禁忌の清算
レクスが生徒会で慣れない悲鳴を上げていた翌々日の放課後のこと。
レクスはカルティアとアオイとともに、生徒会室に続く廊下を三人で歩いていた。
「……なんだろうな?生徒会からの呼び出しってよ?」
レクスが不思議そうに首を傾げ、隣のカルティアを見る。
カルティアも少し困惑しているように眉を下げた表情を浮かべていた。
「わかりませんわね。レクスさんだけならともかく、わたくしやアオイさんもとなると……?」
「…うちもわからない。…うち、何かしたかな?」
アオイすらも首を傾げ、思い当たる様子もなさそうだ。
三人は朝にマリエナから、放課後に「三人で揃って生徒会室にきて欲しい」という呼び出しを受けていたのだ。
特に心当たりのない三人は、頭に疑問符を浮かべながら、生徒会の扉の前にたどり着く。
すると、扉の外からは全く誰の声すらも聞こえてこない。
(……おかしい。今日は生徒会のメンバーの声が聞こえねぇぞ……?)
生徒会が開かれているなら、誰かの声が聞こえてもおかしくはないはずだ。
しかし、誰の声も聞こえていないことにレクスは少し違和感を覚える。
トントンと、レクスは引き戸をノックした。
「レクスだ。言われた通り三人で来たけどよ。」
「……入って。レクスくん。カルティア様も、アオイちゃんも。」
帰ってきたマリエナの声はいつもような明るいものではない。
何処か神妙な、落ち着こうとしているような声だ。
レクスが手を引き戸にかけ、ガラリと引き戸を引いて開けた。
すると、部屋の中にいたのはマリエナ一人だけ。
マリエナは何処かもじもじとしながら、紅い顔で窓際にぽつんと立っていた。
机の上にはビッくんがちょこんと座っており、キョロキョロと辺りを眺めている。
てっきり生徒会全員が集まっているものかと思っていたレクスだが、マリエナだけなのを何処かおかしく思いながらも、レクスは生徒会室へ足を踏み入れた。
続いてカルティアとアオイも足を踏み入れる。
二人とも生徒会室の雰囲気に困惑して、訝しむような顔つきで生徒会室を見渡していた。
レクスが後ろ手に引き戸をピシャリと閉めると、マリエナが意を決したように一歩前に出る。
そして、ふぅと深く息を吐いた。
「……マリエナ?どうかしたのかよ?」
レクスの問いかけに、マリエナは朱が差した顔のまま、レクスを真っ直ぐ見つめた。
その目はどこか緊張しつつも、熱に浮かされたように潤んでいる。
そのまま、ゆっくりと口を開いた。
「あ、あのね。レクスくんたちに伝えなきゃいけないことがあるの。……お願いを聞いてくれるかな?」
「あ、ああ?」
戸惑うようにレクスが声を返したその時だった。
マリエナが、深々と頭を下げたのだ。
「お願い!わたしを……レクスくんのハーレムに入れて!」
「……は?」「…え?」「……ど、どうしましたの?マリエナさん?」
レクスたち三人が目を丸くする中、ぽっぽと火照った顔のままでマリエナは頭を上げる。
困惑した頭をどうにか回そうとするが、レクスは呆気に取られて動けなかった。
それは、カルティアとアオイも同じ。
するとマリエナはゆっくりとスカートの裾に手を持っていく。
「あ、あのね。……見てもらった方が、早いと思うの。」
そしてゆっくりと、顔から火を噴きそうなマリエナは、両手でスカートをたくし上げた。
その仕草を目にした瞬間、レクスは目を閉じそっぽを向く。
恥ずかしさもあったが、レクス自身「女性の下着を見てはいけない」という想いもあったのだ。
しかし、そんなレクスに声がかかる。
「お願い……レクスくん。見て欲しいの……。」
マリエナの声にドキリとし、あまりジロジロと見ないように、僅かにレクスは眼を開こうとした。
だが。
そこに見えたものに、レクスは目を見開かざるを得なかった。
「……なんだ、それは……?」
「…なに、これ?」
「これは……。」
三者三様の驚いた声が、生徒会の室内に響く。
レクスたちが見たもの。それは。
可愛らしいフリルのついた、ピンク色のショーツ……の上。
下腹部に刻まれた、まるで子宮とハートマークを象ったかのような赤黒い奇妙な紋様。
皮膚の上に刻み込まれたようなそれは、握りこぶしくらいだろうか。
すると、マリエナは熟れたトマトのように真っ赤に染まった顔のままで、口を開く。
「……これはね、「淫魔紋」っていうの。これがついちゃうと、生涯決められた一人の男性からしか吸精できないっていう印なんだ。」
「それでなんでハーレムの話が……まさか!?」
レクスが驚いた声をあげると、マリエナは小さくコクンと頷く。
レクスはマリエナが何を言わんとしているか、想像がついたのだ。
「うん。もうわたしの「吸精」は、「レクスくんからしかできない」の。わたしは、あのときレクスくんに「全て」を捧げたから。」
照れたように、しかし真剣な眼差しでレクスを見つめるマリエナに、レクスは絶句してしまった。
(……な、なんで俺なんだ!?マリエナはいつ、そんなことを……?)
