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第6話

 6

「ちぃ…またなのかよ!」

 レクスは舌打ちをしながらも暗い石造りの通路を走る。

 右手には抜き身の剣がキラリと光っていた。

 するとレクスの前に影が現れる。

 影の中には、赤く光り殺意を剥き出しにする眼があった。

 レクスは立ち止まると、右手に持っていた剣を正面に構える。


「バァウッ!」


 鳴き声と共に、暗闇から大きな狼が姿を現し、勢いよくレクスに飛びかかる。

 体長は2mほどだろうか、普通の狼よりひと回り大きい。

 レクスは飛び出してきた狼の口を目掛け、勢いよく剣を突き出す。

 狼はそのまま剣先に突き刺さり、血を噴き出す。

 噴き出した色は緑。

 この狼は動物ではなかった。

 人に害をなし、人を含めた他の生物を見境なく喰い殺す獣。

 魔獣だった。

 レクスはそのまま剣を振るい、狼を切り裂く。

 すると剣に何かが当たり、砕けたような感触がレクスに伝わってきた。

 レクスが剣を振り抜くと、狼は切り裂かれそのまま地面に”ドシャ”と打ち付けられる。

 すると狼はその場から跡形もなく消え、あとには砕けた黒い石のみが残った。


「ふぅ…。!?」


 一息ついたレクスだったが、まだレクスの警戒感が治まらない。

 レクスは先の暗闇に剣を構えたまま暗闇を見据える。

 そんなレクスを待ち構えていたかのように、4つの赤い目がレクスを目掛けて飛びかかる


「バァウ!」

「バァウ!」


 2頭並んで向かってきた狼の魔獣に対し、レクスは走って向かう。

 噛みつかれる寸前、レクスは跳躍するとその勢いのまま一匹の顎目掛けて蹴りを入れて壁に蹴飛ばす。

 さらに蹴飛ばした振り向きざまにもう1匹の狼に剣を突き入れる。

 その動きは、どこか手馴れていた。

 剣を手放し、その勢いで床に手をつくとレクスはくるりと曲芸師のように回転し、蹴飛ばした狼の傍へ移動する。

 狼の頭蓋に膝で蹴りこみ、壁と挟み込んで頭を潰す。

 緑の血が噴き出る中で体勢を立て直すと、剣が突き刺さった狼が飛びかかろうとしているのをレクスは察知する。

 レクスは後ろに跳躍し、身体を回してバック宙の要領で一回転すると地面に手を着いてそのまま後ろへと下がり着地した。

 さらに狼目掛けて片足で跳ぶと、狼の顔面に目掛けまた膝蹴りを撃ち込む。

 めきりと狼の頭に膝がめり込む。

「ぎゃん!」という鳴き声と共に、ひるんだ狼に刺さった剣をつかんだレクスはそのまま剣を突きこむ。

 肉を裂いた感触をそのままに剣を振り抜くと、パキっと剣に何かが砕けた感触が伝わる。

 切り裂かれた狼はひくひくと痙攣したかと思えばそのまま消滅した。

 レクスはそのまま血を払うかのように剣を振るうと、背中に背負った鞘に剣を仕舞う。

 そしてレクスはフラフラと壁に寄りかかり、ぺたんと座った。


「ハァ…ハァ…全く…」


 レクスは通路の天井を見あげた。

 陽の光もなく、ただそこに無機質な石レンガが目に映る。


「ここは一体何処なんだよ!」


 レクスの叫びが通路内に響き渡った。



 時間は少し前に遡る。

 レクスはアルス村から離れ、森林地帯を歩いていた。

 森林地帯は木が生い茂り、陽の光も時折遮られるような場所だ。

