第7.5−2話
リュウジはエヴィークを睨みつける。
エヴィークは転がっている木製の武器から、50cmほどの剣をヒョイっと手に取り、そのまま構える。
その姿は脱力しきっているようにも見えた。
リュウジとリナは何時でも飛びかかれるように剣を構える。
「いいね。その挑戦的な目。そうこなくちゃね。」
そう言ってエヴィークはにこやかに笑う。しかしその眼は笑っておらず、はっきりと二人を鋭い眼差しで見つめていた。
エヴィークの視線ににリュウジとリナの鋭い視線がぶつかり合う。
そして機は熟したとばかりにエヴィークはガルダンに声をかけた。
「ガルダン。合図を頼む。」
「はっ。それでは…始め!」
ガルダンの声が響くや否や、リュウジとリナの両方がエヴィーク目掛け飛び出した。
リナが右側に回り、リュウジが左側に回る。
「はあああああっ!」
リナが横薙ぎに剣を振るう。
その剣は間違いなくエヴィークを捉えていた。
しかしエヴィークはその太刀筋に剣を添える。
ただそれだけだった。
”カンという音がして、その瞬間。
リナの大剣を模した木剣が、宙を舞っていた。
「えっ…。」
大剣を一瞬で弾き飛ばされたリナは呆然と立ち尽くしていた。
「いい剣だ。初めてにしてはね。…僕には止まって見えたよ。」
鋭い眼光と共に、エヴィークが呟く。
その瞬間、リナは戦慄していた。
(うそ…。何されたのか全く見えなかった…。)
リナはへなへなとその場に崩れ落ちる。
同時に大剣も”カラン”という音と共に地面に落ちた。
「リナをよくも!」
リュウジがエヴィークの後ろから迫る。
エヴィークの死角に踏み込んだリュウジは袈裟斬りをしようと剣を振るう。
しかしその剣は"カン”という木剣がぶつかる音で止まった。
「なっ…!?」
自身の剣が止められたことにリュウジは絶句する。
まるで自身の剣が読まれたように、そこに剣を置かれていたからだ。
さらにリュウジはかなりの力を入れていたが、エヴィークの剣を弾けなかった。
リュウジは剣を引き、もう一度打ち込もうと剣を振りかぶる。
その瞬間、エヴィークはくるりと振り返るとリュウジに向かい踏み込んだ。
その一瞬、リュウジはエヴィークの眼を見た。
鋭い眼光がリュウジの恐怖をかき立てる。
そのまま”ドン”と胸に衝撃が走り、リュウジは吹き飛ばされ、倒れた。
「がっは…。」
胸への衝撃は、リュウジの肺を強く圧迫した。
その拍子に、リュウジの手から木剣がコロリと落ちる。
「君の剣もなかなかだね。…何も面白くはないけど。」
そう言ってエヴィークはヒョイっと自身の使っていた木剣をガルダンに投げ渡す。
(嘘だろ…僕が負けた…?)
