隣に立つは誰が為に
レクスたちがハーレムの談義をしているのと同じ頃。
数多くの冒険者がごった返し、汗の臭いも漂う冒険者ギルドの中。
戦闘用のライトアーマーやローブを纏ったリナ、カレン、クオンの三人は依頼書を手に、カウンターへ向かっていた。
リナたちが持っているのは、「擬飛竜」の討伐依頼。
冒険者ギルドでは、Aランクのパーティが推奨される依頼だ。
依頼書を持ったリナは二人とともに、押し黙ったように顔の見慣れた受付嬢のカウンターへと脚を運ぶ。
受付嬢はにこやかに笑いながら、リナたち三人を迎え入れた。
「いらっしゃい。リナちゃんたち。今日も依頼を受けてくれるのね。……助かるんだけど、良いの?毎日ずっとじゃない。働き過ぎは身体に毒よ?」
心配そうにリナたちの顔を眺める受付嬢。
リナたち三人は、真剣そうに眼を細め、首を横に振った。
「……あたしたちは、強くならなきゃならないの。リュウジの隣に、並び立つ為にね。」
「それでもよ。これ、「擬飛竜」の依頼書よね?Aランクパーティが推奨される依頼よ?リナちゃんたちは……まだBランクになったばかりじゃない。危険な依頼よ。」
受付嬢はリナたちを慮るように声を掛ける。
受付嬢の心配するように、リナたちは現在、揃ってBランクの冒険者にまでなっていた。
登録してから三ヶ月近くでBランクへ到達することも異様な早さだが、リナたちはここ数日、学園での事件があってからというもの、連日高ランク推奨の依頼を受けていたのだ。
しかし、リナたちは静かに首を横に振った。
「あたしたちは……強くならなきゃならないの。リュウジの隣に並び立つ為に。」
リナの紅い目は、その決意を物語るように受付嬢を見つめていた。
リナたちの頭の中に思い浮かんでいるのは、この前の学園襲撃で露呈した自分たちの弱さ。
そして彼女たちの「大嫌いな幼馴染」とその仲間の活躍。
その二つが、リナたちの頭の中をずっと渦巻いていたのだ。
大嫌いな幼馴染は、仲間を引き連れ学園の異変で発生した魔獣を流れるように斃していく光景が、三人の目に焼き付いて離れない。
どこか気に入らない大嫌いな幼馴染の活躍と、自身の無力さ。
何故かおいていかれそうになる感覚。
大切な何かが遠くへ行ってしまうような感覚。
それらはリナたちに、焦りを生み出していた。
「あたしたちがリュウジと肩を並べる為に強くなるには、これしかないの。」
「私もそう思います。……何もできない足手まといは、嫌ですから。」
「そうなのです。わたしも、リュウジの戦いを支える為に、さらに強くなる必要があるのです!……お荷物には、なりたくないのです。」
そんなリナたちを見つめ、三人の強い視線に諦観したのか、受付嬢はため息を吐く。
「……わかったわ。みんな強いし無茶しないとは思うけど、気をつけてね。」
とても心配しているように目を伏せつつも、討伐依頼に受付嬢は印鑑を押す。
受理された依頼を眺めつつ、三人は受付嬢に軽く頭を下げた。
くるりと踵を返し、三人は依頼へ向かう為に準備を始める。
そんな三人には受付嬢がいつも見る笑顔がどこにも浮かんでいない。
ただ、何かに追いつかなければならないという使命感のままに、リナたちは動いていたのだ。
勇者であるリュウジに迷惑をかけない為に、三人だけで依頼を受け続けていた。
◆
そんなリナたちを見つめているものたちがいた。
冒険者の待機テーブルに腰掛けるのは、勇者のリュウジとノアの二人と「黄金百合」の面々、そして「幻影」に所属していた冒険者のミルラだ。
どこか三人をつまらなそうに見るリュウジは、ちっと舌打ちをこぼし、ふぅと大きくため息を吐く。
そんないつもと異なり不機嫌なリュウジをミルラは意外そうに眺めていた。
リュウジを気にしてか、ミルラはぽつんと口を開く。
「どうしたのかしら?リュウジ。」
ミルラの妖しさを感じさせる艶っぽい声に、リュウジはミルラの方を向く。
「ああ、ごめんね。せっかくみんなといるのに。」
リュウジはミルラに対してあははと苦笑するが、その目は一切笑っていないようにも見えた。
「そういえば、王立学園で事件があったって聞いたけど、リュウジは大丈夫だったのかしら?なんでも、かなり大きな規模で死人がでなかったことが不思議とまで言われていたわよ。」
ミルラが何気なく、しかしリュウジを少し心配したように話したときだった。
”バン”と机が揺れる。
ミルラも、黄金百合の面々も驚きながら音の原因に目をやると、リュウジがその拳を机に叩きつけていた。
その顔は不機嫌というには少々荒っぽい表情を浮かべている。
歯をギリギリと食いしばり、目元を上げ、頬を引き攣らせたその表情からは悔しさとも、不満とも言える雰囲気を漂わせていた。
リュウジが腹を立てているのは、自身が学園を守れなかったということでも、はたまた自身が気絶していて女の子たちを守れなかったということでもない。
リュウジは、自身が活躍できなかったことと自身が「無能」と蔑んでいたものが活躍したという事実、そして彼らに自身の功績を奪われたような気がして、苛立ちを隠せなかったのだ。
(あの無能君が……僕の活躍を奪うなんてさ!無能君が気絶しなかったなんて絶対にありえない!どうせコソコソ逃げ回ってただけだろうにね。解決出来たのもどうせカルティアが解決した手柄を奪ったに違いないさ!カルティアもカルティアだ。あんな奴に手柄を譲るなんて、洗脳されてるとしか思えないね!)
そんなリュウジを、ミルラは目を見開き少し怯えたように、黄金百合の面々は息を呑んで見つめる。
するとリュウジはハッとしたように、笑顔を繕った。
「ご、ごめんね。つい苛ついちゃってさ。……僕も、あの時は倒れちゃってて、何もできなかったんだ。それが……悔しくてね。」
苦々しいように呟くリュウジに、ミルラたちも申し訳なさそうに顔を伏せた。
ミルラたちは、その怒りや苛立ちの原因を「勇者」の立場からのものかと勘違いしていそうに見えたが、リュウジはわざわざ訂正する気もない。
リュウジは再び、準備をしているリナたち三人をちらりと見る。
(リナたちもリナたちだよな。僕を放っといて依頼に行くなんてさ。ご奉仕の回数もかなり減ってるし。……まあ、良いけどね。ミルラたちや他のみんながいるし。本番もやらせてくれないしさ。)
リュウジの内心通り、リナたちがリュウジの夜のご奉仕をするまでに依頼で疲れてか寝てしまっているのだ。
リナたちの頑張りに反し、リュウジはリナたちに不満をたらたらと感じていた。
そんなリュウジの隣でいつも通りに笑っているノア。
しかしその口元と目元は、どこか苛立つように、僅かに吊り上がっていた。
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