頼まれごと
生徒会に復帰した翌日。
レインはある場所を訪れていた。
新たな雇い主、その書斎。レインはメイド服を着て挨拶に行こうと、ドアの前に立っていた。
緊張する中で深く息を吸い、ゆっくりと吐いた後。
ドアをコンコンとノックする。
すると、ドアの奥から「入っていいわよ。」と優しい女性の声が響く。
レインはおそるおそるドアノブを回し、カチャリとドアを開けた。
レインの目の前にいたのは、書斎の椅子に腰掛け、優しく微笑みながらレインを見る肉感的な美女。
マリエナの母、アーミア・クライツベルンだ。
薄紫のサマードレスを纏ったその姿は、男性の欲望を一手に引き受けるように扇情的だが、厭らしさもなく見方によっては清楚にすら見える奇跡的なバランスを醸し出している。
ゴクリと息を呑み、レインはゆっくりとアーミアに近づいた。
「れ、レインというです!この度は雇っていただき、ありがとうです!精一杯お仕事をやらせていただくです!」
緊張気味につい大声になるレインを、アーミアは優しい眼差しで見つめていた。
「レインちゃんね。話は娘から聞いているわよ。人形みたいなお友達がいるって。……姉のことで苦労させて、本当にごめんなさい。」
立ち上がり頭を下げるアーミアに、レインは慌てた。
「い、いいえ!アーミア様のせいではないです!め、メギドナ様のことは……仕方がない……です。あ、あちしはむしろ雇って貰ったことに感謝しかないです!」
「……そう。そう言って貰えると、ありがたいわね。」
そう言って、アーミアは頭を上げた。
その表情は何処か安堵しているようにレインには映った。
(……この方が、アーミア様。確かにマリエナかいちょーを大人っぽくしたらこうなるです……。それに、優しそうです。メギドナ様が言ってたことと、全然違うです。)
レインは、アーミアを知ってはいたが実際に会ったことは無かった。
メギドナも、アーミアを避けているように会おうとせず、レインに話をする際は執拗に貶していた。
だからこそ、レインの思っていたアーミアのイメージとはかけ離れていたのだ。
少し目を丸くして驚いていたレインに、ゆっくりとアーミアが歩み寄る。
その仕草すらたおやかだ。
「レインちゃん。あなたは……姉のところではどんなお仕事をしていたのかしら?詳しく”全て”教えてちょうだい?」
「は、はいです。ええっと、炊事、洗濯、お掃除なのです。……あと、吸精したあとの男性の処理と、マリエナかいちょーの監視……です。」
「……そう。」
少し辛そうに話すレインに、アーミアは一瞬、影を落としたように、悲しげに目を伏せる。
そして。
「ふ、ふぇっ!?」
アーミアはその身体で、レインを抱きしめたのだ。
(ママと……いっしょです……。)
柔らかなその身体に、レインはどこか懐かしい、今は亡き母親によくして貰ったハグの感触を思い出す。
温かいぬくもりは、どこかレインを安心させた。
そんなレインに対し、アーミアは頭を優しく撫で、語りかけた。
「レインちゃん。本当にごめんなさいね。……ワタシは、あなたを守る義務があるのよ。困ったことがあったら、なんでも言ってちょうだいね。」
「は……はい、です」
アーミアはしばらくそのままレインをハグし続け、レインもなされるがまま。しかしレインは穏やかな表情でアーミアのハグを受け入れていた。
そうしてアーミアはハグからレインを解放すると、にこりと笑い、レインと目線を合わせた。
「……あなたみたいな可愛い娘だから、姉さんも放っておかなかったのかしらね……。」
「え、なんです?」
ぼそりと呟いたアーミアの声はレインには聞き取れなかった。
アーミアも「何でもないわ」と首を振るう。
そして、再びレインの目を優しく見つめ、何かを決めたように頷いた。
「早速だけど……レインちゃんに頼みたいことがあるの。いいかしら?」
「は、はいです!アーミア様!何なりとお申し付け下さいです!」
「実はね、レインちゃんにお仕事をしてほしいのは、この屋敷じゃないのよ。実は……娘の結婚相手が決まったの。今の段階では、婚約相手なのだけれどね。」
「ふ……ふぇっ!?そ、そうなのです!?マリエナかいちょーに、婚約相手が決まったですか!?」
レインは目をまん丸にして驚愕するとともに、僅かに心に引っかかることがあった。
(あれ……?マリエナかいちょーは、レクスさんのことが気になってたのでは……?)
レインの中では、マリエナが気になっている人はレクスであり、レクス以外の婚約を受けるとは考えにくかったのだ。
少し戸惑うレインに、アーミアは言葉をたたみかける。
「だから……レインちゃんには、ある仕事をしてほしいのよ。それはね……。」
アーミアから頼まれた提案。
それを聞いた時、レインは眼を大きく見開き、しばらく硬直した。
そして、その頼みごとのあとに、アーミアは再びにこりと微笑む。
しかしその顔には、どこか面白がっているような雰囲気もあったのはレインの気のせいではないだろう。
「どうかしら、レインちゃん?……引き受けてくれるかしら?」
「あ……あちしは……やりますです!やらせてくださいです!」
レインはその提案に、僅かに逡巡するも、気がつくと二つ返事で頷いていた。
「ふふふ。ありがとうね、レインちゃん。……あなたも、大変だろうけど頑張ってちょうだいね。」
「は……はいです……。」
頬を紅く染めるレインに、アーミアは満足そうに笑みを浮かべた。
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