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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第四章・淫魔と雨の憂鬱・いざなうもの編

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マリエナ

 ーーそれを初めて見たとき、マリエナは眼を疑った。


幼い頃のマリエナは、恐れを知らない少女だった。


「おかあさん!ごほんよんで!」


「あらあら、マリエナったら、すごくこの本が好きなのねぇ。またじゃないの。」


 幼いマリエナのキラキラとした目線。


 アーミアはクスクスと微笑んで、その絵本を受け取った。


 絵本の名前は「お姫様と黒い龍」。


 絵本の内容は、悪い龍に攫われたお姫様を、王子様が勇敢に助け出すという物語。


 その本が、マリエナのお気に入りだった。


 本の中の王子様が、マリエナの初恋。


 勇猛果敢な王子様に助け出されるお姫様を、幼いマリエナは自身と重ね合わせていた。


 遊びに出かけるときは、ぬいぐるみを二つ、必ずマリエナは持っていく。


 それは、あの絵本の王子様をかたどったぬいぐるみと、自身をかたどったぬいぐるみ。


 アーミアに作ってもらったものだ。


「クリスちゃん!あそぼ!」


「またですか、マリエナちゃん。」


「うん!お人形あそび!」


「えぇ〜?またぁ?」


 幼馴染のクリスとルーガに呆れられつつ、遊ぶ時には必ずお人形を使い、王子様役をクリスかルーガ、自身がお姫様を演じていた。


 いつか自分も絵本の王子様に出会い、恋に落ちると信じ切っていた。


 そうしてしばらく経ったある日、マリエナはアーミアの都合により、メギドナの元に預けられる。


 行ったことのない叔母さんの家。


 わくわくとした興味に心を弾ませながら、門をくぐる。


 そんな幼いマリエナが見たのは、「吸精」の現実。


 そこにあったのは……「地獄」。


 椅子に縛りつけられ、眼を無理矢理開かされて。


「吸精」を見せつけられた。


「やめてぇ!やめてあげてよぉ!」


「いい、マリエナぁ?サキュバスはこれが本来の姿よぉ!狂った本性で、男を貪り殺すの!淫猥な本性は、いつか必ず目覚めるわよぉ!貴女もいつか、こうなっちゃうの!だから、よぉく見ておきなさい!」


「や、やめて……やめてぇーーーーーーーーーー!」


 マリエナの絶叫が響く中、吸精行為の見せしめは続けられた。


 それが三日三晩続いた後、マリエナはメギドナの家から帰ることになる。


 マリエナは、既に以前とは変わってしまっていた。


 快活で元気な性格は雲隠れし、帰った直後から、マリエナは部屋に閉じこもってしまったのだ。


 アーミアが呼んでも、クリスやルーガが呼んでも、部屋から出てこようとはしなかった。


 正確には、食事とトイレのときだけしか部屋から出てこなくなっていたのだ。


 食事中も、アーミアとの会話はない。


 ただただ食事を口に運ぶだけだった。


 何時も持ち歩いていた二つの人形は、雑多にベッドの上へ放り投げられている。


 好きになった男の子を「殺してしまう」ということを、恐れてしまったのだ。


 そうして引きこもり続けたある日、マリエナはたまたま自室にあった本を捲った。


 それは、闇魔術の簡易な指南書。


 そこに書かれていたのが、「ダークネスサーヴァント」。


 自身の使役魔獣を呼び出すという呪文だ。


 それを見たとき、マリエナは思った。


(おともだちに……なってくれるかな?)


