少女の願望
「ここ……か?」
「そうです。あちしも行ってみたいと思ってたですが、なかなか一人では入りづらかったです。」
店の外観に僅かに顔を引き攣らせ困惑するレクスに、レインはわくわくしたように、間違いないと頷く。
レインに指し示されて、レクスがレインを引き連れたどり着いたのは、一軒の衣料品店。
ただ、その店の雰囲気はレクスが思ったものとは全く異なっていた。
店の名前は「ワンダーランド」。
その外観は少女の絵本から出てきたような淡いピンク色の平建屋だ。
さらに店の外にショーケースがあるのだが、その中に展示してある木製のマネキンが着ている衣装がレクスの入店を少し躊躇わせていた。
フリフリのフリルやレースの装飾がこれでもかとあしらわれた、女児が持つ人形が着ているような服。
いわゆるゴシックロリータといわれる服がショーケースのマネキンに着せられ色とりどりに並んでいる。
どう見てもそういった服の専門店という店構えだ。
男性が入るのはいかにも躊躇われそうな雰囲気がそこにはあった。
レインはくるっとレクスの顔を見る。
レインの表情はきらきらとした眼で、いかにも楽しみにしているようだった。
(あんまり気乗りしねぇがよ……でも、入らないわけにゃいかねぇってか……。)
ここでもし「入りたくない」とレクスが言えば、レインを傷つけてしまうのは明白だった。
レインのそんな顔など、レクスは見たくないのだから。
ましてや今はレインがあれだけ楽しみにしていたデート中なのだ。
レクスは「ふぅ」と息を吐く。
「……レクス様?」
「……行くか!レイン。」
「はいです!」
覚悟を決めたレクスはレインににかっと笑いかけた。
そんなレクスの顔を見たレインは花が咲いたように笑い、コクっと頷く。
そうしてレクスは、レインに我先にと手を引かれるように店内に足を踏み入れた。
◆
店内に足を踏み入れた瞬間。
その光景にレクスは度肝を抜かれた。
「こ……これが。」
「はぁぁ……。可愛いお洋服がいっぱいです……。」
少し口元をぴくぴくと引き攣らせたレクスとは対照に、レインはうっとりしたような声を上げる。
店内の配置は一般的な洋服店と変わらないような印象をレクスは受けたが、その商品がレクスにとってはあまり馴染みがないものばかり。
店の中に流れる音は、雰囲気づくりのオルゴールが奏でられている。
細部のデザインや色こそ違えど、そこに陳列されている服はどれもこれもショーケースにあったような、レースとフリルでいっぱいの洋服ばかりだ。
まるで外とは仕切られた別世界に迷い込んだような光景に、レクスは戸惑い、絶句していたのだ。
そんなレクスを気にせず、レインは手を離すと側にあったマネキンに近寄り、レースやフリルを少し触りながら眼に星を浮かべたように輝かせていた。
「このレース、凄く素敵です……。このフリルも……とても可愛いです。ああ、あっちにもあるです!」
テンションが高いレインは店内を縦横無尽に物色し、あちこちのマネキンに目移りしながら色々な服を触る。
一方のレクスは、「可愛い服」ということはわかるのだが、色を除いて全ての服が同じように見えてしまっていた。
レクスも手近な服を着たマネキンに近寄り、まじまじと服を細部まで確認する。
ツヤツヤとしたレースの布を触り、眼を近づけてよく観察するがやはりレクスにはどれも全部同じように見えてしまうのだ。
(レインはこういった服が好きなのか……。確かに「可愛い」ってことはわかるけどよ……?うーん、よくわかんねぇ。……でも。)
レクスは服から手を離し、マネキンから顔を上げると、店の衣服を相変わらずきらきらした眼で見て回っているレインを見やる。
楽しそうに見て回るレインに、思わずレクスの口元がほころんだ。
(ま、レインが楽しんでるようならいっか。……にしても、これをレインが着たらどうなるんだ……?)
レクスはふと、こういった服を着たレインを頭の中で想像して考えようとしたときだった。
とんとレクスの腕が誰かの身体に当たる。
レクスはまずいと思い、謝るためにその人物に向き直った。
「わ、悪ぃ!つい当たっちまった!」
「大丈夫。……あれ?レクス?こんなところで何してるの?」
知った声にレクスは顔を上げて、その人物の顔を見る。
その女性は、レクスの知り合いであり、「傭兵」の一人。
「……ん?マリンさん!?」
「やっほ。レクス。こんなとこで会うのも珍しい。」
件の女性はレクスを不思議そうに、しかしあまり掴みどころのない顔で見つめていた。
彼女はマリン・アルバスペル。
アイスブルーの髪を長いサイドテールに纏め、同色の瞳は何処か眠たげな印象を抱かせる美女。
そんな彼女はいつも黒いゴシックロリータを着用し、その胸元ははち切れんばかりに張り詰めている。
レクスの師匠であるクロウの妻の一人であり、アランと同じヴァンパイアだ。
「レクス、なんでここにいるの?ここには男物の服は無いよ?」
レクスが少し照れくさいように頭を掻く。
「あー…ちょっとデートでよ……。」
「レクス様!あちしこの服を試着……あれ?どちら様です?」
何故ここにいるかを説明しようとした矢先、丁度レインが服を持ってレクスの元へ戻ってきた。
そんなレインの姿を、マリンはその水色の眼に捉える。
「あれ、あなた……。」
レインを見つめ、興味津々な様子で歩み寄るマリン。
方やレインはきょとんとマリンを見つめていた。
マリンは屈み込み、レインと目線を合わせる。
「レクス、メイドさんがいたの?……すごく可愛い。ヒメルみたい。」
「ほ……本当にどちら様です?すごい美人です……まさか、レクス様の……新しいハーレムの一人です!?」
眼をカッと見開き、わなわなと震えるレイン。
しかしマリンは即、首を横に振った。
「わたしはクローのお嫁さん。レクスとは……仕事仲間の傭兵になる」
「あ、仕事仲間の方ですか。びっくりしたです。あちしはレインです。レクス様のメイドであり……は、ハーレムの一人です。」
頬を染めて可愛く俯くレインに、マリンはコクンと無表情で頷いた。
「そう。レイン。よろしく。……レクスもハーレムを作ったの?クローと一緒。」
「……ちょっと色々あってよ。まだみんな恋人じゃねぇんだ。……でも、大切な人の一人だ。」
「レクス様……。」
頬を掻きながら照れたように言うレクスに、レインはぽぉっと頬を染め、青銅の眼を潤わせる。
そんなレクスとレインを見て、マリンは僅かに口元を上げた。
それを見て、レクスは僅かに驚く。
滅多に感情を出さないマリンが珍しく微笑んだのだ。
「そうなんだ。レイン。……レクスに可愛いって言って貰いたい?」
「は、はいです。」
「じゃあ、ついてきて。わたしが、レクスに可愛いって言われるようにしてあげる。……レクス。レインを借りるね。」
「いいのです?マリンさん。」
「この店のお客さんは、皆同志。」
レクスに顔を向け、ぱちんとウィンクをするマリン。
滅多に見ることのない自信を見せるマリンに、レクスは「あ、あぁ……?」と頷くことしかできなかった。
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