 さらに地面も枯葉や落ち葉、雑草で生い茂り、踏むとガサリと音がしてやわらかく足を地面が受け止める。

 レクスは地図とコンパスを頼りに、王都への道を進んでいたのだが、森林地帯に入り、思うように進めていなかった。

 レクスは立ち止まり、地図を広げてコンパスを確認していた。


「とりあえずはこの方角…で合ってんのか…?」


 アルス村から見て王都は北北西に位置していた。

 その方角に進み道を頼りに歩いていたはずのレクスだが、道を外れたのか森林地帯に入り込んでしまったのだった。

 地図とにらめっこしていたレクスは、「ガサガサ」と近くで物音を耳にする。


「…!なんだ!?」


 レクスは地図をすぐさま折りたたむとポケットにしまい、自身の近くにあった木を背にし、剣を抜いた。

 この世界には、魔獣という動物とは異なる怪物が生息していた。

 何処から出てきたのかは分かっていない。


 封印されている魔王の魔力が漏れ出た結果、その魔力が生物の姿を成したものだと唱える学者もいるほどだ。


 魔獣の形は多種多様で、既存の動物を模したものや不定形なスライム状のもの、人の背丈の5倍はあろうかという巨人のようなものや小人のようなものまでいる。


 魔獣の特徴としてはいくつかあり、

 ・生殖行為を行わない。

 ・血液が緑色である

 ・他の魔獣以外の動物の肉を喰らう。

 ・魔核という生体鉱物を持つ。

 ・生命活動が停止する、もしくは魔核が破壊されると身体、血液共に消滅する。

 といったものがあるのだ。

 つまり魔族は人類にとっての敵に等しい。

 農産物や家畜の被害、さらには人的被害を与える魔物は何処へいっても駆除対象となっているのだ。

 そんな魔獣をレクスは警戒していた。


 わずかな隙でも襲ってくるのが魔獣だからだ。

 レクスは注意深く、物音のした方向を睨む。


 しかし、森の中はしんと静まり返り、一切の動きも物音もなかった。


「…気の所為か…?」


 レクスは一通り辺りを見回した後に、剣を鞘に収める。

 もちろん警戒自体は解いていない。


 辺りをキョロキョロと見回しながら不審な物音や動きがないか確認していく。


 剣を仕舞ったレクスは再びコンパスを手に歩を進める。

 日中でも薄暗い森の中は、生い茂った木がちょくちょくレクスの行く方向を遮る。


 魔獣の気配を確認しつつ、森の中を慎重に進んでいく他なかった。


 すると、行く先の小さな影をレクスは捉えた。

 レクスは素早く木の後ろに身を寄せ、行く先を覗き込むように注視する。


 小さな影が木漏れ日の下で立ち止まった時、その正体が確認できた。


 緑色の肌。子供のような体格。痩せ細ったような手足に吊り上がった目。大きく裂けたような口。鼻先と耳が尖っている。その見た目は飢えた醜悪な子供と言ってもいい。


 魔獣「小鬼」だ。


 小鬼は俊敏な動きで獲物に近づき、群れで襲いかかる魔獣。


 今レクスの目の前に見えている小鬼は一匹。


 しかもレクスに気づいていないようだ。


 小鬼は辺りをキョロキョロと見回している。


 レクスは姿勢を屈め、静かに右手で背中の剣を抜いた。


 レクスも周囲をさっと見渡し、他の魔獣や小鬼がいない事を確認する。


(小鬼が気づいていない。今か…。)