回らない頭。ぐわんぐわんと混乱しそうになりつつ、レクスは原因を必死に考えていた。
そうして、ふとある光景が脳内に蘇る。
(……まさか!?あの時か!?)
レクスの思い出した光景は、異形と戦い、マリエナから力を貰ったあの時の光景。
『……ごめんね。レクスくん。』
そう言われて、キスをされたあの時だ。
あの時は力を借りただけかと思っていたレクスは、その光景に頭を抱える。
(あの時の言葉、そういう意味かよ……。マリエナが、俺を……!?)
その時だった。
レクスの両脇から、「ゴゴゴゴゴ…」と音のするような気迫が、レクスに向けられている。
「……レクスさん?」
「…レクス?」
カルティアとアオイが、吹きすさぶ絶対零度の吹雪のような威圧感を、レクスに向けていた。
「ご説明、願えますわよね?わたくし、少し気が動転しておりますの。」
「…レクス。…会長になにしたの?…うちらにも聞かせて?」
レクスは、二人のひややかな声にブルリと身を震わせる。
しかし、レクスもどう説明しようもなかった。
そんな中、マリエナが慌てて声をかける。
「ち、違うの!わたしのせいなの!……わたしが、『サキュバスの禁忌』を使っちゃったから。」
「…サキュバスの、禁忌?」
「それは、どういったものですの?」
二人の視線がクイッとマリエナに向けられる。
どこか不満そうな視線に、マリエナは縮こまりながらも口を開いた。
「あ、あのね。「サキュバスの禁忌」っていうのは、文字通りサキュバスの「全て」を相手に渡すの。……わたしは、レクスくんと、レインちゃんを助ける為に、レクスくんに使った。……わたしはレクスくんにわたしの全てをあげてもいいって思ったから。……ごめんね、迷惑だったよね。」
その表情は僅かに影を落とし、どこか物悲しいマリエナの声。
そんなマリエナを見て、レクスは耐えきれずに言葉を重ねた。
「……そんな訳がねぇだろ。俺も、レインも、マリエナに助けられたようなもんだ。マリエナが使ってくれなかったら、俺はみんなを危険に晒して、レインも助けられなかった。……迷惑なんて、言えるはずもねぇよ。」
「レクス……くん……。」
マリエナが、目を丸くしてレクスを見たのと同時。
レクスの両脇の二人が、諦めたように深くため息を吐いた。
「こうなることは、わかっていましたものね。」
「…レクスだもん。…優秀な男子は、囲われる。」
僅かに肩をすくめ、苦笑しつつカルティアはマリエナの眼を優しげに見つめた。
アオイも真っ直ぐ、マリエナを見つめている。
「マリエナさん。……わたくしは、貴女のハーレム入りを認めますわ。……仲良く、いたしましょうね。……正妻の座は渡しませんけれど。」
「…うちも、いいよ。…同じ男の人を好きなら、仲良くできる。…正妻は、うちだけど。」
「二人とも……ありがとうね。わたし、レクスくんのためにいっぱい尽くすから!」
マリエナは感激したように、嬉しそうに眼を輝かせる。
しかし、案の定。
レクスは蚊帳の外であった。
ハーレムに、レクスの決定権は無いのだ。
(……たまにゃ、俺の意見も聞いて欲しいけどな……でも。)
少し苦笑いしているレクスは、嬉しそうに笑うマリエナをちらと見る。
レクスはゆっくりと自身の手を持ち上げ、軽く握り込んだ。
(どのみち、どんどん守るもんが増えてくじゃねぇか。……俺も、しっかりしねぇとな。皆を、守り抜く為によ。)
拳を見つめ、軽くため息をつく。
レクスは、自身を「好き」と言ってくれる人を、無下にはできないのだから。
しかし、そのとき。
”バン”と生徒会室の引き戸が開く。
「……話は聞いたです。……あちしも、ハーレムに入れて欲しいです!」
そこに立っていたのは。
メイド服を着て、肩ではぁはぁと息をしている。
青銅色の瞳を皆に向けた、レインがそこにいた。
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