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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第四章・淫魔と雨の憂鬱・いざなうもの編

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想いは雨に流されて

 それは、異変が起こる直前。


 どんよりと重くのしかかる雲、大きな雨雫が激しく舞う学園の修練場。


 修練場の土は濡れそぼり、舞う雨粒の波紋が広がる。


 午前中は皆授業中であり、そこには学園生や教員の姿はない。


 しかしそこに進みゆく影が二つ。


 メギドナとレインだ。


 普段、学園には誰でも入ることが出来るが、守衛に申し出なければならず、不審者に対しては教員が対応する。


 メギドナはレインの保護者であり、貴族でもあったため、学園に入ることは容易かった。


 レインが一緒なら、どうとでも誤魔化せたのだ。


 そんなメギドナを、レインは学園の最も奥にある魔法修練場まで招き入れた。


 メギドナはこれから始まろうとしている狂宴を思い浮かべたのか、楽しそうに口元を引き上げている。


 一方のレインは、顔を深く俯かせていた。


 修練場に入った途端、メギドナは大きく手を広げる。


「さぁ、始めるわよぉ!アタシのとっておきの復讐劇をねぇ!」


 雨に濡れることを厭わず、歓喜に打ち震えたメギドナの全身から、コールタールのようにどろりとした闇がぽたぽたと溢れ落ちる。


 メギドナの眼が緩く光り始めた瞬間。


 レインが口を開いた。


「本当にやるです?……メギドナ様。」


「ええ!当たり前じゃない!どうしたの?レイン。」


「あちしは……そんなことはしたくないです。」


「……なんですって?」


 メギドナは眉を顰め、口元を曲げるように表情が大きく歪む。


 レインが自身の言う事を聞かないというのは、メギドナにとって初めての出来事だった。


 隣のレインは顔を俯かせたままだ。


「……今なら、まだ間に合うです。マリエナを殺さず、学園から出ていけば、穏便に済むです。はっきり言って、今のメギドナ様は狂ってるです。……だから!あちしは、メギドナ様に協力出来ないです。」


 レインは顔を上げ、メギドナに向き直る。

 

 メギドナを止める。そう決意していたのだ。


 その青銅の眼は、真っ直ぐメギドナを見上げていた。


 そんなレインの眼に、メギドナはわなわなと身体を震わせていた。


 メギドナは目を釣り上げてレインを睨み、忌々しく口を開く。


「レイン……貴女……このアタシを裏切るつもり!?」


「……そうです。あちしは……この学園が好きです!……ごめんなさい、メギドナ様。……あちしは、あなたを止めるです。」


 レインはすぅと息を吸う。


 舞い踊る雨雫の中でメギドナを見据え、口を開いた。


「〜〜♪〜〜〜♪」


 レインのスキル、「子守唄」。


 聞いた相手に心地よく眠ってもらうスキル。


 それを、メギドナに使った。


 メギドナは、そんなレインに怪訝な表情を浮かべる。


 レインのスキルを知らないからだ。


「……?貴女、何のつもりかし……ら……ぁ……!?」


 メギドナは、自身の身体の異変に気が付き始めた。


 言葉が、うまく出てこない。


 身体が、ふらつき始める。


 瞼が、落ち始めていた。


 メギドナを、強烈な眠気が襲っている。


 頭を抱え、膝を折る。


 雨粒にも構わず歌うレインの歌声。


 雨で張り付いた髪もしとどに濡れそぼった制服も気にせず、レインは歌い続ける。


 歌姫の独唱は真っ直ぐメギドナに届いていた。


「レイン……貴女ぁ……!そんな……スキル……を……」


 自身を睨みつける視線が弱々しいものになっていることに、レインは既に気がついていた。


 レインのスキルは即効性はあるものの、すぐに相手を眠らせるものではないとレインは知っている。


 しかしその効果は、逃れられない鎖のように、メギドナをだんだんと絡め取っていく。


(……効いてるです。……ごめんなさい、メギドナ様。そして、皆も。……あちしは、メギドナ様を止めたら、この学園を退学するです。あちしは、居てはいけないです。……この、学園に。)