 剣を構え、そのまま木の後ろから身を乗り出す。


 そのまま一直線に、レクスは小鬼に向かって駆け出した。


「グギャァ!?」


 レクスと目が合い、小鬼もようやくレクスに気づいた。


 小鬼は棍棒などの武器を持っている場合があるが、このゴブリンは何も持っていない。


 レクスは駆けた勢いで跳躍し、剣を持った右手を引く。

 小鬼との距離は僅かだった。


 レクスは迷いなく小鬼の眉間に目掛けて剣を突き出す。


 グサリという手応えと共に、鉄剣が小鬼の眉間を貫いた。


 小鬼の額から緑の血がぶしゃっと噴き出す。

 噴き出す血がレクスの服を緑に染めていく中、レクスは剣を引き抜く。


 小鬼はドサッと斃れ伏し、その死骸はまるで溶けるように消え失せた。


 レクスの服を染めたはずの血もきれいに消える。


 小鬼の斃れた後には、小さく黒い球体状の石が残る。

 小鬼の魔核だ。


 魔核はキラリと光り、表面は滑らか。


 レクスは剣を背中の鞘にしまい込むと、小鬼の魔核を拾い上げる。


 直径は2cmといったところだろうか。


 この魔核は売れるらしく、レクスはこの魔核が大きければ大きいほど高値がつくということをシルフィから聞いていたのだ。


 何処で買い取ってくれるのかはレクスは知り得ていなかったが、王都へ着けば何処かしら買い取ってくれるところが有るのだろうとレクスは思っていた。


 レクスは拾った魔核をそのままポケットにしまい込む。

 するとまた近くでガサっと草木が揺れる音が聞こえた。


(!?…近いか?)


 レクスは急いで身を屈めると、近くの木陰に移動する。


 周囲では、まだガサゴソと音がしていた。


 木陰から周囲を伺うと、少し先に木々に囲まれるように岩山のようなものがレクスの目に映った。


(なんだあれ…ただの岩か…?)


 そう思った矢先の事だった。

 レクスの近くの草むらからガサっと物音が聞こえた。


(!?)


 レクスは驚きつつも、物音の方に身体を向ける。


 すると、またもや小鬼が一匹、レクスの前に現れる。


(小鬼!?くそっ、もう一匹いたのかよ!)


 レクスは心の中で舌打ちをすると、小鬼に向かい駆け出す。

 小鬼も急にレクスが現れたのか動けていない様子だった。

 まだ状況を認識出来ていない小鬼に対し、レクスは頭部へ向けて右足を上げ、蹴りを放つ。


 ドカっと鈍い音が響き、小鬼が宙を舞う。


 小鬼を蹴り抜いたレクスはすぐさま右手で剣を抜くと、小鬼の方へ向く。


 蹴り飛ばされた小鬼はドサッっという音とともに地面に叩きつけられた。


 小鬼が体勢を立て直す前に、レクスは剣先の狙いを定める。


 その時、レクスはレッドの言葉を思い出していた。


 いつだったか村を襲ってきた魔獣を倒した時の会話だ。


「いくら魔獣って言っても姿形は既存の動物と変わらない場合が多い。ということは身体の中心部分に急所が集まっているはずだ。頭部、胸骨の中央、腹部に股間。特に頭部と頸部、胸部だろうね。頭を潰されれば魔獣は消滅するし、魔核は人間の心臓部分にあるんだろう。上手く戦うなら弱点を狙うんだ。レクス。…まあ僕は戦えないんだけどね。」


 そう言ったレッドが苦笑していたのをレクスは覚えている。

 レッドは自身が持つ身体の知識を息子のレクスに教えていた。


 実際その言葉を聞いてからレクスの戦い方は常に相手の弱点を狙う戦い方に変わっていった。


 急所を見極め、その場所を狙い少ない手数で仕留める。


 すると体力を消耗せず、次の魔獣との戦闘に移る事ができたのだ。


 レクスに取って、その戦い方は自身に合っていた。


 そして今、レクスは小鬼の弱点に剣先を定めた。


 レクスは駆け出し、倒れたままの小鬼に近寄る。


(ここだっ!)


