雨の前奏
それはレクスたちが入学する一年前。
入学後、一月ほど経った頃のある晴れた日。
生徒会室で役員の顔合わせがあった。
「今日から生徒会に入ることになったです!レインというです!よろしくです!」
「レインちゃんだね。よろしく。わたしは会長のマリエナ・クライツベルン。マリエナって呼んで欲しいな。」
「さ、さすがに貴族の方を名前では……「かいちょー」って呼ぶです。」
「別に気にしなくて良いのにな。ざーんねん。」
おどおどしているレインだが、マリエナは嬉しそうに微笑んでいる。
王立学園の生徒会は、会長が教員からの斡旋で決まることになっていた。
その会長が役員を指名し、希望せず残った役員を立候補した生徒から決める。
立候補した学生の学力や素行を、教員が判断して任せるという仕組みだ。
マリエナはその圧倒的な実力と頭脳で生徒会に推薦され、一年で教員から会長職を斡旋されていた。
その時、マリエナは副会長にクリス、会計にルーガを指名したが、残りの二人は指名をしなかった。
庶務と書記は立候補になったが、立候補したのは当時二年のヴァレッタと一年のレインだけ。
生徒会活動は活動として単位には入るものの、別に箔がついたり給料が入る訳ではない。
候補者が少ないのは当然といえた。
運良くレインは、生徒会になんとか入り込むことが出来たのだ。
その中で、レインは初めてマリエナの顔を見た。
(この人が……メギドナ様の言っていた人です……。本当に、観察する必要があるです……?)
第一印象は、優しくのほほんとした可愛らしい人。
メギドナから聞いていたのは、文武両道の完璧超人。
メギドナから監視して、逐一報告をするように言われたレインにとって、印象があまりにも違っていた。
それでもと初めは、一挙手一投足をつぶさに見ようとよく観察することにしたレイン。
しかし、マリエナを観察していると、メギドナの言うような完璧超人ではないということがだんだんと見えて来るようになった。
スイーツが好き。
時折甘いものを生徒会室で本人は隠れたつもりで食べていたりしていた。
可愛いものが好き。
ビッくんをよく撫でたり、抱きしめたりしていた。
わりと抜けている。
忘れものが多かったり、勘違いも偶にあった。
子どもっぽい。
すぐに感情が顔に出てしまうマリエナは、観察がしやすかった。
そして……あまり男性に慣れていない。
浮ついた話が出てくることもなければ、男子生徒や男性教員はルーガ以外とあまり話すこともない。
そんなマリエナを、レインは呆れながら観察していた。
(……全然、普通の人です。完璧とはほど遠いです。)
日に日にレインはマリエナに対する意識を、改めざるをえなかった。
さらに、周りの生徒会役員たちの方が優秀にも見えたことが、要因の一つだったかもしれない。
ルーガは真面目で、クリスは場を動かすブレーン。
ヴァレッタが場を盛り上げ、火を付ける点火役。
そんな生徒会は、平民として入ったレインを分け隔てることなく受け入れた。
「レインちゃん。何時もありがとうね!」
「レインさん。何時も綺麗な字で議事録を書いてくれて助かります。……マリエナちゃんも見習って欲しいですけど。」
「レイン。何時も部屋を掃除してくれてるな。ありがとう。俺も見習ったほうが良いのかな。」
「レイン!アドバイスありがとうッス!やっぱりお菓子作りはレインのもんッスね!」
皆からは感謝されて。
「レインちゃん、お願い!」「レインさん、頼みます。」「レイン、頼んだぞ。」「レイン、手伝ってほしいッスよ!」
いつの間にか生徒会内でも頼りにされるようになって。
「全く、この生徒会は何時もあちしに頼ってるです。偶には休ませてほしいです。」
いつの間にかレインは笑顔を浮かべてそう愚痴るようになって。
監視ということを忘れ、自分であれる場所。
いつしかそこが、レインの”居場所”になった。
メギドナの屋敷でメイドとして働き、吸精の”処理”をするよりもずっと、楽しかったのだ。
学園は寮生活が基本であり、メギドナの屋敷に帰ることが減ったのも、レインにはありがたかった。
それから一年が経ち、つい先日。
レインは聞いてしまったのだ。
魔眼も効かず、マリエナが初めて興味を持った男性がいるということを。
それを聞いてしまったレインは焦った。
レインは自分の居場所を脅かされた気がした。
メギドナに報告をしなければならなくなったから。
メギドナの思いによっては、彼も監視対象に入ってしまうことは明白だった。
彼の監視をすれば、その分”居場所”にいる時間が減ってしまいそうな気がして。
そう思ったレインは、ヴァレッタにサプライズを申し出て、その男性を呼び出すことを提案した。
(少し、痛い目にあってもらうです。あちしの居場所は、誰にも邪魔させないです。)
マリエナに男性が無様な姿を晒し、幻滅してしまえば良い。
裸にでもしてしまえば、男が苦手なマリエナは恐れてしまうだろう。
そう、思っていた。
誤算だったことは、その男性が”傭兵”だったこと。
そして、自身が惚れてしまったことだった。
その男性の顔を間近で一目見た瞬間、何処か懐かしさを覚えて。
優しくされて撫でられたら、一瞬で心臓を掴まれてしまったのだ。
その後、メギドナがマリエナと男性のデート中に現れ、レインは肝を冷やした。
言い合う自身の主人と男性をレインはハラハラしながら見守る。
そして、男性にメギドナの魔眼が効かなかったことに、安心してしまった。
想い人が吸精で事切れるのを、見ることなんて耐えられそうもなかったからだ。
レインは悩んだ。わからなかった。
マリエナが幸せになれば良いのか。
自分が幸せになれば良いのか。
しかし、自身はメギドナのメイド。
マリエナを見続けなければならず、もし自身に恋人が出来たら、メギドナの吸精相手になってしまいそうな気もして。
考えて、身を引いた。そのつもりだった。
そして、マリエナとその男性のデートを見届けた後。
メギドナには無害と報告をした、筈だった。
しかし、その返答は無情なものだった。
屋敷の大きな机に腰掛けるメギドナは溜め息をつきながら呟いたのだ。
「……そうねぇ。もう良いわ。……殺しちゃいましょ。」
「……え?……メギドナ様……?」
「あの売女だけ幸せになるなんて、許せないものねぇ。あのお方にもああ言って貰えたもの。……この力さえあれば、あの売女共を消せるんだもの……うふふ。」
「……メギドナ様……一体何を……!?」
「あの売女だけ狡いわよねぇ!ド派手にあの売女を葬ってあげるのよ……大切な、「学園」でね。」
レインがメギドナから聞いたのは、学園全体を巻き込んだ、マリエナの殺害。
その言葉を聞いた瞬間。
レインは、愕然とした。
自分の大切な居場所を、メギドナが壊すと宣言したも同然なのだから。
もちろんレインはそんなことを望んでいない。
しかし、レインはメギドナに逆らうことは出来なかった。
そして、悩んでいたときに偶然、自身が惚れた男性とレインは出会ってしまったのだ。
精神が擦り減っていた事もあっただろう。無意識に結婚まで申し出てしまったのだから。
慌てて誤魔化したが、自身の目標たりえる聖魔術を使わない治療をするという、男性の父親と会う約束までしてしまった。
「大事なのは、贖罪の意思だ。それがありゃ、少なくとも俺は文句を言わねぇよ。」
男性の言葉を胸に刻みこんだレインは異変が起こる直前、メギドナに対して行動を起こした。
男性の言葉が、レインを動かしていた。
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