人です。いつもああです?」
「ああ。シャミィさんはいつもあんな感じだぞ。少し始めの方は慣れなかったけどよ。」
「レクス様はよく来るです?この前マリエナかいちょーが入って行くときに見たです。」
「俺はよく来るな。傭兵ギルドの前だしよ。レインは来たことがなかったのか?」
「……あちしがすごく小さい頃、一度だけです。小さな頃だから、もうあまり覚えてないです。場所は知っていたですが、なかなか来ることが出来なかったです。マリエナかいちょーから「美味しい」とは聞いてましたです。」
「そうだったのか。……気に入りそうか?」
「それはまだ食べてみないとわからないです。でも、雰囲気は良さそうです。」
少しづつ表情が柔らかくなってきたレインに、レクスは少し目元を下げる。
ここはレクスにとってもお気に入りの店なのだから。
そんな形で会話を進めていると、シャミィが料理を手に持ち、レクスの座るテーブルへと運んで来ていた。
相変わらずにこにことしながら、料理をテーブルの上にゆっくりと置いた。
コトンと音を立て置かれた皿の上には、程よく焼けた鶏もも肉の上に、薄黄色のソースがかかった料理がふわりと湯気を立てていた。
「お待たせしました!本日のおすすめ、「鶏もも肉のグリル、ハニーマスタードソースがけ」です!ごゆっくりー!」
そう言って料理を置くと、シャミィはすぐさま厨房へ駆けていく。
レクスが料理に目をやると、マスタードの香ばしい香りが食欲をそそるように鼻を刺激する。
それはレインも同じようで、再び「ぐぅ」とお腹のなる音がレクスに届き、レインは顔を少し染めた。
「食べるか、レイン。」
「……はいです!」
レクスが眼を細めて微笑みかけると、レインも小さく微笑む。
「「いただきます。」です。」
二人は手を合わせ、ナイフとフォークを手に食事を始めた。
レクスはナイフとフォークを巧みに使い、ごく自然なように鶏肉を切り分けて口に運ぶ。
その仕草は幼い頃から自然にしてきたように馴染んでいた。
レクスが鶏肉を口に入れると、ソースの甘辛さと共にに肉汁が溢れ、旨味が口内に行き渡る。
(……相変わらず美味いよなぁ。ハニベア。なんで客こねぇんだろ?傭兵ギルドの前だからか……?)
そんなことを思いながら、ふとレクスはレインの顔を見る。
そこには。
フォークを口に咥えたまま、つうと雫を眦から垂らすレインの姿があった。
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