 胸の中央。

 小鬼のそこに剣先を勢いよく突き立てた。


「ガヒィッ」っと小鬼が声を上げ、目を見開く。


 剣先が何か石のようなものに当たり、砕けた感触と共に剣は地面に突き立った。


 魔獣の血が草の間に広がったかと思うと、その血と共に小鬼の死骸が消え去る。


 後には剣先で真っ二つになった黒く光る魔核が転がっていた。


 レクスは地面に突き立った剣を引き抜くと、ノールックで鞘に収める。


 そして割れた魔核を拾い、手でもて遊ぶように擦り合わせた。


 魔核を拾ったレクスは、屈み込み木の陰へ移る。


(…おかしい。)


 レクスは顔を顰めながら周りを引き続き警戒する。

 頭の中に違和感を感じ取ったのだ。


(小鬼って群れで行動するはずだろ…?一匹一匹ででてくることなんざあるか…?)


 小鬼は群れで行動する魔獣だとレクスは認識していた。


 実際、小鬼は群れで動き、獲物に対して連携し攻撃をすることが知られている。


 しかし、先ほどの小鬼たちは互いを認識していないようにレクスは感じ取ったのだ。


 小鬼が互いを認識せず単体で行動するということは異常。


 そうレクスは結論付けていた。


(小鬼の単独行動って何だ…。わっかんねぇ…)


 そう想いつつもレクスはずっとここに留まっているわけにもいかない。

 一刻も早く王都へ到着し、王立学園の試験を受けて合格せねばならないのだから


レクスはコンパスをポケットから出し、確認する。


方角的には先ほどレクスが確認した岩山の方向だ。


確認を終えると、姿勢を屈めて岩山の方へ移動する。


もちろん木々の間を縫って、木陰を移動するように動いていた。


このままのうのうと不用心に移動すると、魔獣に見つかり襲われることをレクスは懸念したのだった。


そしてレクスは次第に岩山へ近づく。


するとレクスには徐々に岩山の全景が見えてきたのだ。


そびえ立つほどでは全く無い。


3-4mくらいの高さだ。周囲の直径は10mまでだろう。


ゴツゴツした岩が積み重なったようで、岩に節理の痕跡がそんなにない。


人がわざわざ作ったようにも見える岩山だ。


岩山には人が通れるぐらいの穴が空いていたのがレクスにはわかった。



(何だあれ…?洞窟か…?それにしちゃおかしい気もするが…何だ…?)



疑問が尽きない岩山に、訝しみながらもレクスは近づいていく。


もちろん魔獣に気づかれないよう、足音をできるだけ立てないように進んでいった。


そして、岩山の手前まで進む。



(まあ、この方向に注意して進んでいくか…!?…おい…まじかよ…!?)



レクスが岩山を確認しつつ、ポケットのコンパスを取り出そうとした時だった。


レクスは我が目を疑った。



それは、ごく当たり前のように。

小鬼が岩山から唐突に現れたのだ。

小鬼はとことこと歩いて岩山の穴から出てくると、そのまま辺りを見渡す。


キョロキョロと周りを確かめ、何もないことを確認すると、そのままスタスタと歩いていく。


幸い、隠れていたレクスには気がついていないようで、そのまま何処かへ通り過ぎてしまった。


レクスはその間、息を殺してその光景を驚きながら目の当たりにしていた。



(魔獣が出てくる穴…そんなんあるのかよ?おいおい…?)



一般的に魔獣の出現は自然発生的なものと捉えていたレクス。


魔獣の出てくる穴というものは聞いたことが無かった。


レクスがそのまま固まっていると、また同じように小鬼が岩山の穴からひょっこりと現れる。


その小鬼も先ほどの小鬼と同じようにキョロキョロした後、何処かへ歩いて消えていった。


このときレクスは確信していた。



(さっきの小鬼、この穴から出てきた奴か…。道理で群れてないわけだ。しかし、どうすっかな…。)



レクスは考えていた。


この森はアルス村から割と近い場所だとレクスは思っていた。


この場所にある岩山の穴を放って置いたらどうなるか。それはレクスの中ではもう答えが出ていた。



(アルス村の方に行く…かも知れないな。くっそ…急いでる時に。)



岩山から這い出た魔獣たちが集まり、アルス村の方へ行くかも知れない。


そう考えただけでレクスは鳥肌が立っていた。



(無視して通り過ぎるか…?でも、それで良いのか…?)