一瞬の早業だった。
ガルダンすら圧倒していた二人が僅かな間に
リュウジはその事実が信じられなかった。
そんなリュウジたちを見て、エヴィークはさわやかに笑いながら口を開く。
「うん。二人とも確かにいい剣筋だったよ。もう少し鍛えれば、見違えるように強くなるさ。頑張るといい。」
そう言ってつかつかと修練場を後にするエヴィーク。
リュウジたちはただ呆然と後ろ姿を眺めているしかできなかった。
そして、修練場から出ていく際、ポツリと呟いた。
「まぁ、僕のライバルにはほど遠いけどね。」
その言葉が聞こえた者は、誰もいない。
「なんなのよアイツ!」
エヴィークが去った後、リナが声を荒げる。
その目には悔しさがにじみ出ていた。
リュウジもやっとの思いで立ち上がると、修練場の出入り口を忌々しく見つめる。
ガルダンが「はぁ」と溜め息を吐くと二人に向かって話し始めた。
「リュウジ、リナちゃん。ありゃ事故みたいなもんだ。気にすんじゃねぇ。あいつはうちの王国きっての天才だ。比べるもんじゃねぇよ。」
そう言うガルダンにリュウジは歩み寄った。
リュウジは顔を顰め、不機嫌そうだ。
「でも、あの人は何であんなに強いんだ?僕が負けるなんて。よっぽど強いスキルを持ってるの?」
リュウジの言葉にガルダンは首を横に振る。
「いいや、アイツはガチのバケモンだ。なんたって歴代最年少で王国軍近衛兵の隊長にのし上がった奴だ。スキル有り無しじゃねぇよ。それに…アイツのスキルは剣士とか戦士とかそんなんじゃ無い。」
「剣士や戦士じゃない?なんなんだよ?」
「確か…「パン職人」だったはずだ。」
「え…?」
リュウジとリナはその言葉に呆気にとられ、口を大きく開いた。
修練場から出たエヴィークが王宮に向けて歩いていると、エヴィークに近づく女性の姿があった。
その女性は駆け足で息が少し上がっている。
女性はエヴィークと同じ近衛兵の鎧を纏い、茶髪の三つ編みで眼鏡には黄色の瞳が写っていた。
「エヴィーク様!探しましたよ!何処にいたんですか!?」
「ん?ああ、マーシアか。ちょっと話題の勇者ってやつを見にね。」
エヴィークは女性に気付くとにこにこと笑顔で返答する。
マーシアと呼ばれたその女性は「またですか…」と肩を落とした。
このマーシアという女性はエヴィークの副官であり、エヴィークの妻であった。なおエヴィークには、他に3人妻帯しており、全員が近衛部隊に属していた。
「あはは…ごめんねマーシア。」
肩を落としているマーシアに詫びるエヴィーク。
そんなエヴィークに慣れているマーシアはエヴィークを少しジトッとした目で見つつ、並んで歩いた。
「それで?噂の勇者様はどんな方だったんですか?…あといい加減、将来有望そうな人に手合わせふっかけるのやめて下さい。」
「まあ、強くはなれるよ。スキルを上手く使いこなせば僕レベルには十分手が届くはずだ。だけどね…あれじゃ足りないよ。」
「足りない…ですか?」
マーシアが疑問符を浮かべ、エヴィークを見る。
「僕のライバルなら、勝負になった瞬間に殺しにかかるからね。判断力がまだ拙い。後、彼ならもっと思念を剣に乗せてくるから剣に迷いがなくてひたすらに鋭い。彼らは強くなりたい、最強になってやるみたいな思いは乗ってたけど、それじゃ弱すぎる。何も抱えてない、強さだけを求める剣はただの虚栄だ。」
エヴィークは自身の友人であり好敵手を思い描きながらマーシアに語る。
マーシアは「またですか」と言わんばかりの呆れた表情で溜め息をついていた。
「エヴィーク様が言っていることはわかりますけど、あの人と比べるのは酷だと思いますよ?」
エヴィークが思い浮かべた人物はエヴィークが王国近衛隊長になってからただ一人、グランドキングダム内でこてんぱんに負けた人物だ。そんな人たちが仲がいいのもマーシアは奇妙に思っていたのだが本人は知る由もない。
「それもそうかも知れないけどね。…でも、期待しちゃうじゃないか。彼は、やってのけたんだから。」