 このとき、マリエナは幼馴染たちも避けていたのだ。


 しかし、寂しさは募る一方。


 話し相手が欲しかったのだ。


 居てもたってもいられず、幼いマリエナは手を前にかざす。


「ダークネス……サーヴァント。」


 震える声で、マリエナは恐る恐る呪文を唱えた。


 マリエナの掌がぽわりと優しく光る。


 このとき、マリエナはダークネスサーヴァントの呪文が魔力を大きく消耗するものだとは知らなかった。


 光は徐々に集まり、丸い形を創り上げる。


 そして、光がパンと弾けた。


 そこに立っていたのは。


「……ビ?」


 黒い球体に突起のような短い手足。


 眼は白く、ギザギザな口をした一頭身。


 背中には小さな蝙蝠の羽。


 小さく長い尻尾も付いている。


 真っ黒な球体は、ただじぃっとマリエナを見つめていた。


「あなたは……だあれ?」


「ビッ!ビッ!」


「なんていってるかわからないよ……。」


 「ビッ」としか鳴かない何か。


 マリエナは苦笑しながらも嬉しいと思った。


 なぜなら、マリエナから見て、その何かはとても可愛く映ったのだ。


 キョトンとした表情に、ついついマリエナも微笑む。


 それは、メギドナの屋敷から帰ってきてから、初めての微笑みだった。


 そんなマリエナを見て、何かもにこりと眼を細める。


「あなた、ビッしかいえないの?」


「ビッ!」


 コクコク頷く何かに、マリエナは「うん!」と頷いた。


「おなまえ!つけてあげるね。」


「……ビ?」


 なんのことかわかっていなさそうな何かを前に、幼いマリエナは頭を捻る。


「うーん……そうだ!「ビッくん」!あなた「ビッ」しかいわないもん。」


「……ビ!」


 マリエナに、その何かはコクリと頷く。


 これが、マリエナとビッくんの出会いであり、部屋から再び外に踏み出すきっかけになった。


 柔らかくて無邪気にみえるビッくんは、マリエナの傷ついた心を優しく癒したのだ。


 ビッくんを呼び出した後、マリエナは部屋の外に自分から出られるようになった。


 初めてビッくんを見たアーミアは、少々驚きつつもにこりと笑って、きょとんとしたビッくんを撫でたことを、マリエナは覚えている。


 幼馴染のクリスとルーガにも、だんだんと会うことが出来るようになっていった。


 ただし、ルーガに慣れるようになったのは、もうしばらく後のことになってしまった。


 ルーガを見るたび、恐怖を思い出してしまったから。


 それは、ルーガ以外の男性も同じだった。


 やはり、メギドナの「見せしめ」が原因で、「男性を殺してしまう」という言葉が、マリエナには深く刺さり込んでいたから。


 それから数年ほど経ち、マリエナはアーミアからお見合いの打診を受けるようになった。


 サキュバスの「相手」は、吸精相手として、後継ぎを確保するために重要だからだ。


 その頃のマリエナは身体も成熟してきており、誰もが振り返る美少女へと成長を遂げていた。


 しかし、その心は未だに過去の「見せしめ」に囚われたままだ。


 幾度となく入るお見合いの話。


 マリエナは全て断り続けてきた。


 そうして、お見合いの話を断ったあとは必ず自室に帰って落ち込んでいた。


 恋愛の自由はない。


 したところで相手は後々魔眼に取り込まれるから。


 サキュバスとのお見合い相手は、それを是とした男たち。


 加えて「見せしめ」の影響で、男性の吸精=相手の死という公式を、マリエナは覆せなかった。


 そんなマリエナは、何時もビッくんに囁く。


「ビッくん。あなたがわたしの王子様を連れてきてくれれば良いのに。」


 マリエナの言葉を理解していたのかはわからない。


 しかし、ビッくんはコクコクと頷いていた。


 そうした後、マリエナは王立学園へと入学する。


 入試の時、首席だったこと。


 そして、ちょうど前生徒会が卒業し、入れ替わるタイミングだったこと。


 二つが重なり、マリエナは教員から生徒会長の打診を受けたのだ。


 マリエナは快く引き受けたが、教員に一つ、条件を出していた。


 それは、「慣れているルーガ以外の男子生徒を生徒会に入れないこと」


 それを条件として生徒会の会長を引き受けたのだ。


 そうして、生徒会のメンバーが決まった。


 幼馴染のクリスとルーガ。


 先輩であり、楽しいことが好きなヴァレッタ。


 同級生の平民で、とても可愛らしいレイン。


 五人で生徒会を纏め上げ、一年間の責務を全うした。


 卒業するメンバーもいないため、翌年もそのままで生徒会は継続となった。


 そんなある日、新入生を選抜する試験の日。


 行きつけの喫茶店で、マリエナはとある男性を見かけたのだ。


 その男性を見た瞬間。


 マリエナは眼を見張り、己が眼を疑った。


 後にその男性を入学式で見かけ、マリエナはその後輩にあたる男性を「運命の人」だと思ってしまった。


 だからこそマリエナは、その男性を生徒会室に呼び出し、魔眼を使うに至ったのだ。


 ◆

 風を裂き、堕ちていく最中。


 マリエナは薄目を開く。


 眼上に映る支配されたピンクの空は、マリエナを無力だと語っているようだ。


 このまま落ちたら、楽になれるかと。


(……ごめんね。みんな。)


 僅かに思った瞬間。


 ”ふわり”と。


 マリエナの身体は、誰かに受け止められた。


 その優しい感触に、マリエナは眼を開ける。


 橙色の少しボサボサな髪。


 眼は燃え盛る炎のような紅。


 僅かに野生っぽさが残る、整った顔立ちはマリエナを見て安心したように柔らかく微笑む。


 黒く、襤褸切れのようなローブが風にバサバサとはためいていた。


「……大丈夫かよ。マリエナ。」


「……レクス……くん……。」


 マリエナの大好きな絵本、「お姫様と黒い龍」。


 その《《挿絵と特徴が瓜二つ》》な人物。


 あの日に初めて、喫茶店(ハニベア)で目にした人物。


 魔眼の効かない、「運命の人」。


 王子様レクスが、マリエナを優しく抱きとめていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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