無視すれば王都へ時間通りに着くだろう。魔獣がアルス村へ行ってもシルフィたちが対処する筈だ。


そうレクスが考えても、何処か納得が出来なかった。


今レクスが考えているこの時も、魔獣は岩山から這い出ているのだから。


レクスは一度目を閉じると深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


そして、岩山を見据え、ゆっくり目を開く。



(もしこのまま進んでも、後悔しちまう。なら少しだけ。本当に少しだけ入ってみっか。手に負えないようなら出て、逃げればいい。…行くか。)



レクスの心は決まっていた。


木陰からちらりと岩山を覗く。


ひゅるりと風が吹き、レクスの頬を舐める。


するとすぐにさっきまでと同じように、小鬼がスタスタと入り口から出かかっていた。



(今だ!)



レクスは剣を抜くと、木陰から飛び出す。


右手で流れるように剣を構え、岩山の入り口へと駆け出した。


レクスの姿に小鬼がビクッと反応するが、レクスは気にしない。


速度の乗ったレクスの剣先は小鬼の喉元に向かって放たれる。


剣が小鬼の喉元を貫通する。


そのままレクスは剣を振り抜き、小鬼の頭を切り取った。


一瞬の出来事に小鬼の顔は驚きのような表情で固まっていた。


すぐさまレクスは小鬼の胴体を蹴り飛ばし、岩山の中に滑り込む。


岩山の中に滑り込んだレクスは、異質で不自然な光景に、自身の目を疑った。



「……は?何だここ!?」



間違いなく天然の洞窟などではない。


岩山の中とは思えない、照明のような光りが等間隔に宙に浮いて光っている。


周りは灰色の石レンガが積み重なった無機質な通路のようだった。その通路はレクスの目の先にずっと続いている。


その通路の先からは、ギャアギャアと魔獣らしき声の反響が響く。


あの小さな岩山の中とは思えない光景が、レクスの眼前に広がっていた。


レクスは立ち上がり、石の床を踏みしめる。


沈み込んだりしない床は、レクスの足音を反響させる。


壁に触れると、こちらもしっかりとした造りだった。押してもピクリとも動かない。



「なんだここ…?あ、そうだ、コンパス!」



レクスは自身のポケットに入っているコンパスを掴み、取り出す。


その針を読もうとしたレクスは目を丸くした。



「…は?」



レクスの口から呆れたような、驚いたような声が漏れ出る。


レクスの手に持ったコンパスの針が、グルングルンと回っていたのだ。


明らかな異常だった。



(コンパスが壊れる…?この空間自体が狂ってんのかよ…!?)



コンパスの状態に戸惑いを隠せないレクスはちらりと後ろを振り返る。


自身が入ってきた入り口の光はまだ射し込んでいた。



(さすがにまずいとこに入ったかもしれねぇな…。出るか…?)



レクスがそう思い入り口の方に振り返ったその時だった。


突如ゴゴゴゴという地響きが洞窟内に響き、地面が震える。



「な!?なんだ一体!?」



レクスは転びそうになり、地面に膝をつけて屈む。両手を床につけ、姿勢を保つ。


しばらくすると地響きも止み、地面の揺れも治まった。


レクスは周りを確認しながらゆっくりと立ち上がる。


そして、レクスは絶望した。



(おいおいおい…嘘だろ…)



レクスが入ってきた入り口が完全に塞がってしまっていた。


これでは戻ることは到底出来ないぐらいに石が積み重なり、光すら漏れていない。



(この気味悪い洞窟みたいなところを進むしかないってことかよ…)