 ずっと持っていた罪悪感を解き放つように、レインは歌を紡ぐ。


 事実、ここでメギドナを止めた後は、レインは学園にいられないと思っていた。


 このまま、憲兵隊に自首を申し出るつもりだった。


 自身の主人を止めるということは、メイドもクビになり、露頭にも迷う。


 生徒会の面々にも「マリエナの監視」をしていたことが伝わってしまう。


 失望され、批難されることは眼に見えているのだから。


 そうなれば、レインの味方は誰もいない。


 学園の中で、独りぼっちになってしまうだろう。


 それでも、大好きなこの場所を、レインは守りたかった。


 このまま歌い続け、メギドナを眠らせればいい。


 その筈だった。


「〜〜♪〜〜……がぁっ……あぁ……!?」


 突如、レインの首が絞まった。


 急な気道を圧し潰される感覚に、レインが手を首にやると、ぬらりとした何かが首に巻き付いていた。


 歌声が途切れ眠気が切れたのか、メギドナはふぅと溜め息をして、レインを忌々しく睨みつける。


 その間も、レインの首を絞める力は強くなっていく。


 眼を裏返し、喘ぎ、もがき苦しむレイン。


(い……一体……なんで……です……?)


「がっ……はぁ……あ……。」


「ダメじゃん。メギドナおねーさんたら。メイドの躾はきちんとやっておかないと。」


 後ろから響くのは少女の声。


 レインが聞き覚えのあるような声だが、誰かはわからなかった。


「あら、ごめんなさい。アタシもこの子があんなに絆されているとは思っていなかったもの。……まさか、アタシのメイドまで絆すなんて、やっぱり始末するしかないわよねぇ。あのクソ売女を。」


 メギドナはレインの後ろの少女に笑いかける。


 しかし、其の眼は怒りと嫉妬に狂っていた。


 そんなメギドナを見た後ろの少女はニヤリと口元を上げる。


「そうだよ、メギドナおねーさん。マリエナはこの学校にいちゃいけない人。だから、早く葬らなきゃね。」


(な……何を……言って……。)


 その瞬間、レインの意識は闇に呑まれた。


 カクリとレインの頭が垂れ、そのまま前にバタリと倒れ込む。


 雨のうちつける地面に、パシャリと飛沫が舞った。


 死んではいない。


 気を失っただけだ。


 倒れ込んだレインを見下ろし、後ろに佇む少女はやれやれと言わんばかりに、ふぅと溜め息をついた。


 レインの首に纏わりついていた、黒い闇の触手は、蛇の如く少女の腕に戻っていく。


 少女はニヤニヤと笑みを浮かべ、倒れ込むレインにゆっくりと歩み寄った。


 その顔をメギドナに向け、少女は口を開く。


「メギドナおねーさん。この裏切り者を、どうしよっか?殺しちゃう?」


「……ダメよ。その子はアタシの大切なメイドだものぉ。これからはアタシ以外に絆されないようにしたいわねぇ。……できるかしらぁ?」


「うん。わかったよ、メギドナおねーさん。なら、このメイドには「感情」なんて要らないよね。」


「ええ。そうねぇ。アタシの可愛いレインに、「感情」なんて要らないもの。」


「そっか。……あげたばっかであまり使いたくないんだけどなぁ……。必ず、マリエナを葬ってね。メギドナおねーさん。」


 にこにこと微笑む少女の指先から、ぽたぽたと黒い闇が溢れ落ちる。


 その闇は意思を持つように、レインを包みこむ。


 闇はレインの細い身体に浸透するように吸い込まれた。


 すると、レインの眼がゆっくりと開く。


 青銅の瞳は生気を喪い、感情の残滓の如く、ぽたりと雫が一筋垂れた。


 その顔を満足そうに少女は眺める。


「終わったよ。メギドナおねーさん。……じゃあ、お願いね。」


「ええ。……貴女はどうするのかしら?」


「わたし?わたしは……見守っているだけだよ。せっかく回復したわたしがあげた大量の魔力、大切に使ってね?メギドナおねーさん。」


「ええ。もしものときは、これを使うつもりよ。……貴女にここまでしてもらったんだもの。必ず、やり遂げてみせるわ。」


 メギドナは服の裾から、どす黒い液体の入ったアンプル瓶を取り出す。


 その様子に、少女はにこにこと笑いながら頷いた。


 少女は踵を返すと、すたすたと足早に修練場を後にする。


 その後ろ姿を見つめ、メギドナは呟いた。


「貴女様には感謝しているわよ……ノア様……いいえ。」


 後ろから見えるその肌は浅黒く、雨に濡れた赤黒い髪はぴったりと背中に張り付いていた。


 その少女は勇者の御付きの少女、ノア。


 しかし、メギドナが呼ぶは、別の名前。


























「女神、ファノア様。」


お読みいただき、ありがとうございます。

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