少女は駆けてきた
夏の陽射しが空から照りつけ、ジリジリと焼けそうな暑さの中。
空はところどころ積雲が見えるが、概ね良好な天気であり、依頼へ向かう冒険者や買い物に向かう街の人、貴族の学園生など、学園の前を多様な職種、多くの人が行き交っている。
学園の夏休みに入り、学園生たちの行動はバラバラだ。
そんな中、レクスは校門の前で待ち合わせの時間を待っていた。
待ち人はもちろんレイン。
『で、デートです!?……ご主人様、あちしとデートしてくれるです!?』
アオイに続いてデートに誘った際、そう言って目を丸くして身体全体で飛び退くように驚いていたレインを、レクスは頭に思い浮かべていた。
聞くところによると、本当にレクスが全員とデートするとは思っていなかったらしく、嬉しさのあまりレインが一日中にやけていたことはレクスの記憶に新しい。
レクスはポケットから魔導時計を取り出し、蓋を開いて確認する。
時計の長針は指しているのは待ち合わせの十分前。
少しばかり待ち人にそわそわとしながら、魔導時計の金属蓋をパチンと締めた。
それとほぼ同時。
コッコッと石畳の上を駆ける硬い音がレクスに届く。
レクスが顔を動かし、目線を向けた先。
その少女はレクスに向かい走ってきていた。
「ご、ご主人様!お待たせしましたですっ!」
「いや、全然……ってレイン!?」
そこには。
スカートの長いメイド服を着たレインがレクス目掛けて勢いよく迫ってきていた。
レクスは眼を見開き、少し戸惑いを覚えながらレインを見つめる。
忙しない様子でレクスの前で立ち止まったレインは、ハァハァと息を切らし、顔を俯かせた。
「お……お待たせ……しましたです。ご主人……様。」
「い、いや、俺もいま来たとこだけどよ。……なんで、メイド服なんだ?あと、やっぱりご主人様って呼ばれるとよ……。」
「ご主人様」と呼ばれたレクスを、辺りを歩いていた人たちや学園生が奇異の眼でちらちらと見ている。
そんなことはお構い無しとばかりに、息を整えたレインは顔を上げた。
水色のおかっぱ髪はさらりと靡き、くりりとした青銅の瞳は真っ直ぐレクスの瞳を見上げている。
背が低く、きめ細やかな白い肌に人形のように精巧で可愛らしい顔は紅潮した頬が映えている。
透きとおるような儚げにも見える、見目麗しい女の子がそこにいた。
何故メイド服なのかはレクスにはわからなかったが、黒いメイド服は着慣れているのかレインの雰囲気にしっかりと合っているようにレクスには映った。
メイド服のこんな美少女に「ご主人様」と言われるレクスが悪目立ちするのは当たり前と言えるだろう。
実際はレインがレクスより一つ年上なのだが。
しかし、レインはきょとんと首を傾げている。
「どうしてです?あちしのご主人様をご主人様と呼ぶのは当然です。……メイド服なのは、ご主人様が喜んでくれると思ったです。」
「確かに似合ってて可愛いけどよ……。」
「ほんとです!?」
苦笑いし、呆れたようにため息をつきながら話すレクスに、レインはきらきらと眼を輝かせていた。
「……せめて、名前で呼んでくれねぇか?「ご主人様」だとちょっと目立つしこそばゆくってよ。」
さすがに目立つから着替えて来て欲しいとは口が裂けても言えないレクスは少し照れくさいように呟く。
レインが「喜んでくれる」と思ったものを、無下にはできなかったからだ。
「そうなのです?じゃあ……レクス様!今日はよろしくお願いするです!」
「……まあ、いいか。それじゃ……レイン、行くか。」
レクスはにかっと微笑みながら、レインの前に手を差しだす。
するとレインはまるで夢でも見ているかのようにおずおずとレクスの手と顔を交互に見比べた。
「レクス様……?」
「手を繋がなきゃ逸れちまうといけねぇだろ?」
レクスがそう言った途端、レインの表情がかぁっとさらに紅く染まった。
「れ、レクス様!?手を繋ぐです!?」
「あ、ああ……。嫌だったか?なら……。」
「繋ぐです!繋がせてください!」
レクスが手を引こうとすると、レインは慌てるようにレクスの手を握り込む。
柔らかくすべすべとした感触に少しレクスの頬も染まる。
それはレインも同じようだった。
「レクス様の手……あちしより大きくて、少しゴツゴツしてるです……。」
レインは熱に浮かされたように呟く。
その言葉を気恥ずかしいと思いつつも、レクスはレインに声をかけた。
「今日はよろしくな、レイン。どっか行きたいとこがあるか?折角のデートだ。レインの行きたいとこに行かなきゃな。」
「あ、あちしはレクス様とならどこでも……でも、行きたいとこならあるです。」
「おう。じゃあ、そこに行くか。どこ行きたいんだ?」
「あ、あっちです……。」
レインは紅い顔のままで、控えめに指をさす。
表通りの方向を指し示すレインに、レクスは楽しげに頷いた。
「わかった。道案内を頼む。レインが楽しめるようにしっかりエスコートするからよ。」
「は、はいです……。」
レインが指した方向に向けて、レクスはゆっくりと歩き出した。
遅れてレインも少しだけ照れるように俯きながら歩き出し、レクスの隣にぴったりと並ぶ。
レクスの足取りは、レインの歩幅に合わせるようにぴったりと揃っていた。
メイドのレインが指した方向に、主人のレクスが導かれて歩くという何処かおかしな光景。
しかしそれでも、二人並んで歩く光景は、周りからは何処か幸せそうに映っていた。
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