レクスは入り口から出ることを諦め、先に続く通路の方を見やる。


やはり通路はずっと先まで続き、魔獣たちの声が反響していた。



「しゃーない。行くか。」



レクスは不本意ながらも声を出し、自身を奮い立たせる。


自らの背中に背負った剣を抜くと、通路の先目掛けて一歩一歩前進していく。


レクスはこのとき、「ダンジョン」という物に迷い込んでいた。


ダンジョンとは魔力溜まりが何らかの原因で生まれ、その魔力溜まりが人やエルフなどの知的生物の集合意識の思考を読み取り、形成される自然発生的な建造物である。


ダンジョン内部には魔獣がうろつき、餌となる生物を求め徘徊している。また、ダンジョン内部の魔物がときおり地上に出て被害を出すということもあり、危険な代物であった。


しかし悪いことだけではない。ダンジョン内部は集合意識によって形成されるため、その意識が求めているものを察知する。そのため金品や宝石などの装飾品、珍しい武器や装備品などが何故か生成され、宝箱として設置されていることもあるのだ。しかし、それはダンジョンに人を誘導する餌であるという専門家もいるのだった。


そして最大特徴として、ダンジョン最奥の魔物を斃せばダンジョンそのものが崩壊する。ダンジョンの崩壊には王国から懸賞金がかけられるのだ。冒険者たちからすれば一攫千金も夢ではないダンジョン探索は垂涎の的であった。しかしこのダンジョン探索という行為は危険極まりないことは間違いなく、また滅多に発見できるものでもない。さらにいえば基本的にはダンジョンはパーティ単位で入るものである。


それを現在、一人で彷徨っているレクスはダンジョンという言葉すら何一つ知る由もなかったのだ。


そして場面は冒頭へと戻る。



壁に背を当て座り込んでいたレクスは2,3回深呼吸をし、自身を落ち着けるとゆっくり立ち上がる。


レクスは剣をしまい、元来た道を少し戻るとレクスが背負ってきた背嚢が置かれていた。


背嚢を背負い直すと、道の先を見据える。


もう少し通路を進むと壁に突き当たるようにレクスには見えた。


はぁと溜め息を着くと、レクスはまた一歩一歩踏みしめるように歩き出す。


先ほど斃した魔獣の核の残骸も出来るだけ拾い集めながら、疑問がレクスの頭の中に湧き出す。



(一体ここはなんなんだ…?狼の魔獣もさっきからちょくちょく出てくるし、そもそも今どのくらい時間がたったんだ?)



レクスはハァハァと息を荒げながら壁伝いに進んでいく。


レクスの中には、すでに時間の感覚が消え失せていた。この世界には魔導時計という時間を示す道具がある。だがレクスは魔道時計のような時間を知らせるようなものを持ってはいない。


レクスはただ出口を求めて彷徨い歩き続けていたのだ。


壁伝いに歩き、レクスは見えた壁の手前まで進む。


レクスがその壁に近づいてわかったのは、その道が丁字路になっているという事だった。


二手に分かれた道をレクスは壁に背を着け、それぞれ覗き込んだ。


レクスが確認した限りでは、両方とも変わりがないように見えていた。


壁に耳をつけて確認してみても、魔獣らしき声は現状どちらからもレクスには聞こえてこなかった。



(どっちに行っても変わらなそうか。右の方に行ってみるか…。)



そう決めたレクスは丁字路を右へ曲がる 


レクスも目の前には、やはり先に続く通路があった。


後ろを振り返ってみても同様に道が続いていた。


どちらに進んでも先の突き当たりに壁がある。


レクスは魔獣を警戒し、耳を澄ましながらゆっくりと歩を進めていった。


洞窟内部の音や魔獣の鳴き声、反響音がレクスの精神をじりじりと蝕んでいく。



「早く…出なきゃな…。」



レクスの口から出た呟きは誰が聞くでもなく、洞窟の音に埋もれていった。

ご拝読いただき、ありがとうございます。

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