おかえりなさい
重苦しい雰囲気の中に、コツコツと誰かが廊下を歩く音が生徒会室に響く。
聞こえてくる足音は二つ。
その足音は二つとも、ぴたりと生徒会室の前で止まった。
コンコンと響く乾いたノックの音。
「……レクスだ。生徒会の皆は居るか?」
聞こえてきたのはレクスの声。
「あ、レクスくん?みんないるよー。」
「……わかった。じゃ、お邪魔するぞ。」
マリエナの声を聞いたレクスが生徒会室の引き戸を開く。
そこに立っていたのは。
「み……皆さん。お久しぶり……です。」
学園の制服を着た、レインが気恥ずかしそうに立っていた。
瞬間。
その姿に、生徒会の面々は全員、眼を丸くして口を開いた。
「レインちゃん!?」
「レインさん!?」
「レイン!?」
「レインッスか!?」
「ひゃあっ!?」
一斉に上がった声に、レインは驚き僅かにのけぞる。
それぐらいに、生徒会の全員は驚いたのだ。
「レインが復学するのは厳しい」と、皆がそう思っていたから。
「な……なんでレインちゃんが……。」
「……俺が説明する。」
レインの後ろから、レクスが生徒会室にゆっくりと入って来た。
「レ……レクスくん?どういうことかな?」
「レインは『あいつの言う事を聞いただけの被害者』ってな。憲兵隊でそう結論が出た。……どのみち「嫌疑不十分」だってな。ようは何の罪もねぇ。お咎めもなしだ。」
「そ、そうなんだ……なんでレクスくんが知ってるの!?」
「さっき傭兵ギルドで憲兵隊のマルクスさんと会ってよ。……連れられたレインを引き取ってきただけだ。」
「憲兵隊のマルクスさんって隊長じゃないッスか……。」
何の気なしに言われたレクスの言葉に、ヴァレッタは絶句する。
すると、おずおずとレインが前に一歩踏み出した。
その瞳は、不安そうに揺らめいている。
「み、皆さん。……ごめんなさいです!」
深々と頭を下げるレイン。
「あちしのせいで……皆さんに迷惑をかけたです!退学しようとも思ったです。でも……あちしは、また皆とこの生徒会に居たいです。だから、お願いするです!あちしを……もう一度生徒会に……。」
「何、言ってるッスか?」
「……え?」
ヴァレッタの呟きに、レインは顔を上げる。
そこには。
嬉しそうに微笑む生徒会役員の姿が、レインの瞳に映った。
ヴァレッタは口元を上げくしゃっと笑い、ルーガは少し困ったように苦笑を浮かべる。
クリスは眼鏡をくいっと上げたが、その口元はほころんでおり、マリエナはニコニコと明るい笑みを浮かべていた。
「もう一度も何も、レインは今でも生徒会役員じゃないッスか。」
「そうだ。生徒会の条項では、役員の解任は会長しかできないことになってる。まだ、レインはマリエナ会長が解任の手続きすらしてないからな。」
「レインさんに辞められると、私たちが困ります。誰がマリエナちゃんのミスを咎めるんですか?」
「ちょ……ちょっと!?クリスちゃん!?ひどいこと言ってるよね?私に!……全く。」
ぷんぷんと怒ったように非難するマリエナだが、コホンと咳払いし、真っ直ぐレインを見つめる。
「生徒会には、レインちゃんが必要なんだよ?それに……レインちゃんが望むなら、ここにいていいの。だから……おかえり、レインちゃん。」
その言葉に、レインの目元から、雫が溢れた。
受け入れられた。
そのことが何より嬉しかったのだ。
そして、このときにレインは気がついていた。
マリエナは、お飾りの生徒会長ではないと。
他の役員が優秀で気が付かないが、マリエナは生徒会を纏め上げる「器」であり、マリエナがいなければ、そもそも生徒会は纏まっていないことを。
「……ただいまです…。皆。」
ぽたぽたと涙をこぼすレインを、生徒会の皆も、レクスも優しげな表情で、安堵しながら見守っていた。
そして、しんみりとした雰囲気は、ヴァレッタの一声で打ち破られる。
「……さて、レインも戻って来たし、仕事するッスよ!……レインがいれば、もっと早く終わるッスからね!」
「そうだな。戻って早々で悪いけど、すごく仕事が溜まってるんだ。レインにも、早速仕事をしてもらわないとな!」
「レインさんがいれば、夏休みまでには絶対に終わるでしょう。」
「うん。レインちゃんは頼りになるからね。お願い。」
マリエナの優しい笑顔に、レインは腕でぐっと涙を拭う。
「全く……皆あちしに頼りきりです!もっとしっかりしてほしいです!」
そう言った表情は、満面の笑顔で。
すぐに自分の席へと歩みよっていった。
レクスはそれを見て、安堵したように微笑む。
(……良かったじゃねぇか。レイン。)
見送って、踵を返し生徒会から立ち去ろうとした。
その時だった。
「……待つッスよ。」
「……ん?何だ……!?」
レクスが振り返ると、ニヤついた笑みをしたヴァレッタがレクスを見ていた。
「……今、生徒会は猫の手も借りたい時ッス。だから……手伝ってほしいッスよ…。夏休みの為に。」
「お、おう?って事は……まさか!?」
「大丈夫ッス。簡単な仕事だけッスから。」
「レクスさんに手伝っていただければ、だいぶ楽になるかと。」
「悪いけど、頼ませてくれ。……本当に、死活問題なんだ。」
「そうです。レクスも手伝うです。……その方が、あちしも嬉しいです。」
「レクスくん……ごめんね。お願いできるかな?」
生徒会役員の重圧に、レクスは苦笑いを浮かべる。
生徒会室の扉が、ピシャリと閉まった。
その後、慣れない仕事にレクスが悲鳴を上げた事は、言うまでもない。
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