手を繋いだ先に
グラッパの店から出たレクスとアオイは、二人並んで歩き始める。
熱気のなかでも柔らかく吹き抜ける風が、二人の髪をさらりと撫でた。
アオイの薄いブラウンの髪が風にさらりと優しく靡く様子は、まさに絵画のような光景だ。
「…風が気持ちいい。」
「そうだな。……こんなに暑いと、茹だっちまいそうだな。」
そう言って、レクスは何気なくアオイの方に目をやる。
するとアオイは浴衣の合わせ目を少し開き、服の中に風を送り込んでいた。
アオイの浴衣のうちに見えた、きめ細やかな乙女の柔肌と、柔らかそうで立派な曲線にレクスは頬を染めて慌てて顔を逸らす。
「ばっ……アオイ!なんてことしてんだ!」
「…暑かったから、汗かいちゃった。…ふーん。」
朱に染まったレクスに気がついたのか、アオイは僅かにいたずらっぽく口元を上げた。
「…レクスのえっち。」
そう呟いたアオイは少しにやけていたが、頬が染まっていたのは間違いない。
「……気をつけてくれよ、アオイ……。」
紅い頬でアオイにドギマギしながらも、レクスはアオイに手を差し出す。
「…ん。…大丈夫。…レクスの前でしかしない。」
「そういう意味じゃねぇんだけどよ……。」
レクスが差し出した手を、たおやかなアオイの手がゆっくりとつかむ。
戦闘慣れしているとは思えない、さらりとした絹ような手のひらは、緊張してか少し震えていた。
「…今日はうちの番だから。…うちをどこに連れてってくれるの?レクス?」
「そうだな。……アオイが気に入るかはわかんねぇけどよ。」
レクスがアオイの手を引きながら、ゆっくりと王都の石畳を歩き出す。
アオイもそれにつられ、レクスについて歩き出した。
レクスの歩く速さは比較的的ゆっくりで、アオイも余裕を持った歩幅でついて行くことが出来た。
王都の広場へ向けて伸びる石畳の街道は、広場に近づくに連れて人通りがだんだんと増えていく。
アオイと手を離さないように、レクスはアオイと指を絡めた。
「…あっ。…レクス、指……。」
「離れるといけねぇからよ。……嫌だったか?」
「…ううん。…嬉しい。」
レクスが振り返り、アオイの顔をちらりと伺う。
アオイの顔は何処か照れたように、しかし嬉しそうに、レクスの手を受け入れているようだった。
すると、レクスはふと気になったように口を開く。
「……そういや、みんなとデートをするとは言ったけどよ。どうして、アオイからなんだ?」
「…じゃんけんで決めた。…一番最初がうち、次がレイン。…その次がマリエナで、最後がカルティア。」
「そんなことがあったのか……。」
確かにレクスはマリエナとデートをした時、カルティアとアオイにデートをするとは言っていたのだが、順番まで決められているというのは、レクスには全くもって予想外だった。
「…だから、今日はうち。…エスコートしてね。」
「そうかよ……。だったら、楽しまなくっちゃな。」
「…うん。」
レクスはにぃっと微笑んで、アオイの手を引く。
レクスが向かう先は、一つしかない。
何度も訪れ、レクスにとっては思い出のある広場だ。
◆
レクスに連れられたアオイは、王都の広場の噴水前に足を運んでいた。
勢いよく水が噴き上がり、水の粒が虹を映し出している涼やかな噴水の前には、レクスたちの他にも多くの人が集まっていた。
皆、噴水の前で行われている出し物がお目当てだ。
その出し物は。
「みなさーん!危ないから、少し離れてみてってくださいねぇ!……そぉーれ!」
赤いキラキラとしたジャケットと黒いスラックスを着た、シルクハットの青年が両手に四つづつ、よく切れそうなナイフを広げるように手に掲げた。
「いち、にーの、……さん!」
シルクハットの男性は一本づつ、ナイフを宙に放り投げていく。
宙に放り投げられたナイフは、放物線を描いて男性の元へと落ちていくが、男性は器用にそのナイフを次から次へと受け止めては再び放り投げ、円を描いて回していく。
誰しもがそのジャグリングを、驚き、感心しながら見とれていた。
「…すごい。うちもあんな器用にできないかも。」
「俺もだな。あんな器用に回せねぇよ」
レクスとアオイの二人も、感心したように呟く。
噴水前で行われていたのは、定期的に行われている大道芸だ。
二人とも、今まで大道芸をじっくりと見たことはない。
たまたま見かけて寄ってみただけなのだが、予想外に面白いもので、二人とも見入ってしまったのだ。
「さぁ〜て、大詰めですよぉ!……はぁい!」
すると、シルクハットの男性はフィニッシュと言わんばかりに全てのナイフを頭上に放り投げる。
そして、落ちてきたナイフを手を振るい、全ての刃先を指の股で受け止めた。
にっと笑うシルクハットの男性に、集まっていた人の中からパチパチと音が鳴り始め、最後には拍手喝采になっていた。
もちろん、レクスもアオイもパチパチと手を叩いている。二人とも、顔を合わせ、満足そうに微笑んでいた。
「ありがとーございます!ありがとーございます!」
その中でシルクハットの男性は、ペコペコとお辞儀をしながらシルクハットを片手で取る。
内側を観客の方へ差し出すと、キラキラと陽の下に輝く硬貨が雨のように飛び交った。
幻想的にも思えるその光景に、二人も硬貨を投げていた。
「…すごかった。」
「ああ。ありゃ誰も真似できねぇよな。……見てみるもんだ。」
噴水から離れ、再び手を繋いで歩く二人は興奮冷めやらぬ様子で言葉を交わしていた。
アオイは眼をいまだに輝かせており、その衝撃を物語っているようだ。
そんなアオイを、レクスは微笑ましく見つめていた。
レクス自身も、しっかりと大道芸を見て、思いもよらぬ迫力を感じていたのだ。
そうして二人で感想を話し合いながら歩いていると、アオイがふと、とある露店を見つめて立ち止まった。
「…あ……。」
「ん?どうしたんだ?アオイ。」
急に立ち止まったアオイに、レクスは不思議に思いつつその視線の先を追う。
視線の先にあったのは、マリエナとデートしたときに立ち寄った万華鏡の店があった。
アオイはじぃっとその店を見ていたが、眼をパチパチと瞬かせると、吸い込まれるように、その店に向かって歩き始めた。
「……アオイ?」
レクスの声をよそに、アオイはその店に近寄っていく。
手を繋いでいるアオイに連れられるように、レクスは首を傾げつつ、その店へと歩いて向かう。
アオイがその店の前で立ち止まると、じっとその物品を見つめた。
万華鏡……ではない。
レクスもこの時、それを初めて目にした。
一本の細い棒の先端には、風で回転するようにきらびやかな細工を施された、丈夫な紙で出来た四枚羽。
吹き抜ける風にくるくると高速で回るその様を、アオイは食い入るように見つめていた。
「…懐かしい。…風車。」
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