エヴィークの脳裏にはその友人が起こした奇跡が、己の目に焼き付いて離れないのだった。
その日の夜、リナはベッドの上で膝を抱え、落ち込んでいた。
原因は明白で、日中エヴィークに負けてしまったことをリナは引きずっていたのだ。
「はぁ…あんな啖呵きってあっさり負けちゃうなんて…」
その頭の中にはエヴィークから剣を弾き飛ばされた時の感覚があった。
何が起こったのか分からない。ただそれほどの剣術だったのはリナには理解出来ていた。
「はぁ…まあ、あたし自身が剣を握るのも初めてだしね。もっと頑張って、リュウジの力にならなきゃ。」
そう切り替えて、ベッドにごろりと転がり、ぐいっと身体を伸ばす。
その時、一瞬とある人物の顔がリナの脳裏に浮かぶ。
「うげっ…嫌な顔思い出しちゃった。気分悪…。」
その顔にリナは顔をしかめる。
何の能力もない、ただの馬鹿な幼馴染。
自身の隣にいつもいただけの気持ち悪い奴の顔だ。
「はーあ。寝よ寝よ。アイツの顔なんて思い出したくもない。」
リナはそう言って、毛布を被り目を閉じる。
すると、疲れていたのかすぐにうつらうつらと眠気がやってくる。
そして眠りに入る直前。
大嫌いなはずの幼馴染の言葉がふと、リナの頭の中で再生された。
それは、初めてリナが料理に失敗し、泣いている時にその幼馴染が言った言葉だ。
「頑張ったじゃねぇか。俺はそんなリナを知ってる。大丈夫だ。」
そう言ってただリナの傍に居てくれただけだった。
ただ、何故かリナはその言葉に安心して。
リナは心地よく眠りについたのだった。
同じ時間、リュウジは自室でドンドンとじだんだを踏んでいた。
「クソッ!クソッ!クソッ!なんなんだよアイツ!」
リュウジはエヴィークに完膚なきまでに負けたことに腹を立てていた。
しかもよりにもよって「パン職人」という戦闘に全く関係ないスキル持ちに負けたのだ。
自身のチートである「勇者」というスキルを否定されたような気がしていた。
「舐めやがって!舐めやがって!絶対に許さないからな!」
リュウジはベッドに乗っかると、バンバンと枕を叩き出した。
しばらくすると疲れたのか、ハァハァと肩で息をする。
すると、リュウジは何かを思いついたように目を見開いた。
「そうだ、僕は「勇者」じゃないか。」
そう呟き、リュウジはベッドの傍に立てかけた剣を見る。
神聖剣「ファブニル」。
白い刀身の美しい剣は、「勇者」のスキル持ちしか触れられない剣だ。
「そうだよな。勇者たる僕が真剣で負ける訳ないじゃないか。今日は木剣を使ったからじゃん。当たり前の話だったな。」
リュウジはごろりと寝転ぶ。
そしてエヴィークの顔を思い出し、ニヤリと笑う。
「そーだよなぁ。いくら最強って言っても訓練での話だよね。神聖剣を振れば僕が最強じゃないか。あんな奴、気にする必要もないじゃん。馬鹿馬鹿し。」
そうリュウジが呟くと、"コンコン”誰かがドアを叩く音がした。
リュウジはドアの方に顔を向ける。
「どうぞー。開いてるよ。」
「こんばんは。リュージ。今日も来ちゃった。」
ドアがガチャリと開き、にこにこしたノアが入ってきた。
リュウジはノアを見て、ベッドに腰掛けた。
するとノアはたたたっとリュウジに近寄り、リュウジの膝の間にちょこんと座る。
「おつかれさま。リュージ。今日はどうだった?」
「途中まではよかったけどさ。突然いけ好かない嫌な奴が来たんだ。サイアクだったよ。ノアは?」
「私は魔法の扱い方をちょっと聞いただけだったよ。…ところでさ、リュージ。」
「ん?なんだいノア?」
「今日も…シよ?私、今日ずっとリュージを我慢してたんだよ?」
そう言うと、ノアは自身の白いショーツを座りながら脱ぐ。
それは蠱惑的な囁きだった。
ノアの仕草にリュウジはすぐに興奮し、鼻息を荒くする。
「ノア…今日もいいんだね?」
「うん。今日はちょっと激しくてもいいよ。リュージ。」
そうノアが囁くと、リュージはノアの服に手をかける。
リュージは今日も、寝るのが遅くなりそうだった。