戸惑いの親友
7の月に差し掛かり、アオイとのデートから数日経ったある日。
「はぁ……。」
照りつけるような陽も昇り始め、カーテンから陽光の漏れ出す朝の時間帯。
レクスが出かけようと着替えを済ませると、ベッドの上に腰掛けながら、深いため息を吐いているアランの姿があった。
その表情は何処か憂いに満ちた表情で、両手で頭を抱えている。
いつも自信満々な振る舞いをするアランが、こうも頭を抱えていることが、レクスにとっては不思議だった。
(……アランの奴、この前から一体どうしたんだ?いつもぼーっとしてて全然いつもの尊大な雰囲気もねぇしよ。飯は食ってるから、元気じゃあると思うんだが……。)
実はアランは、学園の襲撃がレクスたちの活躍で終わったときからずっとこうだった。
何か思い悩むように憂いた雰囲気をずっと纏っているアランを、レクスは少し心配していたのだ。
一応、アランを親友だと思っているレクス。
(こうも変な態度が続くと……調子狂うな。何を悩んでんだか……全く……。)
レクスはふぅとため息を吐くと、頭を抱えて俯くアランに歩み寄った。
「どうしたんだ?アラン。ずっとため息なんか吐いてよ。」
「あ……ああ。すまないね、レクスくん……。はぁ……。」
「アラン、ここ数日ずっとじゃねぇか。悩んでるなら聞くぞ。……ちょっとこのあと、俺出かけるけどよ。」
「……聞いてくれるのかい?こんな僕の話を……。」
アランはレクスが声をかけている間も俯き、何処か複雑そうにため息を吐くばかりだ。
このようなアランを、レクスは今まで見たことはなく、ただごとではないとうすらと思っていた。
「……えらい剣幕だな。学園が襲撃された時からずっとだろ?」
「うん。……僕は学園襲撃のとき、カリーナとエミリーの前で倒れてしまってね……。」
「そりゃ仕方ねぇだろ。あの時は学園の男子全員が「ダークネスアイズ」にかかってたって話だ。……動ける方が稀だろ。カリーナもエミリーも無事だったから、よしとするしかねぇよ。」
メギドナの学園への襲撃は、レクス以外の男子全員を無力化するものだった。
もちろんアランも倒れていたことをレクスは知っている。カリーナとエミリーに助けられたこともだ。
しかし、アランは首を弱く横に振る。
「いいや、違うんだよレクスくん。そうじゃないんだ…。」
「……ん?二人が無事ならよかったじゃねぇか。……頼りない姿を見られたことかよ?」
「まあ、それも少しだけあるけどね……。僕は……僕は!」
アランはカッと眼を見開き、顔を上げる。
急に上げられた顔に、レクスは驚き僅かに仰け反った。
「……二人から同時に、き……キスをされてしまったんだ……!」
「……はぁ!?」
予想だにしないアランの発言に、レクスは素っ頓狂な声を上げる。
アランは再び俯き、顔を手で押さえてしまった。
「僕が眼を覚ました時だ。ふ……二人が、ぼ……僕にき……キスを……していたんだよレクスくん!」
「そ、そりゃあなんて言っていいか、俺もわかんねぇけどよ。……二人はなんて?」
「……僕が倒れたから、どうすれば起きるかと一生懸命考えたらしい。それで思いついたのが絵本や演劇でよくある、キスで眼を覚ます展開だそうだ。……一人づつでは効果がなかったから、二人一緒にしたらしい。ぼ……僕は二人に顔向けできない!どうすればいいんだ!」
「なるほど……そういうことかよ……。」
アランはどうすれいいか分からないというように頭をわしわしとかきむしる。
一方のレクスも困惑したアランを見ながら、顎に手を当て、最近のカリーナとエミリーを思い出していた。
(そういや、最近のカリーナとエミリー、少しだけアランによそよそしかったような気もするけどよ……?……そういや、アランと一緒に行動してないな。あのカリーナが。だいたい一緒にいるもんだとばかり思ってたけど、そんなことがあったとはよ……。)
レクスは最近、カリーナとエミリーが一緒に歩いているところは見かけるが、よくよく考えるとそこにアランがいなかったことを思い出していた。
以前はカリーナと偶に演劇を見に出かけていたアランは、カリーナを「血の盟約」以前に非常に大切に想っていたことを、レクスは知っているのだから。
そこにエミリーも入ってきているのだ。
(しかも二人同時か。……俺も他人のことは言えねぇけどよ。)
レクスは自身のことを思い返しながら、ふぅとため息を吐く。
レクス自身、四人の見目麗しい女子から好意を持たれ、「ハーレム」を宣言されているのだ。
彼女たちはレクスにとって”まだ”恋人ではない。
しかしながら、もうすでに答えなんて出ているようなものだ。
レクスは自分を好いてくれる彼女たちを絶対に見捨てられず、必ず守ると心に誓っているのだから。
そんな中で、アランは再び「はぁぁ……」と深いため息を吐く。
「レクスくん……僕は、一体どうすれば良いんだろうか……?」
アランが弱々しく、消え入りそうな声で呟く。
「そう……だな……。」
レクスは手を額に当て、思考を巡らせる。
そして、あることを思いついた。
それは、今日これからレクスが出掛けようとしている理由。
「……二人を、デートに誘ってみるとかどうだ?」
「デー……ト?」
アランは抱えていた頭をゆっくりと持ち上げ、レクスに顔を向ける。
焦燥しきったようなアランだったが、その眼は一縷の希望に縋るようだった。
レクスはゆっくり、「ああ」と頷く。
「結局アランが二人に聞いてみるしかねぇだろ。どう思ってるかをよ。……少なくとも、嫌ってはねぇと思うぞ?」
「それは……本当かい?」
「いいや、俺にはわからねぇよ。カティじゃねぇしな。……でも、どのみちお礼も兼ねて誘ってみるってのは、悪くねぇとは思うぞ。助けられたことは事実じゃねぇか。」
「レクスくん……そう、だね。大切なことを、僕は忘れていたみたいだ。」
「一人で悩んだってしょうがねぇだろ。……特に相手がいるならよ。」
にぃとほほ笑むレクスに、アランはすっと立ち上がる。
その目つきは、いつものアランに戻りつつあるように、レクスには見えた。
「レクスくん、ありがとう!僕はたった今、目が覚めたよ!そうじゃないか、僕は彼女たちにまだしっかりとお礼も言っていないからね!……誘ってみることにするよ!」
「ああ。頑張れよ、アラン。やっぱりアランはその調子が一番いいっての。いつもの態度じゃねぇと、俺も調子狂っちまう。」
「全く、僕もまだまだだね!親友に気づかされるなんて!ありがとう!レクスくん!……もし駄目だったら、骨は拾ってくれるかい?」
「……まぁ、話ぐらいは聞くぞ。……さてと、俺も出なきゃな。」
レクスはポケットから魔導時計を取り出し、時間を確認する。
まだ少し早い時間だが、早めに待つ方が良いと、そう思ったのだ。
レクスは踵を返し、ドアに向かう。
「そういえば、さっき出掛けるって言ってたね。何処に行くんだい?」
レクスはアランに顔だけ振り向き、少し照れくさいように口元を上げた。
「ああ。俺も……デートなんだよ。」
今日は、レインとのデートの日だ。
お読みいただき、ありがとうございます。




