とどけるもの
いまだ混沌としたピンクの空が広がる下。
闇の人影が乱雑にひしめき合い、戦場となったグラウンドに突如として現れた丸い影。
てちてちと走る影はリナの援護を受け、レクスの元にたどり着く。
レクスはいまだに魔導拳銃の引き金を引いており、ビッくんに気がついていない。
レクスの元にたどり着いたビッくんは、その突起のような短い腕で、レクスの裾をくいくいと引っ張った。
「び……ビッくん!?何しにきたんだ!?」
足元を見たレクスは、驚きで目を見開く。
ビッくんの眼は真剣そうにレクスを真っ直ぐ見つめていた。
その表情に、レクスは目の色を変える。
ビッくんが真剣な眼で裾を引く意味。
それは。
「……マリエナが危ねぇってか?」
レクスの言葉に、ビッくんはブンブンと頷く。
レクスは顔を上げ、瞬時に辺りを見渡す。
カルティアやアオイ、チェリンが動き回っていることもあり、優勢ではあるが、いまだに闇の人影は数多くのさばっている。
顔を顰めつつ、ちらと足元で服を引くビッくんを見る。
やはりその目はレクスをじっと見ていた。
(……俺に、来て欲しいってことかよ。)
レクスは先程、生徒会室でクリスに言われたことを思い出していた。
◆
生徒会室に入った直後、クリスはレクスとアオイに真っ直ぐな眼差しを向けた。
レクスとアオイの周りには、ルーガとヴァレッタが眼を開いたまま、倒れ伏している。
ルーガならまだしも、ヴァレッタは女子生徒だ。
レインもいない。
何かがあったことは明白だった。
レクスは怪訝な表情を浮かべ、クリスに問う。
「何があったんだ?」
「…会長、いないの?」
二人に向け、クリスは静かに頷く。
冷静そうだが、何処か焦っているようにも、二人からは見えた。
「……マリエナちゃんは、この異変の元凶……メギドナ様の元に飛んでいきました。そこにレインさんも居るはずです。」
「なんでレインまでそこにいんだよ?」
「レインさんは、メギドナ様に乗り移られたようでした。何故かはわかりません。ですが、間違いなくレインさんはメギドナ様の手に落ちています。」
「「メギドナ様」ってアイツか!」
レクスの脳裏に、マリエナとのデートで出会い、因縁を付けられた女性が思い浮かんだ。
怯えた表情のマリエナを思い、レクスはギリと歯を食いしばる。
その表情を見ていたアオイも、レクスに「魔眼」を掛けようとした女性と思い出したようで、ムスッと不機嫌そうな表情を浮かべた。
「……なんでそんな奴がここにいんだ?何が目的でこんなこと起こしやがった!?」
レクスの声が、無意識に荒ぶる。
その言葉にクリスは力なく首を振った。
「メギドナ様の目的は……マリエナちゃんの殺害です。いえ、それだけではないのかもしれません。ですが、明確な目的はそれだけです。」
クリスの言葉に、レクスの目元が少しつり上がった。
怒りの炎が、その眼には宿っていた。
「……マリエナは……いや、メギドナはどこにいやがる?」
怒気のこもった声に、クリスは暗く顔を伏せた。
「……わかりません。ただ、マリエナちゃんをメギドナ様は呼び出しました。「一人で来れば、事態の収束を考える」と、その一言だけで。」
「くそっ……!」
”バン”と。
レクスは側の机を殴りつける。
(何も……出来やしねぇじゃねぇか…!アーミアさんにも頼まれたってのによ……!)
悔しかったのだ。
頼まれても、どうすることも出来ない自分自身が。
そんなレクスを、アオイは心配そうに見つめている。
クリスは、しめやかに言葉を続けた。
「……どのみち、マリエナちゃんは行ったでしょう。嘘だとわかっていても。皆を、守るために。」
「マリエナは、何とか出来るのかよ……!」
「……マリエナちゃんは、吸精もしていないサキュバスです。一方のメギドナ様は吸精をしているでしょう。勝てたなら……奇跡でしょうね。」
クリスは、唇を千切れんばかりに噛んでいた。
一瞬の静寂が教室を包み込む。
レクスがギリリと拳を握りしめた、その時。
”ドォン”と地が揺れた。地響きだ。
その揺れに、レクスもアオイも、クリスも顔をあげる。
「今の音はなんだ……!?」
「近くですね。……レクスさん、アオイさん。行ってください。」
クリスの眼は、二人を真っ直ぐ見つめていた。
「副会長はどうすんだ!?」
「私は、ヴァレッタ先輩とルーガ君を何処かへ寝かせ、無事な生徒を探しに行きます。……それが、生徒会の役目ですから。」
「……わかった。アオイ!」
「…うん。…行くよ、レクス。」
レクスの呼びかけに、アオイはコクリと頷いた。
身体を翻し、生徒会室から出ようとする時。
クリスの言葉が、レクスたちに届く。
「もし、出来るのであれば……マリエナちゃんを……レインを……助けて。」
友達を想う、涙混じりの声。
レクスは振り向かず頷いた。
「言われなくても、そのつもりだ!」
レクスはアオイと手を繋ぎ、生徒会室を駆け出た。
◆
ビッくんは必死にレクスの裾を引いている。
こっちに来て欲しいと、必死に訴えかけているようだ。
(……こっちも手が離せねぇ。……どうする?)
レクスは一瞬、逡巡する。
マリエナも救いたい。しかし今、この場を離れて大丈夫かと。
その時だった。
「行きなさいよ!無能!そいつはアンタを求めてるんでしょ!?」
「リナ……?」
レクスが声のする方に眼を向ける。
纏わりつく闇の人影に、身の丈ほどの大剣を”ブン”と振り抜いたリナ。
レクスを横目でちらと見ていた。
「アンタみたいな無能は!ここにいてほしくないの!だからとっととそいつとどっか行きなさいよ!」
明らかな拒絶のようにも聞こえる声。
しかしその目は、レクスを後押しするように訴えかけているようだった。
すると、レクスの隣にアオイがすたっと舞い降りる。
「…行って、レクス。…多分、会長が待ってる。」
「アオイ……すまねぇ!ここは任せた!」
アオイの囁きに、レクスは覚悟を決めた。
レクスは拳銃と剣をすぐさましまい込み、ビッくんを抱え上げる。
ちらりとカルティアとチェリンを見ると、二人ともすっと、わかっているような表情で頷く。
既に憂いは断っていた。
「ビッくん!マリエナはどこだ!?」
「ビッ!」
ビッくんがグイッと突起のような手をいっぱいに伸ばす。
その腕が指し示す方向は北。
その方向へ、すぐさまレクスは足を繰り出し、駆けた。
「すまねぇ皆!ここは頼んだ!」
レクスが叫び、グラウンドから離れていく。
その最中で、カルティアとアオイ、チェリンはニヤリと口元を上げていた。
「レクスさんのおっしゃる事ですもの。任されましてよ!」
「…うち、頑張る。…絶対、守り通す。」
「アタシの後輩だもの。露払いくらいはやったげないとね!」
三人の気合に、火花が放たれ点火する。
その一方で、リナもまた、嬉しそうに口元を上げていた。
頼られたその想いに応えるように。
グラウンドでの戦いは、激しさを増していく。
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