たからもの
「あいよ。……合わせて3000Gだ。欲しい色はなんかあるか?」
「そこの橙のやつと…そこの黄色いやつで頼む。」
レクスが指さした風車は橙色の和紙が織り込まれ、紅葉が舞うように回る風車。
それともう一つは黄色い和紙の繊維が光を返し、僅かにきらきらと輝いて見える、琥珀のような輝きをしたような風車だ。
その言葉に、アオイは顔を上げ、少し驚いたような表情でレクスの顔を見た。
「…え?…レクス?」
レクスの表情は少しにやりと、口元が上がっている。
店主はレクスが指さした風車をひょいひょいと手に取ると、そのままでレクスに手渡した。
レクスはその二本を受け取ると、取り出していた銀貨三枚を店主に握らせる。
「まいどあり。……この前の娘も、この娘も彼女さんかい?」
「違ぇよ。……まだ、な。」
軽くにやける店主に軽口を返したレクスはアオイに向き直ると、一本の風車をにこやかに微笑みながらアオイに手渡す。
琥珀色の方だ。
差し出された風車に、アオイの目は大きく見開かれた。
「…レクス、これ……。」
「今日はアオイと俺のデートなんだろ?……楽しまなけりゃいけねぇじゃねえか。…あと、俺は皆に笑っててほしいからよ。もちろん、アオイにもな。」
にぃっと笑うレクスから、アオイはゆっくり手を伸ばして、風車を受け取る。
風車を自身の方へ向けると、アオイはふぅと息を吹きかけた。
くるくると回り出す羽根はきらきらと輝きを放ち、アオイの目にきらびやかな光彩を映し出す。
アオイの吐息を受けて回る風車に、アオイの表情は僅かに微笑むように和らいだ。
「…レクスの女たらし。」
「……人聞きの悪いこと言わねぇでくれよ……。」
「…でも、すごくうれしい。…ありがと、レクス。」
「おう。楽しませるのが、「エスコート」だろ?……ほら、アオイ。行くか!」
「…うん!」
アオイは手を差しだすと、レクスはその手を取り、再び指を絡める。
絡めた指の反対の腕には、二人とも風車を握っていた。
アオイの頬に伝った雫は既に乾ききり、楽しそうな満面の笑みをレクスに向けていた。
それからも二人は、広場をところ狭しと走り回るように見て回る。
その間も二人の手には風車が握られ、くるくると忙しなく、しかし美しくカラカラと回っていた。
◆
陽も落ち始め、柿色に染まる夕焼け空の下、広場からの帰り道をレクスとアオイは手を握り、学園へと歩いていた。
広場で買った風車は二人の手の中で風を受け、いまだに回り続けている。
満足そうにニコニコと微笑むアオイを見ながら、レクスはほっとした気持ちで優しくはにかんでいた。
(……満足そうでよかった。あんな顔されちゃ、ずっと引きずっちまうからよ。……笑った顔のアオイがいいんだから。)
そう思いつつ隣に歩くアオイの顔を見ると、何処か頬を紅く、レクスの顔を見上げていた。
「…レクス。…今日はありがとう。」
「いいっての、このくらい。……俺もアオイの笑った顔が見れて、嬉しかったからよ。」
「…むぅ。…やっぱり、女たらし。」
何の気もなしに言うレクスに、アオイは少し頬を膨らませながらも、やはり表情は紅いままだ。
そんな会話をしながら、学園の校門前に差し掛かったとき、急にアオイが足を止めた。
「どうした?アオ……。」
何事かと思いレクスが足を止め、振り返ったその時だった。
「…んぅ。」
レクスの唇に、アオイの柔らかな唇が触れる。
ふわりと漂う香の匂い。
急なくちづけに、レクスは脳の処理が追いつかない。
しかし僅かに感じる静かなアオイの吐息に、レクスの心音は煩いくらいに身体に響く。
アオイは眼を閉じており、艷やかな唇の感触は一瞬の時を永遠に感じさせるようだった。
そうしてアオイがゆっくりと唇を離す。
頬は熟れきった林檎のようで、アンバーの瞳は熱に浮かされたようだ。
「……あ、アオイ!?……ど、どういう……!?」
「…皆と約束した。…「キスは一日一回まで」って。」
僅かに困惑し、たじろぐレクスにアオイは恥ずかしそうに語る。
するとアオイは手を離し、紅い顔のままでレクスの前に立つ。
「…ありがとう、レクス。…楽しかった。…また、明日ね?」
「お、おう……。またな……アオイ……。」
満面の笑みでたたっと校門に入っていくアオイ。
しかしレクスは、呆然と立ち尽くしたままだ。
アオイのキスに驚き、笑顔に見惚れていたのだ。
顔を染め、拍動する心音を身体に響かせながら、レクスはふぅとため息を吐いた。
(……アオイに敵う気がしねぇな。…他の皆にもよ。)
僅かばかりに苦笑しながらも、レクスはアオイを追うように、校門へ入った。
◆
アオイはガチャリと、自室の扉を開く。
部屋の中では、同室のクオンがベッドに腰掛け、食い入るように本を読んでいた。
クオンはアオイに気がついたのか、顔を上げて翡翠の瞳にアオイを映す。
「あ、アオイさん。おかえりなさいなのです。」
「…ただいま。…クオン。」
「……それは、なんなのですか?」
アオイが持っていた風車に、クオンは不思議そうに首を傾げ、眼を向けた。
レクスと同様に何かわからない様子だ。
「…これ?…これは……。」
アオイは風車にふぅと息を吹きかける。
回りながらもきらきらと光を反射する風車に、アオイは柔らかくほほ笑んだ。
その笑顔は、同室のクオンも見たことのない程に美しく、魅力的で。
「…うちの、たからもの。」
愛し慈しむように、アオイは目を細めた。
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