堕ちた蝙蝠
大地にヒビが入り、クレーターが立ち並ぶ修練場の上。
異様なピンクに染まりきった空の下で、激闘は続いていた。
びゅうびゅうと吹き荒ぶ風の合間。
二人の淫魔が激しく空を駆け回る。
「ホラホラぁ、どうしたのかしらぁ!マリエナぁ!」
マリエナ目掛け、黒い剣を持ったメギドナが迫る。
しかしマリエナも、黙って受けるつもりは毛頭ない。
しかしマリエナは気にせず、メギドナのみを捉えていた。
「ダークネスバインド!」
再びマリエナの指からほとばしる十本の闇の縛鎖。
それは撓りながら伸びる。
メギドナはニヤリと口元を釣り上げた。
「その攻撃は見切ってるわよぉ!」
”ブン”と振るわれた黒剣。
闇の縛鎖は全て断ち切られる。
しかしそれを、マリエナは全て読みきっていた。
「ダークネスバレット!カノン!」
宙返りし、闇の弾を射出。
しかし弾は明後日の方向に飛び去る。
その間にも、メギドナはマリエナに迫っていた。
「気が狂ったのかしらぁ!」
振り抜かれる黒い剣。
マリエナは瞬時に羽ばたき後退する。
風のゆらぎが、マリエナの眼前を通り過ぎた。
マリエナは眼を逸らさず、メギドナを視界に捉える。
「ダークネスコンフュージョン!」
マリエナの目がぼやりと発光。
ダークネスコンフュージョンは相手を混乱させ、一瞬だけ上下左右の認識を反転させる。
至近距離で使わないと効果がないが、メギドナは至近距離。
しかし、メギドナは気にしていないように肉薄する。
そして。
剣をあらぬ方向へ振るった。
「なっ……!?」
驚いたようなメギドナ。
混乱呪文の効果だ。
そこに追撃が加わる。
”ドン”と。
横から闇の弾がメギドナに襲いかかった。
「がっ……この売女がァ!」
直撃。
闇の弾はメギドナに予期せぬ方向からのもの。
闇の弾を追尾させ、あらぬ方向から弾を撃ち込んだのだ。
マリエナは全く修練もないまま、一度見ただけのカルティアの古語補正を見様見真似で使った。
そこにいたのは、まさに「文武両道の天才」。
マリエナ・クライツベルンだった。
闇の弾の直撃に、メギドナは顔を激しく顰める。
当たった場所は衣服が焼け、タールのような黒い血が滴り落ちていた。
「アンタなんかにぃ、負けるもんですかぁ!」
叫びを上げるメギドナ。
その周囲には、数十もの黒い弾が一瞬で浮かび上がる。
そんなメギドナを、マリエナは不審な目で見ていた。
(……絶対、叔母さんの魔力じゃない。一体どうして……?)
ねっとりと粘つくような魔力は、いくらサキュバスといえど、こんなことにはならない。
魔力の質も異なり、血が黒く染まるなど、普通では全くありえないことだからだ。
訝しむマリエナを他所に、メギドナは手を振り上げる。
「ダークネスバレットォッ!」
メギドナの周囲に浮き上がった黒い弾。
一斉にマリエナに向けて放たれた。
しかしマリエナは冷静に見据えていた。
なだれ込むような黒い弾。
マリエナは前に飛ぶ。
雨のような弾幕。その間を縫うように。
身体を捻らせる。回る。掠める。
マリエナは前進することで、闇の弾を躱していく。
「伯母さん、いい加減に……して!」
飛びながら、マリエナは両の手を前に出した。
「ダークネスバインド!カノン!」
十指全ての先から、闇の縛鎖が射出される。
シュルシュルと弧を描き、メギドナに迫る。
「ちぃっ!」
メギドナは後退し、闇の剣を振るう。
剣は、空を切った。
「なっ……!?」
メギドナは絶句し、目を見開く。
闇の縛鎖が、あらぬ方向へバラバラに曲がったのだ。
これが古語補正、「カノン」。
追尾性能を魔法に加わる古語補正。
見様見真似で使うそれを、マリエナ自身は既にカルティアから見ただけで学び取っていた。
闇の縛鎖は再び撓り、メギドナに迫る。
直撃。
闇の縛鎖は、メギドナを絡め取った。
「ぐ……。この……!」
縛られたメギドナは、眼をつり上げマリエナを睨む。
そんなメギドナに、マリエナは真っ直ぐ迫る。
(待ってて皆……もうすぐだから!)
マリエナは男子生徒が倒れた状態を、魔眼のせいだとは思っていなかった。
それはメギドナが生徒会室で言い放った言葉。
『アタシの魔眼を最大にして、学園全体に放ってあげたわぁ。これでこの学園の男どもはみんな骨抜きよぉ。さすがに多過ぎて操ることは出来ないけど、十分よねぇ。』
『アタシも男どもから吸い取った魔力を、全て使った甲斐があったわぁ。』
この二つの言葉に、違和感があった。
魔眼なら自由に言う事を聞かせられる筈なのだ。
それは、対象となる人数が増えても変わらない。
そして、魔眼そのものは魔力を使わない。
サキュバスの固有能力だからだ。
これら二つから、「今起こっている異変は魔眼によるものではない」とマリエナは結論付けていた。
魔眼によく似た、闇属性の魔術。
「ダークネスアイズ」。
使用者と異なる異性の正気を喪わせる呪文。
その呪文であれば、この状態に説明が付くのだ。
つまりそれは。
(叔母さんを……気絶させればいい!)
闇属性の呪文は、「ダークネスサーヴァント」を除いて、気絶させれば解除出来るもの。
マリエナはそうと知っていた。
メギドナに向かい、加速する。
縛られたメギドナは動けない。
肉薄する。手を、伸ばした。
ダークネスバーストが効かない。
ならば使うのは、マリエナが使える最大の呪文。
「ダークネスメテ……」
マリエナが口を開いたその時。
ニヤリと、メギドナは口元を上げた。
”ゾクリ”とマリエナの背筋を這いずるように寒気が伝う。
ハッと周りを見渡すと、数十もの黒い弾丸が、メギドナの周囲に浮かんでいた。
「ダークネスバレット。」
瞬間。
メギドナの周りに待機していた黒い弾が。
全てマリエナに襲いかかった。
群れた闇の弾に、マリエナの逃げ場はない。
「ああああああああああああああああああああ!」
全てが、炸裂した。
幾多もの衝撃が、マリエナを嬲る。
爆煙が晴れた後、そこにいたのは。
衣服ごと、ボロボロになったマリエナだった。
それでも五体満足なのはサキュバスの耐久力故か。
眼は虚ろになり、衣服は破れて下着姿にも近い。
「あ……っ……」
虚ろな目で、一瞬ふらつくと。
眼を伏せ、そのまま地面に向かって堕ちる。
(……ごめん、皆。……レクス、くん……。)
ここに、蝙蝠の翼はもぎ取られた。
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